第23話 初撃

 日常の崩壊のきっかけは喜潤が拾ってきた裂かもしれない。しかし、それはきっかけに過ぎない。


 自分は計画から離れ、それは止まっていたと思い込んでいた。

 イヴ計画は進んでいたのだ。その形を変えて、二十年間ずっと。

 そして、末人として生まれた自分はこの計画からは逃れないのだ。


「すごいね。いい香り過ぎて、失神しそうだよ」


 空の声は嬉々としている。

 飾の鼻も甘い香りを、末人達の匂いを嗅ぎ取っている。


「何人いるかな? 食べ放題だよ」

「まぁ三人はいるでしょう。ただ、メインディッシュを忘れないでくださいね」


 飾は腰に差した二本の刀を抜く。月光に刃が煌いた。

 目の前にあるのはごく普通の一軒家だ。

 広めの庭があるが、家自体は周りの家とさほど変わらない大きさだ。


「チャイムはいらないね」


 言うが早いが、空は戸を蹴り飛ばす。

 深い闇が口を開いた。

 臭いは漂うが何も見えない。

 最初に踏み込むのは飾だ。土足のままに家に上がり、様子を窺う。

 目の前には階段。右手は廊下が続く。


「上から」


 飾は刃先で階段を指す。空は無言で頷く。

 闇と静の中で二人の足音がばらばらに響く。

 階段を登り終えると、廊下を挟んで目の前に部屋がある。

 飾は襖に向かって刀を振るう。

 切れ目から、真っ赤な液体が噴き出し、飾を染める。


「ああああああああああああああああ!」


 襖の切れ目から金色に輝く目がこちらを窺う。


「コロす、コロす!」


 戸を一枚隔てて、溢れだすのは憎悪だ。

 飾は自分に向けられる膨大な敵意を涼しい目で流す。


「あなたは何番ですか? 四以上はいるんですかね?」


 まずは情報収集と思ったが、


「ごちそうだ!」


 空の目の色が変わる。

 邪魔な戸を剝ぎ取り、その裏にいた傷ついた末人を掴む。

 飾の刀を受け、胸から血を流す末人は空の手により、きれいに割ける。

 空は首を捥ぎ取り、齧り付く。

 目がぶちゅりと歯に刺さり、ずるずると口の中へ。

 硬い頭蓋骨は床に叩きつけて割ると、中身をちゅうちゅうとすする。


「馬鹿! まだいるのに」


 飾は慌てて駆ける。

 首から血を噴き上げる死体の後ろで末人が一匹舞い上がる。

 刀を突いて、飾は末人を壁に張り付ける。

 暴れる彼女は首を刎ね黙らせる。

 刀を身から引き抜き、反転。

 振り降ろした刃先を空の手がぴたりと止める。


「言われなくてもわかってるよ」


 空も口に肉を加えながらも、両手には飾から借りたナイフをしっかり抜いている。

 途中だった食事の再開。ぐちゃぐちゃと音を立て肉を抉り、飲み込む。


「食べている暇はありませんよ。オリジナルが先です」

「わかっているよ。あとはお弁当」


 腕と足を捻じ切り、近くにあった紐で繋ぎ肩から下げる。

 ブラブラと揺れる八本の手足。甘い甘い匂いが止めどなく香る。


 飾は末人の死体に目をやる。

 喰い散らかされた死体。大丈夫、まだ自分は我慢できる。


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