③合法おさわりパラダイス
千枝の罰ゲームが終わったあと、銀狗郎がジェンガを倒し、ガオガオに茶々狸の手が噛まれ、叩いて被ってはコックリと舞華の壮絶なる攻防の末に引き分け。海賊危機一発の二回戦は、千枝の惨状を見た狐黄太の提案により中止となった。そもそもコックリ以外のメンツは、罰ゲームが怖くて参加する気はなかったが。
「次h」
「人生ゲーム! 人生ゲーム!! 罰ゲーム付きで!!」
舞華の声を遮り、千枝が勢いよく叫ぶ。
ふんすふんす! と鼻息荒く挙手するあたり、よっぽど自分だけ罰ゲームを受けたことが納得いかなかったのだろう。
が、コックリは困った顔をして。
「もうそろそろ晩御飯を作りたいんですが。それにお風呂も沸きますし」
「ぐっ、そんな主婦的な逃げ道を用意しておくなんて……」
ズルい、さすがコックリズルい。
そうは言うものの、時刻は気がつけば十八時半を過ぎた頃。作り始めるにはいささか遅すぎる時間である。
「逃げ道ってなんですか。それに二人分多めに作らないといけないんですから、仕方がないでしょう」
「…………あっ、舞華ちゃんもナチュラルにカウントされてる! やったぁ!」
「イエーイ!」
「イェ~イ!」
銀狗郎とハイタッチをする舞華。
「……ってなんで喜ばないといけないのよっ! お客として来てるんだから当然のことでしょうが!?」
「だから人数に含んでいたでしょうに」
「ぐっ! そ、それはそうだけど……」
勝手にキレた挙句、論破されてたじろぐ舞華。
コックリは呆れたように舞華を見る。
「まったく、私だっていつも喧嘩腰なわけじゃないのですからね。それじゃあ、千枝さんは銀狗郎と茶々狸をお風呂に入れてあげてください」
「お風呂っ!」
その言葉を聞いて、不満そうにしていた千枝が目を光らせる。
「さぁ入ろう! すぐ入ろう!」
「……まさか千枝さん、レズでロリコンですか……?」
そうだとすれば、狐黄太の反応に気づかなかったのにも理由が付く。
「えっ、じゃあ舞華ちゃんもターゲット!? いやぁ~ん」
「そんなわけないでしょ!? 単純に楽しみにしてただけです! あと、舞華は子供じゃないでしょうが!」
「合法ロリって素敵な響きだと思わない?」
「そんな乳がデカい女の子がいて堪るかっ!」
極稀にジュニアアイドルでそんな子どもが出ていることがあるが、あれは正直どうなのだろうか。体のバランス然り、そういった子供を売り出すこと然り。供給されるということは需要があるわけで。そう考えると何とも言えない気持ちになる。
……別に羨ましいわけではない。
「そこらへんはどうでもいいので、さっさとお風呂に入ってくれませんかね。銀狗郎と茶々狸はもうお風呂に向かいましたよ」
「えっ、あ、本当だ」
部屋を見渡すがいたはずの二人の姿はそこにはなく、あるのは放置された玩具のみ。
これを狐黄太がせっせと片付けてくれており、ふと視線が合うと、軽く頭を下げ、ふっとほほ笑んだ。これは「僕がやっときますから、千枝さんはどうぞお風呂に入ってきてください」ということだろうか。
(なんて優しい子……!)
あまりのイケメン指数に、千枝は思わず自分の胸を押さえた。
もっとも、この胸の高鳴りは異性へのそれではなく母性の方なのだが。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
「の前に、舞華ちゃんは一緒に入っちゃダメなわけ?」
プクーッとあざとさ満点のふくれっ面の舞華。
「えっ、入るんですか」
「入るわよ! 汚いまま布団を踏み荒らしてほしいんなら別だけども!」
「いえ、そういうわけではなくて。家のお風呂に女子高生二人が一緒に入る、という想定をしておりませんでしたので。銭湯ならともかくとして」
「そう言われてみれば……」
銭湯や旅行先でならそういった想像は容易いが、家庭の風呂で友人と一緒に入ることなんてそうそうない。よっぽど仲が良いか、なんらかの理由があるかだ。
「ロリが一人増えたところで問題ないわよ!」
「あなたはそれでいいのかもしれませんけどもね」
「何よっ! 千枝は断るとでも!? この大親友の千枝が断るとでも!!」
「そう言われたら、私めちゃくちゃ断りづらいじゃん……」
「はなっからそれが狙いよ」
「達悪いな!」
別に断る道理もないが。
ドヤぁと勝ち誇る舞華を見ていると拒絶の意思を見せたくなるが、さらに面倒くさくなるのは火を見るよりも明らかなので、ここは何もせずにしておこう。
呆れたように息を吐き、千枝はバッグから着替えを取り出す。
「わぁ、ずいぶんカップ数の小さそうなブラ♪」
「あんたのが異常なだけよ。そんでもって勝手に人の下着を取り出すな!」
まるで誰かへ見せつけるように下着を持った舞華からそれを奪い取り、着替えを入れた袋の中へと乱暴に突っ込む。
「そんな雑に扱うなら、いっそサラシとかにすればいいんじゃない?」
「誰のせいだ、誰の」
軽口を交わしながら二人は浴室へと向かう。
部屋には鼻血を垂らしたまま固まった狐黄太だけが残った。
◇ ◇
脱衣所に姉妹の姿はなく、浴室のドア越しに銀狗郎の楽しそうな声が聞こえてくる。幼い茶々狸がいるので、いつもはコックリが一緒に入浴しているのだろうか。さすがに毎日小学校中学年と幼稚園児だけで、なんて危ないことはするまいし。
そんなことをぼんやり考えながら、浴室へのドアをノックする。
「入ってもいい?」
「いーよー!」
元気な了承を得たので、千枝はゆっくりと浴室へと入った。
大人二人が余裕で肩を揃えて座れる洗い場に、浴槽も足を伸ばしてゆったり入れそうな大きさ。おまけに浴室用エアコンが設置されていることから、コックリが追い出した家族は、きっとそれなりに裕福な家庭だったのだろう。彼らのことを考えると可哀そうな気持になるが、過ぎたことは仕方がない。そもそもやったのはコックリなので罪悪感を感じる理由もなかった。
洗い場では銀狗郎が茶々狸の頭をわしゃわしゃ洗っている所で、どれだけシャンプーを出せばそこまで泡だらけになるのかという程に泡まみれになっていた。獣耳には洗髪用のカバーが付けられていて、泡が入らないようになっているのだが、泡の塊からひょっこり出ているのがなんだか可愛らしい。
銀狗郎の横に置かれた真新しい風呂椅子が目に映り、そこに座る。この椅子はきっと新しく買い足したのだろう。話が出たのが昨日のことだというのに、早い行動である。
「おねーちゃんもボクが洗ったげよーか?」
「んー……舞華の方が喜ぶから、そっちをやってあげて」
千枝が笑顔の裏でハプニングへの恐怖を考えているなんてことは、もちろんこの純粋無垢な少女が分かるわけもなく。銀狗郎ははち切れんばかりの笑顔で頷き、シャワーを手に取って茶々狸の頭を流しにかかった。
ギュッと目をつむっている茶々狸の可愛らしさも、またなんとも言えない。
「よっしゃぁ! 合法おさわりパラダイスの時間じゃい!」
そんな可愛らしさを粉々にぶち壊す発言をしつつ、舞華が風呂場へと入ってきた。言うまでもなく、タオルを巻いて胸を隠したりはしていない。芸能人のお宅ロケをしているわけでもないので当然だが。
ばるんばるんだか、どゅんどゅんだか、とにかく局地的振動を起こしながら、舞華は千枝の背後に立った。なぜだ。
「握り潰されたい?」
「揉みしだきたいだなんて……千枝ってばダ・イ・タ・ン」
ゴォウッ……と、風が吹かないはずの浴室で、千枝を中心に湯気が吹き飛んだ。
「や、やぁねぇ、冗談だってば」
漢ではないが背中で全てを語る千枝に気圧され、舞華は怯えたように後ずさる。
「舞華ちゃんっ、ここにど~ぞっ!」
茶々狸が浴槽に入ったことで空いた椅子を、銀狗郎が指さす。茶々狸一人で入って大丈夫かと思ったが、慣れたように浴槽の縁に顎を乗せ、こちらをジッと観察していた。
「ぷぇー」
(かわゆい……)
その愛くるしい姿に目を奪われる千枝だったが、遮るように舞華が割って入る。ただ単に銀狗郎の指示で座っただけなので、彼女はそのことに気づかない。なので、千枝が眉間に皺を寄せて睨んでくる理由も分からなかった。
「あの……舞華ちゃん、何かやらかしました?」
「邪魔」
「消えろと申されますか……」
なんだってのよぅ……、と舞華は肩を落とす。
「シャワー行くよ~」
追撃のように、銀狗郎から頭にシャワーをかけられる。先ほどの千枝との会話を聞いていないので、当然だが舞華は何が何やら分からない。
「ぶわっぁ、ちょっ、ストップ! 何するの急に!?」
「頭わしゃわしゃするんだよー」
「わしゃ……あ、舞華ちゃんの頭を洗いたいわけね? もぉ~! それならそうと言ってくれればよかったのにぃ! お姉ちゃん思いの優しい子め~!!」
シャワーをかけられ、一人悶える脳内お花畑幽霊。
そんな友人の行動を横目で見つつ、濡らしておいたボディタオルに、持参したお泊り用サイズのダブをかけて泡立て始める。ちなみにコックリ家はナイーヴを愛用しているらしい。やはり子供達のことを考えてだろうか。
それから残念なことに、舞華の洗髪は無事終わり、特に何事もなく全部洗い終えた。茶々狸を千枝が抱き、銀狗郎、舞華の順に、横並びでのんびりと温かさを楽しむ。
「んあぁぁぁぁ~……生ぎ返るぅぅぅ……」
「ババくさーい」
「ぷぷぴぴぇーい」
「しょうがないよ。元々おばあさんなんだから」
「だぁれがオバサンよ。死んだときはピチピチの女子高生だったっての」
そう言って頭に乗せた手拭いの位置を直す舞華。
その所作はどう見てもオバサンどころかオッサンである。
「舞華ちゃんは、どうして学校で暮らしてるの? お家ないの? 家なき子なの?」
「なんでそんな古いドラマ知ってるのよ……。元々地縛霊だったから、あそこに居るのが一番落ち着くの。それに手ごろな家を見繕うにも、廃墟か空き家しか見当たらないし」
「一応学生だものね」
「そういうこと。昔は寮があったからだいぶマシだったんだけど。時代の流れってやっぱり残酷だわぁ……」
どこか大人びたような表情で遠くを見つめる舞華。
「学校と言えば、銀狗郎君は学校に行ってみたい?」
思い出したかのように千枝が尋ねる。
今まで散々勉強を教えるだけだったが、本来の目的である「人として生活させる」ということについて、もうそろそろ動き出さないといけない。そう考えた千枝は、とりあえず学校についての意識調査をすることにしたのだ。
初対面での会話や性格は全員大丈夫だとして、避けては通れぬ問題が学校である。学校に居る全員が、この子達のように優しくて、誰かのことを思いやれるような者ばかりではないからだ。生徒も先生も、最近だと生徒の親も。学校に対して好意的ならまだいいが、そうでないのなら問題が増えることになる。
「学校かぁ……」
噛みしめるように反芻し、何か考え込む銀狗郎。
「んー……行ってみたいけど」
「けど?」
「勉強するのはイヤだなぁ~! 他の子といっぱい遊んでみたいけど」
一瞬行きたくないのかとヒヤリとしたが、どうやら杞憂だったらしい。
可愛い顔で悩む銀狗郎を見て、千枝はクスリと笑う。
「大丈夫。今の調子なら勉強はついて行けるよ。それに、舞華だってこうやって学校に通えてるんだから」
「そっかー! なら安心だね!」
「絶対舞華ちゃんをダシに使うと思ってました~。知ってましたよーだ」
もはやお決まりとなったやり取りに、舞華は機嫌を損ねたらしい。まぁ、バカバカ言われて気分の良いものではないだろう。実際にバカだが。
「そもそも舞華ちゃん、昔は頭良かったのよ? ただ、ずっと学校にいれるのなら、勉強する必要ないじゃんって気づいただけで……」
「そこ気づいちゃったかー」
「ちゃったかー」
時に人間は余計なひらめきをしてしまうことがあるが、舞華の場合はそれだったのだろう。彼女の話を信じるならば、そもそものポテンシャルは相当高かったのだろう。本気で勉強に打ち込むとどうなるのか、気になるところではある。
千枝と銀狗郎、おまけに茶々狸も苦笑いを浮かべて舞華を見る。
「何よ、なんか文句でもあるわけ?」
「別に何も?」
「ぐぬぬ……じゃあ、ギンちゃんは大きくなったら舞華ちゃんと千枝、どっちみたいな体になりたい!?」
「え、何その質問」
何が「じゃあ」なのだろうか。
「いいから! どっちがいい!?」
「お姉ちゃん」
即答だった。
「な、何故……!」
「だっておっぱい大きすぎて気持ち悪いもん」
「グウッ!?」
無垢ゆえの辛辣な一言に、舞華は胸を押さえる。
「あっはっはっ! 自滅し」
「それにお姉ちゃんの方が走りやすそうだし」
「ナァッ!?」
まさかの不意打ちに、千枝も思わず仰け反った。
いやまぁ走りやすいけども。不自然な揺れが起きないけども。けども……!
「そうでちゅね~、千枝ちゃんは走るの速いでちゅもんねぇ~」
「アンバランスで気持ち悪いあんたよりもマシだと思いますけどぉ?」
「僻みは良くないなぁ。あっ、無いのは胸だったっけ!」
「おつむが無いより幸せだからご心配なく」
「「……」」
つかの間の静寂。
「喰らえっ、ばあちゃん直伝水鉄砲・改!」
「ふはは幽霊にそんなものがぼぼぼぼ」
ばちゃばちゃぎゃあぎゃあ。
互いにお湯をかけたりかけられたりして、浴室が一気に騒々しくなる。人様の家どうこうよりも、争いの低レベルさが真っ先に目に付く光景であった。
千枝の抱かれていた茶々狸は、いつの間にやら千枝から逃げ出しており、これまた安全圏に避難していた銀狗郎と共にゆったりしている。
「学校かぁ……行ってみたいなぁ」
ぼんやりとした顔でそう呟く銀狗郎に、ぷぇっと茶々狸が相槌を返した。
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