第12話 尋問


 飾は喜潤が寝たのを確認すると、作業を開始する。

 ナイフを手に取り、拘束した少女の元へ。


「……本当に何も聞かなかったな」


 その様子を見ながら、裂がポツリと漏らす。

 喜潤のことだろう。

 彼はこの拘束された少女を見ながら、存在や理由を問うことは一切なかった。


「喜潤様は変化を嫌っています。例え、何かおかしな点があっても私が普段通り振る舞えば見なかったことにするでしょう。あなたを助けたのは本当に異例なんですよ」

「なんか歪んでいると思うわ」

「好きに言ってください。私達はこうして十七年、暮してきたんです」


 飾は裂の会話を打ち切る。

 日中に捕まえた少女は荒い息を繰り返している。

 口に押し込められた枷からは彼女の涎が逃げるように垂れ落ちている。


「聞こえていますよね? 頷いてください」


 耳元で囁かれ、少女は頷く。


「これから質問に答えてもらいます。下手なことをしたら――」


 飾はナイフの刃を少女の耳の裏に当てる。


「わかっていますよね?」


 少女は耳が切れないようにゆっくり頷く。


「あまり手荒にするなよ……」


 裂は諌めておくが、飾は聞こえないふりをした。

 ポールギャグを外して、口を解放する。顎が動くようになった途端、


「死にたくない」


 少女は震える声で訴える。


「こ、殺さないで。食べないで」


 裂はうんざりするようにため息をつくが、飾の態度は変わらない。


「余計な口は開かないでください。聞かれたことだけを答えなさい。いいですね?」


 少女は唇を震わせながら頷く。


「よろしい」


 飾は少女の耳に当てたナイフを一旦引く。


「まずは名前を教えてもらいましょう。あなたの名前、ありますか?」

「……よん……」


 少女の声は震えたままだ。


「よん? 変わった名前だな」

「きょ、きょうじゅがそう言ってた。だ、だから、私はよん」


 よんの声は切れ切れだった。

 飾が言った『余計な口』にならないか探るようだった。


「……裂。いえ、腕を食べたことを覚えていますか?」

「は、はい。雨の日に。お、お腹が空いたから……」


 飾は裂に目を向ける。犯人が見つかったのだ。


「恨みはしないよ。まぁそういう決まりだしな。返せとも言わない」

 

 腕がなくなったのは不便ではあるが、恨み事は言わない。

 自分が弱かったのだ。生きているだけでもよかったと思いたい。


「だ、そうですよ」

「ありがとう」


 よんは安心したように笑う。

 相手の反応によってはそのまま食べられても仕方ないほどの行いなのだ。

 裂の許しにより、よんは死を回避出来た。


「まだ、質問は終わっていません。あなたは他にも末人を食べたことはありますか?」


 よんはすぐには答えなかった。何拍か息をして、


「……す、すえびとってなに?」

「惚けて助かるとでも?」


 飾はまたナイフを手に取る。


「し、しらないよ! よん、本当にわかんないだってば!」


 その気配を察してよんは狼狽した声をあげる。


「……耳を一つ、切り落としますか?」

「やややだよ! なんで! わかんないよ! わかんないだって!」

「飾」


 ナイフに力を込めようとする飾を裂が止める。


「うぐ、うううぐううう」


 よんは泣いている。

 歯を震わせて、一寸先も見えない自分の未来に恐怖していた。


「――知らないなんてことがありえるんですか?」


 飾は声を潜めて裂に問う。


「オレだってそんなことわかんないよ。でも、嘘を言っているようには見えないだろ?」

「……」


 怯えるよんの態度は本物だ。嘘をついてないなら、拷問をしても有力な情報を得られない。

 嘘をついてまで隠さないといけない情報もあるかもしれないが、それを持つには彼女は幼すぎるように見えた。


「はぁー、わかりました。質問を変えます。あなたは誰かと一緒に住んでいましたよね? 教授とは誰を指しますか?」


 末人が独りで生きているということは考えずらい。彼女らは社会から認知されてない存在だ。

 後ろ盾がなければ生きてはいけない。例え、一緒に住んでいなくても知らないということはないだろう。事実、よんには『教授』という名づけ親がいた。


「よ、よくわかんない。よんはいつも独りだった。ご飯のときだけ、教授が来て。一緒に食べたこともあるけど、教授はいつも研究で忙しくて――」

「教授かぁ。そいつが監督者なのか?」

「おそらくは。よん、一緒に暮していたのは教授だけですか?」

「う、ううん」


 よんは首を振る。


「お姉ちゃんたちがいた。あんまり話したことないけど、よんより大きくて、教授がよんのお姉ちゃんだって。で、でも、お姉ちゃん達は怖くて、よんはあんまり好きじゃない……」

「姉?」


 飾と裂は顔を見合わせる。

 末人は作られた存在だ。血の繋がりはない。故に姉妹と言った概念はないはずだ。


「お世話係を便宜上、そう呼んでいるのでしょうか?」

「……そいつらが怖いのか? いや、末人はそもそも一般人に触れていいもんじゃない。まさか、本当に姉妹が?」

「……厄介なことになりそうですね」


 裂も厄介だと思っていたが、よんはもっと複雑だ。

 よん自体が自分のことをよくわかってないため、断片的な情報しか得られないのも痛い。だが、それはおかしくないだろうか?


(末人なのに、末人のことがわからない? 本当にそんなことがあるのでしょうか)


 飾は計画から離れてだいぶ経つが自分の存在を熟知している。それは生まれた時から知っていたレベルだ。

 おそらく、作られた時に既に与えられている知識なのだろう。なのに、よんはそれがない。


(まさか、新しく作られた?)


 そう考えれば納得できる部分も多い。

 姉妹というのも既存の末人ではなく、新たに作られたのなら、姉妹ということも考えられる。


 裂も気づいたようだ。

 ただ、彼女はもう一歩踏み込んだことをする。

 よんに近づき、その頬に付いている血を舐める。


「な、なに? なにしたの?」


 急に舐められてよんは相当驚いたようだ。

 もちろん、一々説明はしない。

 飾は裂に感想を求めるように目で促す。


「あんまり美味しくないな」


 裂は鼻をひくつかせる。


「匂いは同じだけどな」

「私達とは似ているようで、違うと?」

「確信は出来ないけど、そう考えた方が無難だな」


 そういえば、と飾も思い出す。

 先ほど、よんを叩いたときに返り血を舐めた。

 自分が想像したものよりも甘くはなかった。


(よんは末人であって末人ではない?。末人として不完全な存在ということ?)

 

 飾の頃はそんなものはいなかった。

 計画とは別に監督者によって新たに作られたのかもしれない。

 現状、末人を作らずにわざわざ未完成品を作る意味が見いだせないからだ。

 監督者が手元の末人を元に一から作ったのなら、確かに完璧にはならないだろう。

 ただ、どいう方法にしろ、軽々しく命を扱う方法はあまり気分の良いものではない。


「イヴ計画はどんでもない形で推進しているようですね」

「オレだってそんなこと知らないよ。彼女の、よんの場合は特殊だって言いたい」

「……」


 飾はよんに向きなおる。

 イヴ計画のこと、今はいい。考えるべきは彼女をどうするかだ。


「よん、あなたに聞きたいことがあります。あなたの望みは何ですか?」

「死にたくない」


 迷うことなく彼女は断言する。

 よんの意思はずっと変わっていない。


「よんは死にたくない。だから、食べた。食べられたくない。食べられたくないよ」


 よんにとって今の状況は恐怖以外何物でもない。

 よんの命運は飾と裂に完全に握られている。

 よんは自身の発する一言一言に命を預けているのだ。


「裂、彼女をどうしますか?」


 飾は裂に意見を求める。

 尋問の主導権は飾が持っていたが、決定は裂にさせるつもりだった。

 飾はよんに恨みはない。

 よんに敵対心がないのなら、飾はどうしようとは思わない。ならば、腕を食べられた裂が決めるべきだと飾は考えていた。


「どうするっていわれてもな」


 よんは沈黙を守り、自身の行方に願いをかけていた。


「……助けてくれないか?」

「あなたは腕を食べられたんですよ?」

「それはそうだけど、殺したくはないんだ。その、そいつは生きていたいんだろう? だから、だから生かしてやりたいんだ」

「……」


 飾は無言でナイフを置く。

 裂の意見は尊重する。しかし、ここは喜潤の家だ。

 彼のためにもルールは守ってもらいたい。


「よん、最後に聞きたいことがあります」

「……」

「あなたはここで末人を食べないと誓えますか?」

「誓ったら私は生きられるの?」

「……殺しはしないでしょう。裂はもちろん、あなたが私にとって無害なら私も何もしません」

「ち、誓うよ。よんはここで末人を食べない。よ、よんは死にたくない」


 生を切望する少女の訴えはそれで最後になった。

 飾はよんの目隠しは取り、鎖を外し拘束を取っていく。


「……」


 重い拘束具の中から生まれたのは純粋無垢な少女だった。

 短い髪はぼさぼさで、大きな目は不安そうに辺りを見回す。体つきもまだ幼さが残る。


「おなか空いた……」


 小さくよんは呟く。


「食べるか?」


 夜食用にとっておいたおにぎりを裂が示す。

 裂はラップのかけてある皿を足先で、手前に押し出す。

 飾はその行儀の悪さに頭を後ろから叩いてやりたかったが、ぐっと堪えておく。


 よんは裂に渡された皿のラップをめくり、真っ白なご飯の塊を両手で掴む。

 一口食べて、感想。


「……おいしい」


 その瞬間、よんの目から大粒の涙が零れ出る。


「おいしぃ。おいしぃよぉ……」


 顔をぐしゅぐしゅにしながら、よんはおにぎりを頬張る。

 飾も裂も黙ってその姿を見つめていた。

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