④豆電球じゃないと眠れないの!


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「ごちそーさまでしたー」

「ぷぁるぷんぺ」

「ごっつぉさん」


 時刻はすでに二十一時になろうかという頃、一同は夕食をきれいに平らげた。

 銀狗郎と茶々狸は色違いのパジャマで、千枝はスウェット。舞華は最初、意気揚々とネグリジェを着ていたのだが、今に入った瞬間コックリから顔面パンチを喰らわされ、仕方なくジャージを着用している。……最初からジャージを着ておけばよかったろうに。


「お粗末様でした」


 相変わらず黒一色の寝間着を着たコックリが、笑顔で舞華に塩を投げつけながら嬉しそうに言う。ちなみに狐黄太はTシャツ+ジャージズボンというラフな格好である。


「ちょっと! 何さらっと除霊しようとしてんのよ!」

「口の悪いような悪霊はあの世にしまっちゃいましょうねぇ」

「熱っ! 痛っ! ごめんなさいごちそうさまですごちそうさまでした!」


 コックリが投げる手を止めると、そこには塩が当たった所から煙を上げつつ、ぜいぜいと肩で息をする舞華の姿が。文字通り昇天する直前だったのだろう。心なしか体が透けているような気もする。


「ちくしょー、覚えてなさいよ」

「恨みなんて数えきれないほど持たれているのでお断りします」


 さらりと受け流しながら、コックリは食器を重ねて台所へと歩いていく。残った食器は狐黄太と銀狗郎が手慣れたように片付け、茶々狸は満足そうに腹をさすっていた。衝動に駆られて茶々狸の腹を軽く叩くと、ポンッと中身の詰まった短く高い音が響く。


「ぷえー……」


 興味津々に自分の腹部をまじまじと見つめる茶々狸。その顔があまりにも驚いているものだから、千枝と舞華は思わず吹き出した。今度は自らの手でおそるおそる叩くと、先ほどと同じように音が響く。ぱぁっと目に見えて表情が明るくなり、茶々狸は小気味良いリズムでぽんぽこと腹を叩き始めた。


(タヌキの腹太鼓……)


 そんな言葉を思い出すと同時に、堪えきれずに笑いだす千枝。舞華も同じらしく、こちらはひーひー言いながら笑い転げている。ぽんぽこぽんぽこ鳴り響く腹太鼓の調べに、腹を抱えて笑う女子高生二人。あたかも茶々狸の新しい能力のようにも見えてしまう。


「ひぃーっ、し、死ぬ、笑い死んじゃう!」

「あっははは! 茶々狸ちゃんサイコー! いいよいいよ、もっとや」

「……………」


 騒がしくて様子を見に来たのであろうコックリが、視線だけで人を殺せそうな険しい眼光で二人を、特に舞華の方を見ていた。


「……あ」

「サッちゃんイイよ! もっと奏でちゃおう! そぉれ、ワン、ツー、ワン、ツー、ワ」


 ごがしゃあ!


 コックリが振り下ろした岩塩により、舞華の頭から鳴ってはいけない音が聞こえてしまった。幽霊だから大丈夫だろう、きっと。……たぶん。

 風呂に入ったばかりだというのに、冷や汗をだらだらと流す千枝に、コックリがゆっくりと振り返る。その顔には真っ赤でぬめり気のある液体が付いており、眼力も相まって、どう見ても殺人犯のそれにしか見えない。

 コックリがゆっくりと口を開く。

「野暮用が出来ましたので、代わりに洗い物を片してもらっても構いませんよね?」

「は、はい」

「それと、もう夜なのでおふざけは程々に。……でないとますよ」

「はいっ! 了解です!」

「良い返事です」


 ニコリと笑うと、コックリは舞華の襟を掴み、ずるずるとどこかへと引きずっていく。玄関の外だろうか、それとも……いや、詮索しないでおこう。もしも発端が自分とばれたら、それこそとんでもないことになる。


「ぷぇぷ」

「……そうだね、洗い物しないとね」


 親友を売ったことを忘れ去るように、千枝は台所へと足を向けた。



     ◇     ◇



 洗い物を終えて部屋に戻ると、アニメのようなタンコブタワーを頭に生やした舞華が、むすーっとした表情で座っていた。

「あれ、母さんはどこに?」

「寝床を整えに行きましたでございますよ!」

「なんで怒ってるんですか……」

「怒ってませんですわよ!」

「はぁ……」


 ついに頭のねじが外れてしまったのだろうか。可哀そうに。


「可哀そう、じゃないでしょうが! 誰のせいだと思ってんのよ!」

「なんのことかなー、ねー?」

「ぷぇー」


 千枝の真似をして小首を傾げる茶々狸。

 というか、さも当然のように心を読まないでほしい。それはコックリと茶々狸の専売特許のはずである。これ以上余計な負担を増やしたくはないのだが。


「まぁ、いいわよ。もう貧乏くじ引くのは慣れたし」

「ボクもそのくじ引きたい!」

「やめときなさい、ロクなモノじゃないから」

「ボクは2の付く物の方が好き~」

「……幸せそうでいいわね、ギンちゃんは」


 ため息を吐き、わしわしと銀狗郎の頭を撫でる舞華。

 なぜ自分の頭が撫でられているのか理解できない銀狗郎は、頭にハテナマークを浮かべながらも、その行為を嬉しそうに受け入れる。その光景はまさしく野生を忘れたワンコそのもの。たしかに幸せそうだ。

 この天然なところも彼女の魅力だが、それが同時に不安要素でもある。こればっかりは矯正しようもないので、進学した際の環境を祈るしかない。

 そうこうしていると、千枝の携帯が振動する。

 何事かと見れば、コックリからのメールが一通来ていた。内容は「布団が準備できたので、準備ができたら二階にどうぞ」というもので、わざわざメールにして伝えるようなことではない。単に降りるのが面倒くさかったのかもしれないが。


「お母さんねぇ、最近メールが使えるようになって嬉しいんだよー」

「へぇ、そうなんだ」


 撫でまわされながら銀狗郎がそう話してくれた。

 覚えたてのことを試したい気持ちは、千枝もよく分かる。この前美味しい温泉卵の作り方をテレビで見たときは、特に食べたいわけでもないのに何個も作ったし。もちろん、全て美味しくいただいた。お父さんが。


「てか寝るの早くない? 舞華ちゃん的にはもっと色々くんずほぐれつしたいんだけど」

「何するつもりよ……いつもこの時間に寝てるの?」

「はい、いつもこの時間ぐらいに」

「え~? テレビもここらへんから面白いのが流れ出すのに、もったいなくなくな~い?」

「なく……え、なんですか?」


 狐黄太の発言に、舞華が衝撃を受けたように崩れ落ちる。


「ま、まさか……これって死語!?」

「そんな顔で見られても、私も使ったことないから分かんないよ」

「ガーン!」


 今度は撃たれたかのように崩れ落ちる舞華。


「はいはい、おバカは置いといて歯磨きしに行こうねー」

「はーい」

「ぷぇ~い」

「あの、なくなくないってなんですか……?」



◇     ◇



 二階に上がってすぐ目の前に、見覚えのないドアがあった。本来なら子供達とコックリの部屋があるはずなのだが、そこへ続く廊下も見当たらず、千枝は首を傾げる。


「何かコックリさんから聞いてる?」

「いえ、何も。とりあえず開けてみましょうか」


 そう言って千枝の代わりに狐黄太がドアを開ける。その先は旅館のように広々とした和室だった。五枚の色違いの布団が敷き詰められており、コックリがちょうど最後の掛け布団を敷くところだった。


「あれ、準備できたって言ってませんでした?」

「色々あるんですよ、大人には」

「大人関係ないと思うんですけど」

「これだから子供はダメですねぇ」


 コックリはやれやれと肩をすくめる。その仕草にイラッとする千枝だが、このコックリが何の意味もなく布団を敷きなおすわけもないだろう。思ったより肌寒かったとか、そんなところだろう。

 ここで狐黄太が口を開く。


「あの、僕達の部屋は?」

「ちょちょい、と他の場所に片付けておきましたよ。明日には戻しておきますから安心しなさい。どうせ寝るだけなんだからいいでしょう?」

「別にいいけどさ……せめて事前に連絡ぐらいしておいてほしかったよ」

「安心なさい。あなたの部屋にあるいかがわしいモノには触ってないから」

「ソンナモノ置いてないよっ!?」


 咄嗟の反応で声が裏返る狐黄太。


「あらまぁ、これは怪しい感じがビンビンじゃな~い?」

「狐黄太も大人になったのねぇ……」

「置いてないって言ってるじゃない!」

「「分かった分かった」」

「ぜっっっっったい分かってない!!」


 本当、よく分からないタイミングで手を組む二人である。

 狐黄太は真っ赤な顔で冤罪だと叫び、しきりに千枝の方をちらちらと見る。さすがの千枝もこれには気づいたが、狐黄太の面子を守るため、気付かないフリをして銀狗郎に目を向けた。


「うおぉぉぉぉぉー!」


 元気が有り余っているらしく、雄たけびを上げながら並んだ布団の上をごろごろ転がっている。みんなで寝るのは久しぶりか、もしくは初めてなのだろうか。コックリが布団を並べて眠ろうだなんて言い出しそうなタイプには思えないし。


「ほら! 寝るんでしょ! 早く寝ようよ!」


 イジられまくってヤケになった狐黄太が叫ぶ。


「ボクまだ眠くなーい! もっと遊びたーい!」

「ダメっ、もう寝るんだ!」

「えー……」

「じゃあ、布団に入りながらお喋りしよっか」

「するーっ!」


 不機嫌そうな顔から一転、銀狗郎が目を爛々と輝かせる。

 勢いよく布団に入って首だけひょっこり出すと、待ちきれないようにぽすぽすと布団を叩く。寝る前の読み聞かせを待ちわびる子供の様である。


「じゃあ舞華ちゃんはギンちゃんの横~♪」

「ぷぃーあ」

「茶々狸が千枝さんの横なら、私と狐黄太は端ですね」

「別に、残念がってないからね!」

「まだ何も言ってないでしょう」


 警戒している狐黄太に呆れつつ、コックリは自分の布団へと入っていく。

 左からコックリ、茶々狸、千枝、銀狗郎、舞華、狐黄太という順番になった。


「おねーちゃんはそっちじゃなくてボクと一緒! いーっしょ!」

「はいはい。もう、甘えん坊め~」


 銀狗郎の催促に従い、千枝は銀狗郎が入っていた布団に潜り込む。よく干された布団特有の落ち着く香りに混じり、銀狗郎の髪から香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。横を向いてそのまま抱きしめれば、銀狗郎は嬉しそうに頭を胸にこすりつけ、それこそ感極まった子犬のようにはしゃぐ。


「それじゃあ、電気を消しますからね。喋りたい人は声を小さめにしてどうぞ」

「「はーい」」


 おやすみなさい、と各々が言い終えると同時にコックリが電気を消した。


「ちょっと! なんで全部消すのよ! 舞華ちゃんは豆電球じゃないと眠れないの!」

「あなた、幽霊としての自覚とかアイデンティティはないんですか……」

 そう言いながらも、コックリはリモコンを操作して豆電球に切り替えた。


「サンキュー」

「分かったらさっさと眠りやがってください。なんなら永久に」

「一晩中一人漫談してやろうかこんちくしょうっ……!」


 ギリギリと歯を軋ませこそするものの、舞華は大人しく布団の中から出ようとはしない。というかなぜ漫談をチョイスしたのだろう。


「おはなしっ、おはなしっ!」


 目をキラキラさせ、尻尾をぱたぱたと動かす銀狗郎。


「何話そっか?」

「なんでもいいよ! おねーちゃんが話したいこと!」


 そう言われてすぐに話せるほど、千枝は口が達者ではない。


「あー、そうだなー……」

「ガッコ! 学校の話がいいな! どんなことがあるのか聞いてみたい!」

「ぷえぴ」


 背中に何かがくっつく感触。一応首を捻って確認すると、茶々狸が眠たそうな表情をしながらも、期待したように顔を見返していた。


「さっちゃんも気になるんだってー」

「千枝ばっかりズルいわよ! 舞華ちゃんも混ぜなさ~い」

「じゃあ漫談女王である舞華からどうぞ」

「えー、この前街を歩いていた時の話ですわ。舞華ちゃんがふらふら歩いてたら、目の前からごっつ厳つい男が歩いてきましてなぁ。そいつがいきなり……ってやるかぁっ!」

「割とノリノリじゃん」


 千枝のツッコミに、銀狗郎と茶々狸がくすくすと笑う。


「ほら、学校の話をしてあげなさいよ。なんなら舞華ちゃんとの出会いを美化して語ってもいいのよ? ん?」

「美化前提なの……?」

「ねぇー、なんでもいいから早くぅ!」

「ぷゃぷゃぷぅー」

「はいはい。ええっとねぇ、じゃあ授業の話ね。担任の樟葉くずは先生の話で、科学……小学生で言うと理科を担当してる先生なんだけど、その先生の教え方がとにかく面白くてね……」


 千枝が話し出すと、二人は時折頷いたり相槌を返しながら、食い入るように話に耳を傾ける。


「……」


 そんな三人を眺め、狐黄太はどこか寂しそうに背を向けた。

 もちろん、それを見逃すコックリではない。何か思案するように目をつぶり、そのままニィッと口元を歪ませる。彼女が考えているのは良からぬことか、それとも……。

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