⑤ほら、早く寝よ?

 ゆさゆさ、ゆさゆさ、と体が揺すられる感覚で千枝は目が覚めた。

 何事かとぼんやりする頭で横を見ると、今にも泣き出しそうな銀狗郎が座っていた。


「もれちゃう……」


 いつもは元気な耳をへにゃりと曲げ、何かを堪えながらそう言う。


(そっかー、もれちゃうかー)


 …………。


「それはマズイ!」


 一気に目が醒めた。

 がばりと布団を跳ね上げ上半身を起こす千枝。なぜか体が重たく、そして違和感が。見れば、寝ぼけ眼の茶々狸が千枝の脇腹に抱き付いていた。


「ぷ……」

「茶々狸ちゃんもおトイレ?」


 こくり、と目蓋をこすりながら茶々狸が頷く。


「はやくぅ、もっちゃうよぉ……!」


 急かすように銀狗郎が千枝の裾をぐいぐいと引っ張る。


「分かった、分かったから、もう少し我慢して、ね?」

「んぅ~……!」


 もはや一刻の猶予もない。

 千枝は慌てて茶々狸を抱くと、慎重かつ銀狗郎を刺激させないように移動を開始した。

 ドアを開けると、千枝ですら恐怖を感じてしまうような、階下へと続く暗く深い闇が待ち構えていた。電気を点けてしまえばなんてことはないが、小学生が一人でここに出るということがどれほど困難であるかは、もはや言うまでもないだろう。

 電気を点けて階段を下りれば、次は不気味な空気をまとった居間が現れる。運の悪いことに、この部屋のスイッチは目的地であるドアの横にしか存在しない。子供でなくとも怖くて仕方がない。


「ねぇ、この前みたいに電撃で明」

「――――っ!!」

「あぁごめんそうだよねできないよね我慢してるんだから!」


 もうすでに限界を超えている顔で言わんとすることを察し、千枝は暗闇の中を壁伝いに進んでいく。

 スマホを持っておけばよかったと後悔しつつ、どうにか目的のドアにたどり着き、急いで開ける。そうすればトイレはすぐそこ、おまけに廊下の電気はすぐ横に付いている。開く動作から流れるようにスイッチをオンにすると、明るくなったと同時に銀狗郎が一目散にトイレへと駆け込む。

 が、いったん立ち止まると。


「ボクが終わるまで前で待ってて!!」


 千枝の返事を聞く前にバタンとドアを閉めた。

 その様子を見て、昔は自分もあぁだったな、と思い出しほほ笑む。


「いるー?」

「いるよー」

「ぷぇいおー……くぁぁ」


 茶々狸も欠伸混じりに答える。

 しばらくすると、晴れやかな顔になった銀狗郎が落ち着いたように出てきた。どうやら無事に間に合ったらしい。


「ありがとー」

「どういたしまして。じゃあ次は茶々狸ちゃんね」

「ぷぇい……」


 返事をするが、えっちらおっちらと歩く茶々狸の姿は、見ていてハラハラする。心配だが、トイレの中にまでついていっていいのか、経験したことがないので千枝は分からないので動けない。


「どうしたらいいかな?」

「さっちゃんなら大丈夫だよー」

「でも……」

「心配なら入っちゃえば?」


 そう言われたところで、入ったところで自分にできることが何一つないことに気がつく。どうやら千枝自身、寝ぼけているらしい。

 銀狗郎の言葉通り、用を足した茶々狸は何事もなく出てくると、ふらふらしながら一人で部屋へと戻り始める。なるほど、たしかに大丈夫そうだ。


「あー、危ないかも」

「え?」

「あれ、半分寝てると思う。よくあるの」


 銀狗郎がそう言うと同時に、茶々狸がドアに顔からぶつかった。


     ◇     ◇

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彼女の生徒は舟を漕ぐ ※作品について報告あり 表河ウラキ @omotegawa_uraki

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