第13話 ちょっとずつ変わっていく
いつのまにこの家は変わったのだろう。
昔は、いや一週間前はあれほど静だったのに。
日曜日に降った雨が全てを洗い流したようだ。
喜潤が朝食の席に着くと、見慣れぬ少女がいる。
背は低く、顔つきが幼いため学校に上がり立ての中学生くらいに見える。
大きな目は好奇心で溢れ、ぱらぱらとした短い髪と一緒に忙しそうに動いている。
彼女はお腹が空いているのか並べられていく朝食を待ちきれない様子だった。
喜潤は説明を求めるように飾を見るが、飾はその視線を世話役の裂に回す。
「あっと、咏(よん)っていうんだ。しばらく世話になると思う。よろしく頼むよ」
「咏です! よろしくお願いします」
「あ、あ」
咏は間違いなく、昨日まで拘束されていた少女だろう。
今、解放されているということは昨日の間に和解したのかもしれない。とはいっても、飾と咏の間にはわだかまりが消えていないらしく、互いに言葉も交わさない。
「さぁ、いただきましょう」
朝食が始まると、喜潤は昨日までとは違う意味でゲンナリとしてしまう。
腕のない裂。
今日も彼女は犬食いを始めるのかと思いきや、腕の代わりになってくれる人物がいた。
「裂様、あーん」
裂が大きく口を開くと、咏がそこにご飯を入れてあげる。
「はい、裂様」
もう一度、裂が口を開くが、箸は咏の口の中へ入っていく。
「こらっ、咏」
裂が笑いながら怒ると、
「やーだ。咏も食べる」
二人は喜潤の目の前でキャッキャッしながら、食事を進める。
飾は見ないようにしているのか何も言わない。
喜潤はそんなバカップルの行為に耐えながら、食事を続ける。
なんだか背中の辺りがむず痒くなってしょうがない。
裂と咏のバカッカプルぶりは食後も続いた。
お茶を飲む裂はストローを使う。
咏もそれを真似てストローを使うが、咏のストローは裂のコップに入り、二人でチューチューとお茶を吸うのだ。
案の上、
「咏、私の分とるなよ」
「やーだ。咏も飲む」
と、イチャイチャし始める。
これでも喜潤は我慢したほうで、飾なんかは台所を抜け出し、洗濯物を始める始末であった。
喜潤もいつまでもそんなものをみていられないので、早々と学校へ向かった。
いつだか、前と同じように早く家を出たため、教室にはいつも通りには着かなかった。コンビニへ寄ることを忘れた自分を省み、学習の難しさを喜潤は痛感する。
仕方なく、教室に入ると、、前と同じように空がいる。
喜潤は挨拶をしながら、自分の席へ着く。
「おはよ」
「おはようー」
空はまだ比希から朝食を貰ってないのか、元気がなさそうに頬を机にペタンとつけている。
「悪いな、今日はおにぎりないんだ」
「い、いいよ。別に。そ、そんな毎日期待してなんてないから」
必死に否定する空はなんだか幼く、かわいらしく見えた。
「……いつも、西海さんにご飯貰ってるのか?」
「……うん。ちょっとね、私、色々あって。えへへ」
空は笑って誤魔化すが、仲が良いとは言え、同級生から毎日ご飯を恵んで貰うなんて、空にも複雑な事情があることがはっきとりと窺える。
「変だよね。自分でもわかってるけどさ」
「別に変じゃないさ。俺にもその、知られたくないこととか話せないことかあるし」
「そっか」
朝の教室は静かだった。
凍った空間。ここにいると時間が止まっているように思える。
心が安らぐし、気を紛らわせる話し相手もいる。嫌な物を置いていき、疲れをとるのには最適な時間だった。
「雨宮君はさ。一人で寂しいって思ったことないの?」
「どうしたんだ、いきなり?」
「ううん、別に。ただ、いつも一人だからさ」
「……」
「ご、ごめん」
言葉に詰まる喜潤に、空は不味いことを聞いてしまったと謝る。
「い、いきなり変なこと聞いちゃったね。本当に、ごめん」
「別にいいよ。事実だし」
喜潤は苦笑する。空にそんなことを思われていのだ。
喜潤に関してはそんなこと別に気分を害することではない。
一人でいることは喜潤には慣れていた。でも――
「別に一人は寂しくない。だけど、今まで、変わらなかったことを変えたいと思ったんだ。静かで、何もなかった場所に石を放り込んでみたんだ。そしたら、予想外の反応が返ってきて困っていることもある」
「う、うん」
空は自分が振ってしまった不謹慎な話題に責任を持って耳を傾ける。
「変えたかったはずなのにその結果を受け入れらないんだ。真実を知った今、自分がどうしていいのかわからないことがある」
「なるほど」
空は顔を上げる。
喜潤と空の目。重なり合う。
「雨宮君、楽しそうだよ?」
「楽しそう?」
「答えが出なくてもそれに困っているようには見えないよ。ただ単に変わったことに慣れてないだけなんだよ。それでももし不安だったら、言えばいいんだよ。黙って手を繋いでいるのは楽だけど、それじゃ気持の全ては伝わらないよ」
空にしては強い言葉だった。目を合わせているせいか余計にそう感じる。
楽しいなんて考えたことはなかった。
ずっと、二人でいた。それが当たり前だと思っていた。
自分はその当たり前を守ろうとしていた。
変えようと決意したのは、どうしてなのか?
変わらなければ、近づくことが出来なかったからだ。
固定された距離。
それを詰める切っ掛けが欲しかった。
喜潤はそれを外部の要素に頼った。でも、その結果は自分が望んでいたものではない。
喜潤が言葉を発しようとするが、教室内が騒音に満たされていく。
仕方なく喜潤は話を切る。
空の言う通り自分は裂や咏を歓迎しているのかもしれない。
喜潤はずっと飾と二人きりだった。
あの家に客が来たのは本当に久しぶりなのだ。
招かざる客である二人だが、いつのまにか喜潤は二人を歓迎していたのだ。
比希が申し訳なそうに空の席へ来る。
喜潤は特に気を留めなかったが、二人はまた教室を出ていく。
例の喜潤もまだよく知らない秘密基地へ行ったのかもしれない。
いつのまにか、空の動きを目で追う自分がいることに喜潤はきづく。
喜潤の中に空への親近感があった。
両者とも人には言えない秘密を抱えている。
空と喜潤は似ているのだ。
抱えた秘密のせいで二人は孤独になるところだった。でも、喜潤にも空にも支えてくれる人がいる。
自分たちを苦しめる秘密ではあるが、同時にその秘密のおかげで喜潤も空も今の幸せを手にしているのかもしれない。
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