第6章:ヤマタノオロチ/三種の神器

第6章第1節:マンガ家&アシスタント


   A


「我が耳は暗黒神の囁きを聞く」←中二病っぽいポーズ中

「話は聞かせてもらいました。あなたが、今度連載を始める神田先生ですね?」

「はい。僕が神田ですけど……(この人たちも編集部の人かな?)」

 打ち合わせ室に入ってきたのは、中二病風の男と眼鏡をかけた知的な女性の2人組だった。

「天上にはラッパを吹く天使の姿、深淵には魔物の唸り声。夜空に煌めく星々は、吉兆を告げるか凶兆を報せるか」

「???(何だって?)」

「連載、おめでとうございます。大変な事も多いとは思いますが、頑張って下さい。──というような事を言っています」

「は、はあ……。えっと、頑張ります」

「申し遅れました。こちら、マンガ家の鈴木です」

「鈴木先生って、ここで連載中の鈴木先生ですか!?」

「世を忍ぶ仮の名」

「あれはペンネームなので、本名ではないんですけどね」

「ペンネームだったんですか(中二病キャラの割に、『黒』とか『闇』とか入ってないんだな)」

「またの名を〈血に染まりし暗黒の夜桜〉」

(それは赤いのか? 黒いのか? 赤黒いのか?)

「そんな異名で呼ぶ人は、誰もいないんですけどね。──私は、アシスタントの黒井です」

「アシスタントの方でしたか(この人には『黒』が入ってるんだな)」

「またの名を〈漆黒を奏でし者〉」

「漆黒を奏でし……?」

「そう呼ぶのは、鈴木先生だけですけどね」

「漆黒を奏でるんですか?(漆黒を奏でるって、どういうこと?)」

「学生時代、バンドをやっていた時期がありまして。その時、キーボードを担当していたんです。そのキーボードが黒だったんですよ。黒いキーボードなんて、普通なんですけど」

「手繰り綴る者、その身を包むは不可視の霧か」

「担当編集の方は、どちらに?」

「工藤先生との打ち合わせに行きました。僕は、帰りを待っている状態でして」

「そうでしたか」

「先を往く我が、道標となろう」

「担当編集者とのコンビネーションも、連載をする上では大事になります。マンガを描いても、それを雑誌に載せるのは、結局は編集サイドの仕事。編集者の好みによって、マンガの方向性が左右される事もあります」

「な、なるほど……(さっきの短い言葉に、そんなに長い意味が)」

「鈴木先生は、マンガの展開について、編集者と殴り合った事があるんですよ。他社の編集者ですが」

「やっぱり、殴り合うものなんですか……?」

「ちなみに、鈴木先生は殴り合いに負けました」

(弱そうだしな)

「相手は女性だったのですけどね」

「わ、我が力は、72の錠と108の鎖によって封印されている。人の身では、我が力の片鱗に触れただけで、灰燼に帰すが故に!」

「あの時は本気出してなかっただけだし……。──だそうです」

「は、はあ……」

「ここの編集部でお世話になっているのも、女性編集者なんです。〈サイレント〉こと林さんです」

「〈サイレント〉?」

「無口な方なんですよ。普段は『ん』か『ん?』ぐらいしか言わないです」

「それで打ち合わせが成立するんですか?」

「魂の血脈のリンクの前では、声は単なる音でしかない」

「鈴木先生は、林さんが何を言いたいか理解出来るようです。私は理解出来ないのですが。林さんの方は、鈴木先生の言葉が理解出来ないのですけどね」

「え? リンクは……?」

「一方通行ですね。私が通訳しています」

「黒井さんがいないと、打ち合わせできないんですね……」

「フ……。創造の真実」


   B


「ところで、神田先生の作画はアナログですか? それとも、デジタル作画でしょうか?」

「僕はデジタルです」

「電脳世界すら、我が掌中に在り」

「うちと同じですか。今の若い人は、デジタルが多いですもんね。アシスタントは何人付くんです?」

「僕は、アシスタントはナシで描きます」

「え? アシスタント付けないの?」←素に戻った中二病

「先生」

「こほん……。け、眷属を従えるは、王の王道」

「アシスタントがいないと、大変じゃないですか? ちなみに、鈴木先生は背景が描けない人です」

「余計な事を言うな」

「僕は、全部1人で描く予定です。月に1つの連載だけですから、複数の連載を持っている人に比べれば、時間はたくさんあります。デジタルだと、色塗りも楽ですし」

「眷属への褒美」

「アシスタントがいない分、アシスタント代が浮きますね。アシスタントにお金を払うだけで、原稿料は消えちゃいますから」

「やっぱり、そうなんですか」

「そうなんだよ……」

「先生」

「け、眷属なくして、我は王たり得ぬが故に」

「アシスタントがいないと、連載やっていけないんです。他の作家さんも同じだと思いますよ? 本音を言えば、アシスタント代は払いたくないでしょうけどね」

「暗黒より聞こえるは神託。褒美なくしては、眷属は王に牙を突き立てる」

「アシスタント代払わないと、作家はアシスタントにボコられて終わりです」

「は、はあ……」

「神田先生は、アシスタントの経験は?」

「僕はないです」

「鈴木先生と同じですね。専門学校の出身ですか?」

「いえ、独学です。同人作家をやっていて、それで声をかけてもらったんです。いきなり連載作家になるとは、予想外でしたけど」

「きっと、才能が認められたんでしょうね。鈴木先生とは大違いです」

「む……」

「鈴木先生には、何人のアシスタントがいるんですか?」

「専属は私だけで、他に3人います。私以外は、作品次第で付いたり付かなかったりですね。アシスタントにも、得手不得手はありますから」

「鈴木先生の作品って、専門性が高い感じがしますしね」

「そうなんだよ。だから、アシスタントにも専門の作画スキルが必要で……」

「先生」

「て、適材適所」

「なるほど」

「眷属に頼り過ぎるのは禁物だ」

「作画面でアシスタントに依存しすぎると、マンガ家とアシスタントの立場が逆転しかねません。ちなみに、鈴木先生の作品は、私への依存度が高いです」

「そうなんですか?」

「……尻に敷かれている」

「そ、そうなんですか……」

「こちらでは吹奏楽がテーマの作品を連載していますが、楽器は私が描く事が多いですね」

「鈴木先生が描いてるんだとばかり……」

「……」←目を逸らす鈴木

「鈴木先生は、楽器描くの下手ですから」

(そうなんだ……)

「……我が身に施されし封印の影響」

「強がっていますが、楽器描けないんですよ」

「描けるし! 描かないだけだし!」

「そこまで言うなら、次は先生が描いて下さいね」

「……て、適材適所」

「(描けないんだな)背景は、どうしてるんですか?」

「まずは、先生から私に。その後、私から他のアシスタントに指示が行きます」

「黒井さんが、アシスタント陣のリーダーってことですね」

「リーダーと言いますか……通訳でしょうか」

(他の人は鈴木先生の言葉が理解できないんだろうか)

「専属は私だけなので、鈴木先生と一緒に作業をしているのも私だけなんです。デジタルだと、アシスタントが一緒にいる必要もありませんから」

「それって、男女2人っきり……?」

「///」←照れる中二病

「先生は、ベッドの中では中二病ゼリフじゃなくなるんです」

「ちょっ!?」

「ベッドの中って……(この2人、男女の仲とか?)」

「おや、神田先生。いったい、何を想像したんですか? ベッドの中と言っても、寝言の事ですよ」

「あ、そっちでしたか。でも……。どうして、鈴木先生の寝言を聞いたことあるんです?」

「男女の仲なので」

「/////」←照れる中二病

「この人、ベッドではガチガチになっちゃうんですよ。あ、緊張してガチガチって意味ですよ? アッチは、ふにゃふにゃです」

「それは言わないでよ!」

(ふにゃふにゃなんだ……)

「今、『ふにゃふにゃなんだ』って思いました?」

「……思いました」

「神田君、今のは他の人には内緒にしてください……」

「あ、はい(男のプライドに関わることだもんな……)」

「先生、さっきから素に戻ってますよ?」

「誰のせいだと思ってるんですか!?」

「いつもは、照れ隠しで中二病ぶってるくせに」

(照れ隠しなんだ、あの喋り方)

「く……! 忘却の川の水は、流れ流れて……」

「さっきの話、忘れてあげて下さい」

「……黒井さんは、ぶっちゃけすぎだと思いますけど」

「うむ。我が同輩の言う通りである」

「初めての時は……」

「それは内緒にしてくださいお願いします!」

「そういう所も含めて、好きになっちゃったんですけどね」←ぽっ

「僕も……君には、これからも一緒にいて欲しいと……」←照れ照れ

「そ、そういうのは、2人っきりの時に言ってくださいよ。もう……」←かあぁっ

「あ、ごめん……」

(目の前でイチャイチャされると、困るものなんだな……)


   C


「ところで、お2人は、どうしてここに?」

「うむ。我が耳は暗黒し──」

「聞くところでは──」

「あの、セリフの途中なんだけど」

「神田先生は『古事記』に造詣が深いとか」

「えっと、まあ。深いと言えば深い方だとは思います」

「森羅万象を飲み込む大海原、そこを漂う者は、時に泥船に身を委ねる」

「ネットだと誤情報も多いので、専門家にご教授願いたいのですが」

「僕は専門家ってほどでは……」

「ですが、大学院を出ていると聞きましたよ?」

「修士ですけどね」

「十分ではないですか。先生が知りたいのは──」

「日ノ本の国に、其の魔物在り。名は──ヤマタノオロチ」

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