第7話 飾の日常

 飾は一日の生活をだいたい掃除で終わらす。

 午前中に洗濯物をして、午後には部室を一気に奇麗にする。

 夕方には買い物と晩御飯の準備だ。

 

 まず布団を干して、その後に洗濯物を。

 飾はお昼も食べるが、だいたい朝やお弁当の残りだ。

 飾としてはそれで十分なのだが、


「やだよー。朝の残りなんて」


 何もしない荷物が文句を垂れる。


「肉喰いたいな。肉」

「私は遠慮します。それにお肉でしたら、夜やります」

「え、そうなの? 今、食べたいけどなー」


 仕方なく飾は裂のために新しくメニューを作る。

 全くもってその減らず口を代わりに寄こせと言いたくなる。

 裂が犬食いをしないために一口サイズの小さいおにぎりを作る。

 最悪なことに裂は大食いらしく飾がおにぎりを作る横でもっともっとと催促する。


 飾としては残されても困るので、再三の要求を腹八分目と突っぱねた。

 その代わりにおかずは少し多めに用意してあげる。

 いつもは冷たいまま食べるお弁当の余りにもわざわざ火を入れ直し、背の高い器に盛り付ける。


「うひょー。やればできるじゃん」


 何様のつもりかと思うが、イライラするのは良くない。飾は黙って昼食を取る。


(一体、どこにそんなにはいるのやら?)


 裂は嘘を言ってはいなかった。

 机に並べたものを宣言通りに次々と食べていく。


 飾などその食欲を見ているだけお腹がいっぱいになり、裂に自分の分を上げてしまう。


(胸ですね。胸。あんなに脂肪をつけて、頭には栄養がいかないのですね)


 男子高校生である喜潤の教育上よろしくないと思われる裂の胸の大きさに嘆息する。

 決して自分の倍はありそうだからと、嫉妬しているわけではない。

 食事が終わると、小休憩のためにもお茶を入れる。


 裂のためにストローを用意したのだが、彼女はわざとしか思えないほどの大きな音を立てて品もなく、豪快に高いお茶を啜る。

 色水でもよかったと飾は悔やまずにはいられない。


「聞きたいことがあります」

「うん?」


 裂は用意された煎餅を食べるのをやめる。


「あなたはいつまでここにいるつもりですか?」

「いつまでっていわれてもね」


 裂はズゾゾゾとお茶を吸い上げて口の中をすすいでから、


「すぐに出ていきたいけど、この体じゃね。もうちょっとだけ世話になりたいんだけど」

「もうちょっととは? 具体的に」

「そんなこと言われても困るよ」


 裂は困った顔をする。

 確かに彼女自身の身体とは言え、傷はまだ癒えているとは言い難い。


「では、質問を変えます。あなたは末人を食べたことがありますか?」

「ないよ」


 裂はあっさりと答える。


「オレは末人を食べたことはない。一人もないし、一部分もない」

「そうですか」

「もし食べてたら、こんな無様な姿晒さないよ。それに前も言ったかもしれないけど、オレはこれからも末人を喰うつもりはないよ」

「なるほど」


 飾は少し安心する。彼女が完全な敵ではなくてよかった。


「なぁ、あんたはあるのか? 末人を食べたこと」

「ありません。末人を食べたことはありませんし、こちらから食べるつもりもありません」

「昨日のは何だったんだよ?」

「あなたの出方がわからなかったからです。危険と気付いてからでは、遅いので早めに対処しようと思いました」

「まぁ、オレだって食べる気はないけど、食べようとする奴は食べるよ。だから、その気持ちは理解できる」


 お茶が切れてしまったので。飾はもう一杯いれる。ついでに裂の分も。


「一つ相談したいことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「オレの腕を喰った奴がいる。まだこの近くに」

「そのようですね」


 保険の話、飾は忘れていない。


「そいつを捕まえて欲しいんだ。方法は任せるよ。オレはこんな体だし、何もできないから」

「私に彼女を食べろと?」

「そこまでしなくてもいいよ。出来れば捕まえて欲しいけど、無理なら無理で対処は任せる」

「厄介なことを」

「仕方ないだろう。オレのせいじゃない」


 飾は考える。

 裂だけでなく、もう一人いることは裂の状態を見れば予想がつくことではあった。

 遣り過したいが、裂がいる以上そうもいかない。

 末人は鼻が利く。

 一度、食べ損ねた獲物の臭いは忘れない。

 昨日の雨で、臭いはある程度流れたが、必ずここへ辿り着くだろう。


 厄介者を放り出してしまえば解決というわけにもいかない。

 もしかしたら、飾の匂いにも気づいている可能性もある。

 放り出した裂があっさり食べられ、強化した末人を飾一人で撃退できる自信ははっきり言ってない。ならば、こんな裂でも利用して迎え討つのが最善だろう。


「仕方ありません。協力はしましょう」

「へへへ。助かるよ。まぁお互いのためにもな」


 裂とは一時休戦から同盟へ昇格する。もちろん、この危機が去るまでの一時的なものだ。

 同盟だが、助けはしない。裂も分かっているが、飾は彼女を利用するだけだ。

 崩れた均衡を元に戻すために。


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