第6章第2節:ヤマタノオロチ
A
「ヤマタノオロチ……ですか」
「其の魔物、八の頭と首と尾を有する」
黒いマーカーを手にした鈴木が、ヤマタノオロチらしき怪物をホワイトボードに描いた。プロのマンガ家なだけあって、さすがに上手い。
心なしかドヤ顔をしている鈴木だったが、神田が言う。
「それで完成ですか?」
「え? 一応、完成だけど……」
「先生」
「か、完成であるぞ」
「恐縮なんですが、この絵に描き足してもいいですか?」
「画竜点睛?」
「鈴木先生の絵なんて大した事ありませんから、好きなだけ描き直して下さい」
「大したことない……!?」←ショックを受ける鈴木
「それじゃ、失礼して……」
神田はまず、ヤマタノオロチの体に木を生やした。
「「木?」」
「古事記神話では、ヤマタノオロチの体に木が生えているんです。今は適当に描いていますが、生えているのは、ヒカゲノカズラ・ヒノキ・スギですね」
「鈴木先生とは違って、木も上手ですね」
「む……」
「それで完成になるんですか?」
「いえ、まだ途中です。ヤマタノオロチは、目とお腹が赤いんですよ」
青年は赤いマーカーを手にし、怪物の目を赤く塗った。腹も赤くする。
「目は、ホオズキのように赤いと書いてあります。お腹は、血でただれている。他の部分の色は不明です。体の長さは、8つの谷と8つの山に渡るほど」
「驚愕」
「ものすごく大きいですね。『山のように大きい』どころの話ではありません」
「いくら何でも大きすぎるので、誇張表現だとは思います。8という数字も、大きな数の代表という感じでしょうか。『古事記』では、よく使われる数字なんです」
「日本の神、八百万」
「八百万の神と言いますが、それにも8という数字が使われていますね」
「ええ。他には、3や5もよく使われる数字です。8は、3と5を足した数でもありますね」
B
「巨躯なる蛇を屠りし猛者あり。彼の者の名は、スサノオ」
「ヤマタノオロチを倒したのは、スサノオなんですよね?」
「はい。スサノオですね」
「怪物と英雄、相見える由縁は?」
「ヤマタノオロチとスサノオが戦う事になった理由は、何なのでしょうか?」
「偶然と言えば偶然ですが、あえて言うと、運命でしょうか」
「運命の戦い……ですか。男の人って、そういうの好きですよね」
「「男ですから」」
「私も、嫌いじゃないですけど」
「スサノオは、天界を追放されたんです」
「天界……タカマガハラ?」
「古事記神話では、タカアマハラですね」
※第1章第2節参照
「追放された原因は……天の岩戸でしたか?」
「古事記神話では、アメノイワヤですね」
※第2章第2節参照
「アメテラスが姿を隠したのは、スサノオが原因だったんです」
「アメテラス……ですか? アマテラスではなく?」
「古事記神話では、アメテラスの方が正しいと僕は考えています」
※第1章第2節参照
「アメテラスが姿を隠したことで、世界は大変なことになりました。その原因も、スサノオだということです」
「追放されるのも当然だったんですね」
「スサノオは地上に降り、川から箸が流れてくるのを発見します」
「上流に住民在り」
「上流の方に、誰かが住んでいる証拠ですね」
「ええ。上流の方に向かうと、老いた夫婦と若い娘が泣いていました」
「何故に?」
「どうして泣いていたんですか? もしや、ヤマタノオロチが原因でしょうか?」
「そうなんです。元々、夫婦には8人の娘がいました。ところが、1年に1人ずつ、ヤマタノオロチに喰われてしまったんです。そして、またヤマタノオロチがやって来る時期に。このままでは、最後の娘も喰われてしまう」
「ピンチですね」
「スサノオは、その娘を妻にすることにしました」
「……いきなりですね」
「まあ、出会ってすぐに結婚の話になるのは、古事記神話では普通のことなんです。きっと、美しい娘だったんでしょう。そして、スサノオはヤマタノオロチ退治に取りかかります」
「暗黒神は謳う、魔物すらも酔わせる酒が在ると」
「確か、お酒をヤマタノオロチに飲ませるんですよね?」
「ええ、そうなんです。ですが、その前に。スサノオが最初にしたのは、妻となる娘を櫛に変えたこと」
「「櫛に変えた……?」」
「ちなみに、娘はクシナダヒメという名前です」
ホワイトボードに「櫛名田比売」と書かれた。
「櫛」
「名前にも、『櫛』とありますね」
「櫛になったクシナダヒメは、スサノオの髪に。そしてスサノオは、老夫婦に濃い酒を用意させます」
今度は、ホワイトボードに「八塩折酒」と書かれた。
「八」
「また、この数字が出てくるんですね」
「濃い酒になるように、濃くする過程を繰り返したということでしょう。2回や3回ではなく、何度もです」
「ヤマタノオロチとて、酔わずにはいられぬ程に」
「そうして、ヤマタノオロチを酔わせられるお酒にしたのですね」
「はい。酒を飲んだヤマタノオロチは、酔っぱらって寝てしまいます」
「鈴木先生と同じですね」
「我に施された封印は酒の影響で……」
「はいはい。神田先生、続きをどうぞ」
「あ、はい。スサノオは、寝ているヤマタノオロチを斬り殺します」
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