第17話 大事な話をしたい
三者面談を経て、飾はある決断をした。
裂達がいなくなってもう一週間は経った。
あれから、特に変わったこともなく、平穏な日々が続いていた。
食費の心配もなくなり、仕事も減った。だが、全てが元に戻ったわけではない。
飾は喜潤の態度が気になって仕方なかった。よそよそしいとまでは言わない。
ただ、引っかかることはあるのだ。
喜潤は飾に普通に接しようとしている。それがおかしいのだ。
今まで、喜潤が飾に気を使うことはなかった。それが当り前なのだ。なのに、それが変わった。
理由は一つしかない。
(知ってしまったのですね)
末人のこと。イヴ計画のこと。そして、飾のこと。
裂がこの家に来て、咏もこの家に来た。
彼女たちのことを知れば、飾自身のことも知ることになるだろう。
飾は今まで自身のことを全て喜潤には伏せていた。
喜潤はまだ子どもだった。一人では生きていけない。
飾は負い目と責任から喜潤の面倒を見るつもりでいた。
自分の出自は喜潤を歪めかねない。だから、飾は喜潤に普通の人間をなるべく装い、世話をしてきた。
ただ、一生傍にいるつもりはなかった。
喜潤が大人になり、分別がついた時きっと自分は必要なくなる。
飾はその時に今までの自分の罪を清算するつもりでいた。
喜潤が今までこの家に人を連れてきたことはなかった。
それなのに、あの日、彼は裂を拾った。
何の因果か初めての客人は飾と同じ種であった。
遠ざけていたはずの種と引き合わされる。
それはまさに飾が待っていた「時」が来たことを示しているに違いない。
(喜潤様――)
元々、喜潤が十六歳なったら行う予定ではいた。
それがいつのまにか高校を出たら、成人したら、結婚したら、と自分の中で段々に延ばされていってしまっている。
今こそ初めの決意に戻るべきだろう。
喜潤はきっと一人で生きていける。
喜潤にはもう飾は必要ないはずだ。
飾が喜潤を必要としていたのだ。
それに喜潤を自分のせいで危険に巻き込むわけにはいかない。
裂や咏、繕の存在は今までの平和を崩す序章だ。
繕は秩序を求めると言ったが、そうはいかないのは百も承知だ。
(他の二体の行方もわかりませんしね)
彼女達の目的が飾と一致するとは限らない。
特に咏のオリジナルだ。
咏の実験を聞けば、これから彼女が積極的に仕掛けてくるのは間違いない。
飾の問題に喜潤を巻き込むわけにはいかない。
これで喜潤が傷つくものなら、飾はもっと罪を重ねることになる。
罪に苛まれ、潰していた感情が頭を持ち上げているのが、はっきりとわかる。
そのおこがましく、横柄で図々しい感情はきっと喜潤を傷つける。
彼の気持ちを誤魔化し、目を曇らせ惑わせる。
そうしたら、きっと彼は自分への罪の判決に揺らいでしまう。それは許されないことだ。
そんな結末きっと誰も望まない。
(私は約束を果たしました。後は幕を引くだけです)
後は喜潤にそれをどう告げるかだ。喜潤が悲しむことはないだろう。
むしろ、罪に塗れた自分に怒るだろう。しかし、飾にとってはその方が好都合だった。自分の罪を喜潤が許すなら、どんな罰も受けるつもりだ。
「大事な話だって?」
夕食の席。
向いあった飾から突然発せられた言葉。
そんな話を今まで、飾がすることはなかった。
どんな時も喜潤に任せて、飾は常に助けをする役目だった。
「急に一体どうしたんだよ?」
「前から決めてはいました。今、時期が来たと勝手ながら判断させて頂きました」
飾が言うからにはよっぽどのことなのだろう。
飾の顔つきは話の重大さをしめすようにいつもより硬い気がする。
そんなに大事話なら喜潤は絶対に聞かなければいけないが、心の準備が出来てない。ついでとは言わないが、喜潤からも飾に話したいことがあるのだ。
「今じゃないとダメなのか? 週末とか。長くなる話なら休日の方がいいだろ?」
土日ならば、喜潤も時間が取れる。
飾は迷ったものの喜潤の提案を受け入れた。
彼女としても学生である喜潤の本分を害すわけにはいかない。
それに場合によっては家のことを喜潤に引き継がなければいけないかもしれないのだ。今しばらく、喜潤の好意に甘えさせてもらう。
「では、改めて土曜日の朝にでも」
「ああ、よろしく頼むよ」
それからはいつも通りだった。
飾は滞りなく仕事を終わらせ、喜潤は時間が過ぎるのを待つ。
喜潤の大事な話。
それは飾との関係を変えることにあった。
飾は今まで喜潤の召使で、彼女もそれを望んできた。でも、その主従関係を喜潤は終わらせたかった。
飾は喜潤の召使ではない。
喜潤にとってはもう家族同然だ。
いや、喜潤の中にはそれ以上の感情も芽生えているかもしれない。
問題は人ではない彼女をどう受け入れるかだ。
飾が今まで、喜潤に自分の秘密を明かさなかったのは喜潤に拒絶されるのを恐れているからだと喜潤は考えていた。
裂や咏が現れて、いなくなった今でも飾からそのことを話すことはないのだ。
今度の大事な話と言うのもきっとそのことだろうと喜潤は高を括っていた。
飾は人ではないと言っても、それは中身の問題だ。
末人を食べると言っても飾は十年以上もそれを我慢していたはずだ。
喜潤と一緒に生活もできている。
飾が負い目や後ろめたさを感じることは何もない。
喜潤は十分に飾を受け入れられる。
飾も喜潤に秘密を黙っていたことを罪に思う必要はないのだ。
喜潤はいつまでもそう安易に考えていた。
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