第39話/試合

第39話


 土曜日は午前授業なのだが、俺のクラスはオール体育だった。全身筋肉痛の俺が休みたかったのはそれが理由でもあった。


 部活かよ、とツッコみたくてたまらない。逆に平日には体育が一コマもないという意味不明っぷりだ。


(少しは時間割のバランスを考えろ考えてくれ。どこの誰が週一で運動会やりたがるんだよ……)


 文句はまだあった。昨日イケメン樋口から聞いたのだが、この学園ではジャージ登校が禁止されているらしい。どうせすぐ着替えなきゃならないし面倒すぎる。

 全寮制の学園なんだし、許可してくれてもいいだろうに(不満)。


 そんなわけで朝のホームルームが終了。俺は殺気に満ちた大和先生から生き延びることができたところで樋口と教室を出た。体育だから移動だった。


「いやぁビックリしたぞ。お前が遅刻しないどころか俺より早く教室にいたなんてな。嬉しいことでもあったのか?」

「さあな」

「癒美関連か?」

「知らん。ほっといてくれ」


 樋口の質問を避けるように、俺は歩くペースを落として距離を取った。


 ついでにこれは昨日知ったのだが……樋口の名前は、成人の成に成人の人で成人なりとだった。

 大事なことだからもう一度言おう。樋口の名前は、成人の成に成人の人で成人だったのだ!


 あぁ、読者はとっくの昔に知っているのだろう。だが言わせてくれ。今更すぎてツッコミづらくなっているからこそ、俺はそれに―――著者の思惑に抗いたい。


(樋口成人……つまり成人せいじんじゃないか! 嫌がらせかよ! 俺の名前と正反対! こーいう細かすぎる設定、地味にイラっとくる!)


「どうした? 睨んでるのか?……ひょっとして俺、お前を怒らせたのか?」


 黙れ! お前は無罪だが恨まれても仕方ない立場なんだよ! 

 そしてそのイケメン枠、俺に献上しろしてくれ!


「よく分からんが、すまん! できれば理由も教えて欲しい!」


 だから頭下げるのやめろ―――!!


「はあ……! はあ……!」


 俺は息を荒くする。傍から見れば完膚なきまでに危ない人だった。

 特に女子生徒達はすれ違いざまに「ひあっ!?」とか「ひゃう!?」などと生理的嫌悪を思わせるリアクションを惜しげもなく披露してくれた。


「なぁ、憑々谷。俺達って……ダチだよな?」

「そんな事実確認しとく暇あったら、ダチのこと考えて行動してくれ」

「だ、だよな! よし、そんじゃ頑張るぞっ!」


 黙るのに何を頑張るってんだよ!? ああすごい言いたい! 

 でも怒鳴ったら女子に嫌われそうだから我慢するんだ俺……!


(……ふぅ。ようやく着いたか)


 やがて到着したのは癒美と出会った例の更衣室だ。すでに大勢の男子が着替え中で同じクラスではない男子もいる。どうやら合同授業のようだ。


「そういや知ってるか、憑々谷?」

「んあ?」


 ジャージ姿になってロッカーに制服をぶち込むと、樋口が驚愕不可避な発言をしてきた。




「今日の異能力試合は久々にリーグ式でやるみたいだぞ。大和先生から直接聞いたから間違いない」




 …………はい???


「まぁ大会前だしな。トーナメント式じゃなくて良かったじゃないか。すぐに負けてサボってばかりだったお前のためを思ってのことかもしれないぞ」

「待て樋口。お前今、何て言った?」

「? ああ、今日はリーグ式なんだよ。たぶんこれまで通り男女混合でくじ引きしてグループ分けするんじゃないか?」

「違う! その前だ!」

「? 久しぶりにリーグ式で―――」

「異能力試合!」

「ん? それが何だ? ほぼ毎週、体育の授業でやってるだろ?」

「なっ……!?」


 俺は全身が硬直してしまったように棒立ちになった。


(は、初耳だぞ!? 体育の授業が異能力試合だなんて!?)


「どうしたんだ憑々谷? 顔が真っ青だぞ?」

「…………すまん、ちょっと保健室行ってくる……」


 他の男子達とは逆の方向にとぼとぼと歩き出す俺。

 

(……早退だ。もう早退しか考えられない)


 異能力なんて俺にはまだ使えない。そんなで試合に出たらどうなるか。甚だ不審に思われるだろう。本気を出せと対戦相手や観てる生徒がヤジを飛ばしてくるかもしれない。……最悪、乱闘騒ぎになるかもしれない。


(そうだ。彼らに迷惑をかけないためにも、俺は早退するべぐっ……!?)


 ちゃんと前を見ていなかったせいで人とぶつかってしまった。

 むにゅっと。頭頂部に何か柔らかい感触を受けて直後、




「どこに行く気だ? 体育館は反対なのだが?」




「……っ!?」


 俺はハッとして恐る恐る顔を上げた。

 そこにいたのは……大和先生だった。


 しかも俺は先生の胸元に頭を突っ込んでしまったらしい。目の前には豊満な双丘がせり出している。

 だが自分でも驚くほど見ていて興奮しなかった。


「せ、先生……」

「? 何だ」


 俺はどうにか言おうと覚悟を決めた。こんな状況になろうとも今日の授業に参加するわけにはいかないのだ。


「具合悪いんで……保健室行ってくる」

「そうか許可しよう……。とでもわたしが言うと思ったか?」


 先生が邪悪な笑みを浮かべた瞬間、俺はこの人からは絶対に逃げられないと悟った……。

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