第4章第3節:火の中での出産


   A


「火の中での出産の前に、その前提となる話もしておきましょうか。──ウケイの際、アメテラスには5人の息子ができました」

「『私の玉から生まれたんやから、その子らは私の息子やで』ってやっちゃな」

「おおむね、そういう内容です」

「女やから、玉はあらへんけど」

「……まあ、アクセサリーの玉ですから。──アメテラスは、オオクニヌシが治めるアシハラノナカツクニを、自分の長男であるマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミに治めさせようとします」

「「は?」」

「マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミです」

 漢字で書くと「正勝吾勝々速日天之忍穂耳」である。長い。

「アシハラノナカツクニには荒くれ者が多かったので、オシホミミが行く前に、他の神を派遣して平定しようとします。ところが、なかなか上手くいきません。タカアマハラ側の切り札として投入されたのが、タケミカヅチという神です」

「タケミカヅチって、聞いたことあんな」

「マンガでも、よく出てくる名前だと思います。この神は、アシハラノナカツクニに降臨した時に、不思議なポーズをしました」

「池内くんも、しょっちゅう不思議なポーズしてるよね」

「あれはイケメンポーズやで! タケミカヅチにはマネできへんやろな」

「タケミカヅチのポーズも、池内さんにはマネできないと思いますよ」

「そうなんか?」

「どんなポーズなんだい?」

「まず、剣を抜きます。次に、剣の切っ先を上にして、波の上に突き立てます」

「その時点で無理やんか。剣のグリップが波に刺さるわけないで」

「タケミカヅチは、剣の先端に座ります。あぐらですね」

「確かに確かに、不思議なポーズだ」

「いやいや、おかしいやろ。剣を地面に置いて座布団代わりにするんやったら、わからんでもない。硬そうやけど。せやかて、切っ先に座ったら、ケツの穴に『ぶっすぅぅぅぅっ!』やないかーい!」

「どういう意味のあるポーズかは、イマイチわかんないんですよね……。威厳を示すのか、威圧的な態度なのか」

「イケメンなポーズではあらへんな」

「タケミカヅチは、その格好でオオクニヌシに問います。アシハラノナカツクニを譲るつもりはないか──と」

「ワイなら、まずは座布団譲るわ。『そんなん座っとったら、ケツが痛くなるやろ』ってな」

「私がタケミカヅチで座布団を出されたら、『座布団はいいから、国をよこせ』と言うかな」

「おっとっと、二階堂さんに1本取られたわ。座布団3枚持って来てー」

「座布団うんぬんは置いといて……。オオクニヌシは、自分ではなく、子どもに答えさせます」

「子ども任せかいな」


   B


「1人めは国譲りを了承しましたが、2人めのタケミナカタは違ったんです」

「つまりつまり、国譲りには反対だったんだね」

「そうなんです。タケミナカタは、相当な力自慢なのでしょう。1000人がかりで引くような岩を、たった1人で持っていたんです」

「パワフルやな」

 ちなみに、オオクニヌシがスサノオを閉じ込めるのに使った岩は、500人がかりで引くサイズ。

「タケミナカタは、タケミカヅチに力比べを持ちかけます」

「力比べゆうたら、腕相撲やろ」

「腕相撲ではなく、相撲のようなものでしょうか。その時の勝負が、相撲の起源とも言われていますね」

「相撲の歴史は長いんだね」

「まず、タケミナカタがタケミカヅチの手を掴みました。タケミカヅチは手を氷柱に変え、次に剣の刃にします」

「変身能力者やったんか」

「相撲とは全然違う感じだね」

「ビビッたタケミナカタは後退しますが、タケミカヅチに手を掴まれます。そして、いとも簡単に投げ飛ばされてしまいました」

「決まり手は何やねん?」

「つかみ投げという決まり手があるけれども、あれは廻しを掴んで放り投げる技だからね。すくい投げの方が近いのかな?」

「『タケミカヅチ~』『只今の決まり手は、すくい投げ。すくい投げで、タケミカヅチの勝ち』やな」

「タケミナカタは逃げ出し、タケミカヅチは追いかけて殺そうとします。その時、タケミナカタは命乞いをして、国を譲ることにしました。2人の子どもの意見に従い、オオクニヌシは国を譲ることになります」

「オシホミミが地上に降りる準備が整ったわけだね」

「──ところが」

「「ところが?」」

「オシホミミには子どもが生まれたので、その子──アメテラスの孫が、地上に降臨することになります。いわゆる『天孫降臨』ですね」

「オシホミミのために国を譲らせたんやろ? その間に、当のオシホミミは子作りしとったんか」

「まあ、最初に行動してからタケミカヅチを派遣するまで、10年以上かかってますから」

「そら、子作りもするわな」

「オシホミミに代わって降臨するのが、アメニキシクニニキシアマツヒタカヒコホノニニギです」

「「は?」」

「アメニキシクニニキシアマツヒタカヒコホノニニギです」

 漢字だと「天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々芸」と書く。父親と同様、長い名前である。

「ちなみに、ニニギの前に、アメノホアカリという子どもがいますね」

「子作りしとったんやな」


   C


「オシホミミが降臨の準備をしている時にニニギが生まれたことから、ニニギが降臨する時点では、ニニギはそれほど大きくはなかったと思います」

「確か確か、イザナキとイザナミも、降臨した時は子どもだったよね?」

「そうなんか?」

「僕は、そう考えています」

 ※第2章参照

「古事記神話では、まず、イザナキの時代があります。もっとも、イザナキが生まれる前から始まりますが、それはプロローグのようなものです。そして、イザナキの時代にあったことと同じようなことが、それ以降の時代でも起きるんですよ。例えば、この『子どもの降臨』がそうです」

 イザナキとイザナミは、天の神の指示でオノゴロ島を作った。そして、その島に降臨する。天の神の指示がなければ、島を作ることもなかっただろう。降臨も、天の神の指示と見るべきか。

「ニニギもまた、イザナキやイザナミと同様に、天の神の命を受けて降臨します。降臨させようとしたのは、父であるオシホミミや祖母であるアメテラスなどです」

「当然、大人やな」

「ニニギが地上に降り立ち、その次にアメノウズメの話が入った後、ニニギの結婚の話になります」

「アメノウズメって誰や?」

「アメテラスがアメノイワヤに姿を隠した時に、裸で踊った女神だね」

 ※第2章第2節参照

「目の前にそんなんおったら、ワイなら子作りモードやで。──ところで、神田センセ。結婚ゆうても、ニニギは子どもやったんやろ?」

「ええ、降臨した時は、そうだったと思います」

「ポイントになるのは、アメノウズメの話かな?」

「そうなんです。『数年後──』のような表現は、古事記神話には、ほとんどありません」

「マンガやったら、よく『数日後──』『1週間後──』ってコマが入るわな」

「ええ。ここでは、アメノウズメの話が、そういう働きをしていると考えられます。他の箇所だと、『この神には、こういう子どもが生まれて~』という話が入ることが多いですね」


   D


「大人になったニニギは、どんな女性と結婚するんだい?」

「コノハナノサクヤビメという美人です」

「コノハナサクヤヒメなら、聞いたことあんな」

「いやいや、池内くん。神田くんは『コノハナノサクヤビメ』と言ったと思うよ」

「ええ。古事記神話では、コノハナノサクヤビメなんです」

 漢字では「木花之佐久夜毘売」と書く。「木花」の次に「之」が入っているのだ。「毘」ではなく「比」と書く箇所もあるが、基本は「毘」と書く。

「ニニギはサクヤビメに求婚します。出会ってすぐに結婚の話になるのも、古事記神話の特徴ですね。サクヤビメの父──オオヤマツミは、娘の結婚に大喜び」

「オオクニヌシはスサノオに殺されかけたけど、ここでは大喜びされるんだね」

「ちなみにですが、オオヤマツミはイザナキの息子。スサノオの兄です。スサノオもオオヤマツミの娘2人と結婚しており、スサノオの子孫であるオオクニヌシは、オオヤマツミの子孫でもあります」

「オオヤマツミの娘は、いろんなとこに出てくるんやな」

「オオヤマツミは、サクヤビメだけではなく、彼女の姉であるイワナガヒメも嫁に出しました」

「その話、聞いたことがあるな。確か確か、姉は美人ではなかったんだよね?」

「はい。相当なブサイクだったんです」

「それなら、妹だけでええやんか。いや、妹だけがええやんか」

「ニニギは、イワナガヒメをオオヤマツミの元へ送り返して、サクヤビメとだけ結婚しました。はっきり言えば、エッチします」

「ついに子作りの時間やな!」

「ところが、困ったことが。イワナガヒメを送り返したことで、ニニギの寿命が短くなるんです」

「何でやねん? 呪われたんかいな」

「似たようなものでしょうね。オオヤマツミは、ウケイをしていたんですよ」

「ウケイって、スサノオがやったやつやろ?」

「『イワナガヒメと結婚しなかったら、寿命が短くなる』と言ったのかい?」

「事実上、そうなります。ウケイの内容は、こんな感じです──」


・イワナガヒメと結婚すれば、ニニギの寿命は岩のように不動のものとなる。

・サクヤビメと結婚すれば、ニニギは花が咲くように栄える。


「サクヤビメとだけ結婚したら、どうなんねん?」

「栄えるけれども、寿命は短くなったんじゃないのかな?」

「そうなんですよ。それで、ニニギの子孫である天皇も寿命が短くなったんです。ちなみに、初代天皇の神武は130年以上生きました」

「寿命短くないやんか」

「ニニギの息子で神武の祖父であるホオリは、600年くらい生きてますけどね」

「それに比べると、かなり寿命が短くなったんだね」

「ニニギに息子が生まれるっちゅうことは、それが火の中で子どもを産む話なんかいな?」

「その通りです」

「池内くん、意外と鋭いんだね」

「『意外と』は余計やで!」


   E


「ニニギとサクヤビメは、1回だけエッチしてます」

「「1回だけ?」」

「その1回で、サクヤビメは妊娠したからです」

「妊娠しやすい日やったんやな」

「しかも、もうお腹が大きくなっていました。ニニギは不審に思います。サクヤビメが身籠ったのは、自分の子ではないのではないか……と」

「そう思うのも、無理はないだろうね」

「嫁はんが産むんやから嫁はんの子なんやろうけど、自分の子かどうかは、DNA鑑定せんとハッキリせぇへんからな。今の時代は代理母出産もあるから、嫁はんの子とも限らんけど」

「今でこそ今でこそ、DNA鑑定があるけれどもね」

「1300年前には、DNAなんて発想すらあらへんやろうしな」

「そこでサクヤビメは、火の中で出産するんです。天の神であるニニギの子なら、問題なく生まれてくるはず──。火の中で出産することで、ニニギの子だと証明するわけですね」

「……すごい母ちゃんやな」

「サクヤビメは、無事に3人の子を産みました」

「めでたしめでたし、だね」

「ほな、ワイも打ち合わせ行くわ。子孫を残すために、イケメンでないとあかんからな。イケメンの服部センセに、ご教授願うんや!」

(マンガの打ち合わせしろよ)



※次に『古事記』の話がメインとなるエピソードは、第6章第2節です。

 ↓

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154972176/episodes/4852201425154977693

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