第24話 再会と選択
玲子は体を休めと言ったが、休息は十分にとったつもりだ。
日は傾いて来ており、いつの間にか一日が終わろうとしている。
体が安まった証拠だろうか。お腹が空いてきた。
更なる回復のためにも何か食べたいなと思っていると、
「ご飯だよー」
やけに元気の良い看護師が入ってくる。
いや、よく見ると白衣を着ているが、知っている顔だ。
「喜潤、元気?」
「咏!」
白衣に身を包んだ少女は喜潤の寝るベットに料理の載ったお盆を置く。
「ご飯。ご飯。ご飯だよー」
用意されたのは簡素な食事だ。
玲子はここは病院だと言っていたから、喜潤は病院食だと思っておく。
見た目からして味が薄そうではあるが、この空き腹なら文句も言わずに入ってくれるだろう。
「あーん、する?」
咏の魅力的な提案は辞退しておく。人眼はないだろうが、ちょっと恥ずかしい。
「……あー、元気にしてたか?」
咏もいるなら、彼女だっているはずだ。
「久しぶりになるのか、裂?」
「あーそうじゃないか?」
二人はお互いを見合って笑う。
喜潤が助けた少女。彼の狙い通り均衡を崩してくれた。
喜潤は彼女のおかげで、飾のことをもっと知れたし、考えることが出来た。
「手、どうしたんだ?」
「ん? これか?」
何も変わってないように見えた彼女ではあるが、無くった両腕には明らかな変化があった。そこには鋼の腕が付いていたのだ。
「婆さんが付けてくれたんだ。やっぱないと不便だしな」
見た目に寄らず、その腕は滑らかに動く。
鉄の色を光らせ、裂は少し手荒に振りまわして、頑丈さをアピールする。とはいえ、鉄の色そのままで、無骨で不格好な腕は裂のような少女に不釣り合いに思える。
「へへへ。格好いいだろう。付け替えもできるんだぜ」
それでも彼女はその腕を気に行っているようだった。
散々、喜潤に腕の自慢をしてから裂は椅子を引いて座る。
「色々、迷惑かけたな……」
「何がだ?」
「あの家には臭いが残っていた。オレ達末人の。血とかいっぱい流しただろ?」
「あ、ああ。まぁそうだな」
喜潤は曖昧に頷く。
言われてみればそうだ。飾がいて裂がいて咏もいた。
裂は怪我をしていたし、咏もだろう。末人の血の臭いが他の末人を引き寄せたのだろう。
「咏もごめんね。喜潤を食べようとしたの咏の姉妹。喜潤、ごめんね」
咏の謝罪で喜潤はようやく自分を襲った少女への既視感に気付いた。
彼女の背格好は咏に似ている。思い出してみれば顔は咏にそっくりだった。
「俺は、大丈夫だよ。だから、二人共気にするなって」
肩の痛みは癒えないが、だからといって二人を責めても仕方ない。
「ありがとな」
「ありがとね!」
安心した二人の笑顔は喜潤に移る。肩の痛みも和らぎ、自然と笑えた。
「お前達、ご飯はいいのか?」
用意されたのは一膳だけ。お昼時ではあるが、裂も咏の分もない。
「食べたよ」
「咏も咏も」
二人はそう言うが、咏の目は喜潤の食事を離さない。
お腹は空いたが、痛み上がりのためこんなには食べれない。
「――食べるか?」
喜潤は一品おかずを上げることにする。魚丸々一匹に咏は勢いよく涎をすする。
「いいの? いいの?」
「ああ。食べていいぞ」
「ありがとう! いただきます!」
頭からガブリと噛みつき、二口で口の中に収め、味わう。
「うーーーん」
ご満悦のお顔。咏は食べているときが一番幸せそうだった。
「全く食いしん坊め」
「食べるのはよく育つんだよ~」
「太るの間違いだろ」
「咏は太んないもん」
「嘘つけ、この肉」
「やーだ。つかまないで」
裂と咏のイチャイチャぶりは健在だ。さらに磨きがかかっているようにも見える。
裂は腕がついたので、ペタペタと咏の身体を触る。
咏はそれから逃げるように身をよじる。そんな二人の姿は人類の進化を目指して創られた存在とは程遠い。
彼女達も末人である以上、末人を食べるという役目を負っているはずだ。なのにそれから離れ、こうして長閑な生活を送れている。
飾だって同じだ。
末人だから、喜潤が避ける理由にならない。
新人類の母。
自分が父の役目を務めようとは思わないが、飾のそばにはいたい。だから、彼女を探しに行きたい。帰っておいで。そう言いたい。
昼食を食べ終えると、玲子が入ってくる。
裂も咏も配膳をもって出て行っていしまう。
玲子は重々しそうに腰を降ろす。
「さあて、少し年寄りの長話に付きあってもらおうかしら」
喜潤はうなずく。
彼女は直接イヴ計画に関わる関係者だ。重要な話を聞きたい。
流れる事態の中で自分だけ何もわからず蚊帳の外にいるのは耐え難い。
「イヴ計画の話は裂から聞いたでしょ? だいたいのことはわかるだろうけど、少し補足させて頂戴」
「はい」
「02、飾とあなたの父と母が逃げた後、イヴ計画は中止になった。でも、機関としてはそう簡単に計画を廃止するわけにはいかない。機関はイヴ計画を進めるためにある手を強引に打ったわ」
「ある手?」
「元々イヴ達はコロシアムのように狭い部屋に入れられ喰い合わせる予定だったわ。それを少し変更した」
玲子は持っている杖に体を預ける。衰えた彼女の足は杖なしでは歩くのに重労働を強いる。
「場所を部屋ではなく、町。そのものに変えたのよ。私たち人が住むこの町に」
「じゃ、じゃあイヴが全てこの町にいるのか?」
「そのはずよ。裂、飾はあなたも知っているでしょ? 他にあなたを襲った末人のオリジナルもここにいるわ」
「……」
言われてみれば、ここ最近喜潤は多くのイヴと出会った。
二十年間何もなかったわけではない。種はまかれ確実に芽は育っていたのだ。
「すぐにというわけではないわ。飾の匂いに引かれるようにイヴが来て、またそのイヴの匂いに引かれて他のイヴも集まってきた。そうしてこの町にイヴが揃ったのよ」
裂の言っていた計画の頓挫。
ある監督者が勝手なことをして、イヴ計画は停滞していた。
それを強引に修正するために町という巨大な舞台、実験場が用意されたのだろう。
「この町を成育場にして、イヴをどんどん投入する予定になっていた。イヴの数が増えればどこかで、自然と衝突が起こる。血が流れれば、イヴが集まることはあなたも経験済みね」
玲子の仮説は喜潤の傷が証明している。
怪我をした裂を迎え入れたあの家に次々とイヴがやってきた。そして、ついには喜潤の身にも事態が及んだ。
「それぞれの監督者は自分のイヴが食べられないように彼女たちに教育を施す。私も裂に知識を与えたけど、どうも彼女には向いていなかったようね」
「あ、まぁそれはうん」
喜潤は曖昧に頷く。
裂とはしばらく生活したが、知的な一面は見られなかった。
容姿は文句なくいいのだが、中身は正に空っぽだ。
「教育は監督者にとって様々よ。でも、私のように学問を教えたの者は少ないわね。ある研究者はイヴを作り、独自のイヴ計画を進めようとしているわ」
それが咏の父であり、あの少女の親玉の監督者だろう。
「イヴ計画を遂行している以上、彼の行動は非難できないわ。私も監督者の一人ではあるしね」
「でも、裂は咏を食べない。同じ末人なのに二人の仲はいい」
いつもベタベタしている二人が敵対しているとは喜潤にはとてもじゃないが考えられない。
「そうね」
二人は本当に仲良くしている。
裂は咏に腕を食べられたはずなのに咏を食べ返そうとはしない。
咏も腕がなくまともに戦えない裂を食べることはしない。
玲子も二人の関係を熟知している。
喜潤と同じで少しうんざりしている部分もないわけではない。
「裂は――。それだけは私の教育の成果かもしれないわ。あの子はとても仲間意識が、同族意識が強いのよ」
それは末人にとって致命的かもしれない。彼女達は孤独だ。
たった一人のイヴとなるために同じイヴを食べる存在なのだ。仲間なんていない。
同族は食糧であり、敵だ。協力できる相手などいないはずである。
「イヴはいわば超人類の母となる存在よ。全ての人類の手本とも言えるわ。人はね、人を助けて進化してきた。固い結束をして、群れを作り社会を安定させ、互いを助けて今日に至るわ。たった一人では生き残れない。イヴも同じよ。私はそう考えたのだけれど」
裂は玲子の思想を見事に体現してくれた。
彼女が思想の犠牲になるか、成果になるかはイヴ計画が動き出した今はまだわからない。
「あなたがそう考えているなら、飾だって同じです」
喜潤は訴える。自分の想いを。正しさを。
「イヴが俺らと同じ人間じゃなくても、いつかは人間と一緒に新たな人類の親になるんでしょ? だったら、両者の間に壁を作るのは間違っている」
「そうね。あなたの意見は何もおかしくないわ」
玲子は否定しなかった。
「私達の計画の最終到達点、新人類の誕生を考えるなら、末人と既存の私達と明確な区別をすべきではないわ。末人と人間は違えど、両者ともいつかは親になる存在。道具ではなく、人として生きるべき。それは間違ってない」
玲子自身もそれは認め肯定する。喜潤の考えを否定したりしない。
「かつてあなたと同じ考えを持ち、末人を計画から逃げた二人がいるわ。あなたもご存じでしょ?」
「父さんと母さんも俺と同じことを?」
「そう。あなたの母、翠博士は病気で子どもが作れなかった。翠博士は飾を自分の娘のように思いたかったのよ。だから、三人で家族を始めたわ。三人だけの家庭で楽しく過ごしていくつもりだった。でも、異変が起きてしまったわ」
異変。それはわかっている。飾も話してくれた。三人の予定に一人増えてしまったのだ。
「俺が、俺が生まれたことですか?」
「そうね」
重々しく玲子は頷く。
シーツを握る手が震える。
改めて自分の生まれにより、三人の関係を崩すことになってしまった。
そんな喜潤の様子を見かねて、玲子は優しく言う。
「あなたが自分の生を責めることはないわ。それはとても喜ばしいことよ。歪になってしまったのは三人が作った家庭が間違っていたから。本当の家族の答えが出ないまま、間違った家族は分解してしまったのよ」
家族は三人。しかし、屋根の下には四人いる。
邪魔者は誰か?
誰かが排斥されなければ、家族は成り立たない。
そして、事件は起きてしまった。
遠く残る血の臭い。あの血は他でもない喜潤の父と母のものだ。
排除された二人。
残された飾は喜潤はもっと不安定で気味の悪い家族を作りだしてしまった。
「飾だけの責任を問うつもりはないわ。でも、あの子はあなたを騙していた。偽りの家族を演じ、あなたの目を誤魔化してきたわ。あなたとこうして出会えた今、あなたを飾の元に返すことはできないわ。今までは黙っていたけど、今回の件はもう無視できない。あなたは正常に戻るべきよ」
玲子の言っていることに何も間違いはない。
飾は喜潤のためとは言え、多くの秘密を持っていた。
喜潤はそれを知らないまま飾との生活を過ごしてきた。
それは正に偽りの家族だろう。しかし、それをわかってもなお喜潤は飾を選びたい。
喜潤にとってもう家族は飾だけなのだ。
「俺はそれでも、飾を選びます。飾はもう家族じゃない。俺の大切な人なんだ。だから、それを守りたい。力なんてない。知識もない。何も知らない。それでも飾の傍にいることはできる!」
強く喜潤は玲子を見る。なのに、彼女は困惑の表情を浮かべるだけだ。
「大切な人? 喜潤君、あなたそれはどちらの意味で言っているの?」
「どちらの意味で?」
喜潤も困惑する。
「いえ、いいわ。そんなはずはないわ。喜潤君、飾のことは忘れなさい。怪我が治ればあなたはいつも通り学校へ行く。それだけを考えなさい。あとのことは私が責任を持つわ」
玲子は話を打ち切り、重い腰を上げる。
喜潤はまだ聞きたいことがあったが彼女は取り合わなかった。
また一人喜潤は病室に残されることになった。
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