まっくろ屋さんと赤ちゃん

絶望&織田

まっくろ屋さんと赤ちゃん

「スズラン」と呼ばれる国に二つの不思議な事があります。


その国で取れるスズランの花はすべて透き通るような白です。


とても美しく、燃やさない限り枯れず、一年中咲き続けるという不思議な花でした。


国民はスズランを愛し、家の屋根や普段使う物、服などは白を基調としたものが多く見られます。


そんな不思議なスズランに魅了されて他国から注文が絶えない人気がありました。


昔はその花を巡って争いが起きたほどでした。


スズランにはもう一つ不思議なことがあります。


それは「まっくろ屋さん」と呼ばれる男です。


まっくろ屋さんは、子供達がとっくの昔に寝静まった。


夜、12時にどこからともなく現れます。


真っ黒なシルクハット


真っ黒な上着にズボン


真っ黒な靴


全身、真っ黒な姿で、眠っている子供を起こさないように、大人にしか聞こえない魔法の言葉で叫びます。


「まっくろは要らんかねー!?なんでも交換するよ!」


国中を歩き回ります。


大きな声で何度も、何度も叫びます。


けれどもその日はお客さんは現れません。


家々は固く門を閉じて、スズランの花を戸口に飾っています。


「今日は何かあったのかな...」


まっくろ屋さんは首を傾げて、足を進めます。


どんどん歩いて、気づけば...。


国外れの大き沼にたどり着いていました。


沼には名前がありました。


「悪魔の口」と。


昔からこの沼では人々がゴミや自分では持て余してしまうモノを捨てる決まりがあります。


沼はあらゆるモノを飲み込み真っ黒です。


白を基調としたスズラン国では、そういった理由から沼を強く忌み嫌う傾向に拍車をかけていました。


いつの頃からか人々は悪意を込めて、この沼を「悪魔の口」と呼ぶようになりました。


この悪魔の口に落ちると大変です。


なぜなら落ちたらどんどん深みにはまって抜け出せなくなり、沈んでしまうからです。


「もう帰ろう」


まっくろ屋さんが引き返そうとしたその時...。


「僕の命とお母さんの痛みを交換して」


突然、子供の声がしました。


振り返ると、天使の羽を生やした赤ちゃんがいました。


まっくろ屋さんはニッコリと笑うと赤ちゃんの手を取って言いました。


「あなたが帰るべき場所に案内してください。それから考えましょう」


二人は一軒の家にたどり着きました。


そっと窓から家の中を覗くと、お産に苦しむ母親とお医者さんの姿がありました。


赤ちゃんは悲しそうな顔をして、まっくろ屋さんの手を強く掴みました。


まっくろ屋さんは赤ちゃんの頭を撫でて言います。


「安心なさい、痛みは取りましょう」


まっくろ屋さんは自分の影に手を沈めると、えぃ!というかけ声とともに悪魔を引き抜きました。


同時に母親の苦しげな声は穏やかなものへと変わりました。


まっくろ屋さんは赤ちゃんに笑いかけると言います。


「お帰りなさい」


赤ちゃんは笑い返すと、ありがとうと言って消えてゆきました。


まっくろ屋さんは笑みを浮かべ手を振りました。


もう一度、また会いましょうと約束するかのように。


まっくろ屋さんは次に悪魔を見据えると言いました。


「赤ちゃんと母親を悲しませようとしたのはあなたですか?」


まっくろな悪魔は裂けた口をニィと吊り上げて言いました。


「子供なんて親にとって目の上のコブだぜ?俺様はそのコブを取ってやろうとしただけだ。それの何が悪い!」


悪魔はそう言うと、ケタケタと笑いました。


「果たしてそうでしょうか?ご覧なさい」


まっくろ屋さんは悪魔に促すと、母親を見守りました。


暫くすると、赤ちゃんの元気なうぶ声があがりました。


取り上げられた赤ちゃんはお医者さんに抱えられて母親と対面します。


母子ともに互いを祝福し合っているようでした。


不意にまっくろ屋さんの隣で泣き声がしました。


ぐす、ぐす、ぐす…。


ぐす、ぐす、ぐす…。


悪魔が泣いていたのです。


まっくろ屋さんは悪魔の頭を撫でて言いました。


「本当は寂しかったのでしょう?」


悪魔は背を向けて言います。


「俺様だって本当はああやって祝福されながら生まれたかったんだ!けど…お母さんにとって俺様は……!ただの...!ただのコブだったんだ!!望まれて生を受けることはなかった…!生まれて直ぐに底なし沼に捨てられた…体や心は黒く汚れちまった…まっくろ屋さんの言う通り!…俺は寂しかったんだ…!生まれたかったんだよ!!帰りたいよ...!俺の家に......母さんに!!」


悪魔の足元には透き通るような水たまりができていました。


まっくろ屋さんは悪魔の手を取り、まっくろなハンカチで涙を拭ってあげて言いました。


「少し歩きましょうか?」


悪魔は黙ったまま頷きました。


二人はどんどん歩いてゆきました。


悪魔が歩いた道先には涙の雫が落ちて、月夜に照らされる度に青白く光り輝いていました。


暫く歩くと二人は、大きな底なし沼に辿り付きました。


沼の縁にはスズランの花束が添えられていました。


まっくろ屋さんは手を繋いだ悪魔に言いました。


「スズランの花言葉を知っていますか?」


悪魔は首を横に振ります。


まっくろ屋さんはニッコリと笑って言いました。


「スズランの花言葉は(幸福の再来)です。お母さんはあなたにしたことを…きっと悔いたことでしょう。そして生まれ変わって幸せを掴んで欲しいと願っているはずです」


まっくろ屋さんは花束に記された赤ちゃんの名前を見つめました。


悪魔はいつのまにか泣いていました。


ポロポロと落ちた涙が肌に落ちるとまっくろは、剥がれてゆきました。


裂けた口は小さなモノになり、背中には天使の羽が生えていました。


まっくろ屋さんはそれを見守ると、まっくろな手鏡を出して言いました。


「まっくろ屋さん…お、俺様は…もう悪魔じゃないの?」


赤ちゃんとなった悪魔は鏡に映った自分の姿に驚いているようでした。


まっくろ屋さんは赤ちゃんを見つめると胸を張って言いました。


「あなたは最初から可愛らしい赤ちゃんですよ」


赤ちゃんはそれを聞くと、声が枯れるまで泣き続けました。


噴水のように光り輝く涙は沼を真っ白に染め上げ、透き通るような色が鮮やかに月に照らされました。


今まで二人で歩いてきた道に残された涙も同様に、白く光り輝いていました。


まるで白く美しく咲き乱れるスズランのように。


赤ちゃんの頭上にまばゆい光が雲の谷間から溢れていました。


「お迎えが来たようですね?」


「まっくろ屋さん、今度は絶対幸せになる!決めてるんだ、また同じお母さんの所に生まれようって!」


赤ちゃんはまっくろ屋さんの手から離れてフワフワと浮いてゆきます。


そして、手を伸ばしてまっくろ屋さんに言いました。


「まっくろ屋さんも良かったら一緒に来ない?神様に頼むから」


まっくろ屋さんは困った顔で言いました。


「すみません、私はまっくろなのでそちらには行けません。それに、まだこちらの世界で仕事が残っていますから...まだ帰るわけにはいかないのです」


「そう…でも、まっくろ屋さんはまっくろじゃないよ!」


赤ちゃんは悲しげな顔をしましたが、直ぐにニッコリと笑って空の谷間に消えてゆきました。


まっくろ屋さんはしばらく空を見上げていました。


空は白み始め太陽が顔を出そうかという時。


スズランの花束を持った母親が現れました。


白く光り輝く涙の雫に困惑しながら歩いています


まっくろ屋さんはシルクハットを外して母親に一礼しました。


母親も一礼しましたが、顔は曇っています。


まっくろ屋さんは母親に言いました。


「元気な赤ちゃんを生んで幸せにしてあげて下さい。彼もそれを望んでいます」

それを聞いた母親は泣き崩れて、膨らんだお腹をそっと抱いていました。


いつまでも、いつまでも。


それから後、「悪魔の口」と呼ばれた沼の名前は忘れ去られました。


その代わりに「天使の口」と呼ばれる聖域となりました。


沼の淵には咲き乱れるスズラン畑。


誰しもがそこに捨てるモノはほとんどありません。


あるとすれば笑顔だけでした。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まっくろ屋さんと赤ちゃん 絶望&織田 @hayase

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ