第4章第2節:ウケイ
A
「神田センセ。他には、どんな子作りがあったんや? 変わった子作りとかあらへんの?」
「変わった子作りですか。二階堂さんには説明しましたが、神の中には『成った』神がいます」
「この図だね」
二階堂がホワイトボードを指差す。
大きな赤い円には「生」と書いてあり、その円の内側の小さな青い円には「成」と書かれている。
「『成る』は、出産ではない方法で生まれた場合に使う言葉になります。ただし、成った場合でも、『生』の字を使うことがあります」
「出産やない方法て、どんな方法やねん?」
「スサノオの場合は、イザナキが鼻を洗った時に生まれています」
「変な誕生の仕方やな」
「アメテラスの場合は、目を洗った時ですね」
「アメテラス?」
「『古事記』では、アマテラスではなく、アメテラスの方が正しいと僕は考えているんです」
「『天』の読みが、基本は『アメ』だからだね」
※第1第2節参照
「スサノオとアメテラスの話になったので、彼らが子どもを生んだ時の話でもしましょうか」
「せやかて、センセ。その2人って、姉弟なんとちゃうか?」
「ええ。でも、子作りって感じの子作りではありませんから」
「なんや、子作りやないんか」
「でもでも、私は聞いてみたいな」
「二階堂さんがそう言うんやったら、ワイも聞いとこ」
「スサノオがアメテラスに会いに行った時の話です──」
B
スサノオは、海原を治めるようにイザナキに言われていた。しかし、彼は海に行こうとせず、アシハラノナカツクニに留まっていた。
ネノカタスクニに行きたいと泣いていたスサノオは、アシハラノナカツクニから追い出されてしまう。ネノカタスクニに行く前に、タカアマハラにいるアメテラスに会いに行くことにした。
「ところが。アメテラスは、スサノオがタカアマハラを乗っ取りに来たのだと考えました」
「姉ちゃんに会いに行っただけやのに?」
「ええ。アメテラスは、武装までするくらいです」
「それはそれは、穏やかじゃないね」
「スサノオは、乗っ取るつもりなどないと証明するために、ウケイをすることになりました」
「「ウケイ?」」
「ウケイというのは、例えば、こういう感じです」
神田が取り出すのは、1枚の100円玉だ。
「コイントスをして数字が書いてある方が出れば、人気作家になれるとします。逆が出れば、僕は人気作家にはなれない」
「何でやねん?」
「例えばですって」
トスの結果、数字が書いてある方が表になった。
「これで、僕は人気作家になれます」
「何でやねん?」
「これがウケイなんですよ。『Aという結果になればXという結果になり、Bという結果になればYという結果になる』と設定した上で、AになるかBになるかを試すんです」
「まあ、理解はしたわ」
「スサノオは何をしたんだい?」
「子どもを生み出します」
「「子ども?」」
「女の子を生んだことで、スサノオは潔白を証明することになるんです」
「つまりつまり、『女の子なら潔白で、男の子なら潔白ではない』として、ウケイを行ったんだね?」
「それが違うんです」
「せやかて、そういう流れやったやろ?」
「ええ。流れとしては、そうだったはずなんです。ですが、古事記神話には、『女の子なら潔白、男の子なら潔白じゃない』という宣言がないんですよ。宣言がないままで、ウケイが始まります」
「神田くんがやった例だと、どっちが出れば人気作家になるかを言わずに、コイントスをしたようなものだね?」
「その後で、『こっちが表になったから、人気作家になれるで』ゆうんやな」
「そういうことです。『古事記』によくある省略かもしれませんね」
「オオクニヌシの2回めの復活ん時みたいなやっちゃな」
C
「アメテラスは、スサノオの剣から、3人の女の子を生み出しました。スサノオは、アメテラスのアクセサリーの玉から、5人の男の子を生み出した」
「スサノオが男の子を生んだんだったかな?」
「女やって言わへんかったか?」
「スサノオが生んだのは、女の子だということになったんです。アメテラスによって、『スサノオの剣から生まれた方がスサノオの子ども』となったので」
「道具の持ち主が親ということになったんだね」
「ややっこしい話やな」
「その後、スサノオが自分は潔白だという宣言をしました」
「その時、姉ちゃんは?」
「文句を言わなかったので、女の子でよかったということでしょうね」
ところが、スサノオはタカアマハラで横暴を働く。それが原因で、アメテラスがイワヤに隠れてしまうのだ。
その後、スサノオはタカアマハラを追放され、地上に降臨。ヤマタノオロチの話に繋がっていく。
なお、スサノオがネノカタスクニに「行く」話はない。ネノカタスクニに「いる」話はあったが。
「ところで、姉ちゃんが子どもを生む必要あったん?」
「さあ……?」
「さあ……って。神田センセ、専門家やろ?」
「……僕、マンガ家なんですけど……」
「そう言えばそう言えば、そうだったね」
「忘れとったわ」
「えー…………」
「堪忍やで!」
「……まあ、アメテラスもウケイに参加したり、『こうなれば、こう』という宣言もなかったり。このウケイは、かなり特殊なものでしょう。古事記神話から判断すると、このウケイは『お互いに、相手の持ち物から子どもを生む』必要があったということになります。男と女という点も、気になるところですね」
「子作りするんは、男と女である必要があるしな。てなわけで、神田センセ。男と女が結合して子作りする話で、おもろいもんはないんかいな?」
「結合……ですか」
「セックスやな」
「まあ、普通は性交しますからね。──あ、こういう話がありますよ」
「何や何や?」
「火の中での出産です」
「火の中で出産やと!?」
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