第40話/いやある

第40話


 体育館は外国式なのか土足で上がっても問題ないようだった。これには違和感があったものの、いざ体育館に入ってみると床はトピアの別荘と同じように乾いた砂が敷かれてあった。単純に土床体育館というやつだった。




「ではこれよりリーグ戦を開始する。まずは全員くじを引け。グループ分けだ」




 大和先生が指示を出すと、体育委員らしき生徒達が箱を持って回り始めた。


「今回は一グループ七人構成だ。試合の制限時間は五分。勝敗は審判と対戦者が決めろ。だいたい判るだろう。それと審判は負けた生徒がやれ。どこの世界にも敗者に拒否権はない」


 有無を言わさないようなルール説明に、しかし生徒達は皆承諾したようにくじを引いていく。逆らう者は誰もいなかった。


「わたしからは以上だ。その他ルール上の細かいことは体育委員に訊くといい」


 そうして大和先生はパイプ椅子に座ると、手足を組んで生徒達の様子を静観し始めた。


(や、ややややヤバい! これはガチでヤバいぞ!?)


 俺は全身汗だくになりながら、このピンチをどう切り抜けるかにひたすら考えを巡らせていた。だがついに思いつかず、体育委員の女子が俺の番だとばかりに箱を突き出してきた。


「くじ引いてくださーい」

「っ!」

「早くしてくださーい」


 ……これを引いてしまったら最後、リーグ戦に参加しなければならなくなる。

 俺は半ばヤケクソだった。


「お、おい!」

「……はい?」

「こんな薄汚い箱を、潔癖症の俺に触れと!?」

「あー、じゃあわたしが代わりに引きますね?」


 かかった!


「ふ、ふざけるなッ!」


 俺は辺り構わす怒号を放った。


「何だその場当たり的な対応は!? あまつさえ潔癖症を全力スルーしたお前はいったい何様なんだ何様なんですか!?」

「体育委員ですけど……」

「いやそもそも! 潔癖症じゃなくてもこの箱は触りたくないだろう! 見ろ! ウジが潰れたみたいな斑模様しやがって!」

「元々こういうデザインなんですけど……」

「ソースは!? 新品と同じである証拠は!?」

「えーっと……。時間もないので引いちゃいますね?」

「止めろ! 俺が引かなきゃ意味ないだろうが!」

「じゃあ早くしてください」

「断るッ! くじ引くくらいなら授業に参加しない方がマシだ!」

「ああもう。だったら好きにしてください」

「ホントか!? よっしゃああああああああああああああ!!」




「何が『よっしゃあ!!』だ、バカ者ッッ!」




 すかさず大和先生のゲンコツが飛んできた。くそぅ。大声で歓喜してなかったら授業回避できたかもしれないが、ついやってしまった……(失態)。


「憑々谷、ちょっとこっち来い!」

「くっ、離せ! 俺は存在自体が変態だぞ!?」

「偉そうに変なことを口走るんじゃない!」


 大和先生に手首をがっちりと掴まれてしまい、俺は更衣室へと拉致された。

 そうして二人きりとなった途端、先生は教師の顔を解き、




「―――ったく、お前はそんなに他の異能力者と戦いたくないのか?」




 鬼のような形相になって訊ねてきた。


「それはまぁ……。一応、検査で最強の異能力者と判明したしな」


 恐怖に身を縮こませながらも皮肉をこめてそう返す。本来、最強の異能力者という検査結果は俺本人に知らせてはならないものであったはずだ。


「ほう、アイツから聞いたのか。珍しくお喋りじゃないか」

「……っ」


 大和先生には俺がトピアから教えてもらったのだと予想できているらしい。

 俺達が協力関係になっていることも、実はバレているのかもしれない。


「だがそうか、お前自身も最強と知っていたか。ならばお前自身、暴走を恐れていると?」

「まぁ」

「くくっ、嘘だな。ではなぜこの学園に居続ける?」

「……え?」

「暴走を恐れていたなら異能力者と関わるべきではない。最強が事実ならここで学ぶべきものはない」


 た、確かに……。


「もっとも、わたしはお前を最強と見ていないがな?」

「……、だから自信たっぷりに俺を殺すと?」

「そうだ。宣言したのだ」


 大和先生がニヒルに笑った。


「トピアも言ってなかったか? お前はたかだか検査で異能力者最強と判断されたのだ。三十分にも満たない検査だぞ? くくっ、片腹痛い。異能警察も落ちたものだなとわたしは思う」


 俺も同意だ。

 検査程度で最強とか困る。

 だけど―――。


「だったら……俺を殺す必要ってないような?」

「いやある」


 あるんかい。


「最強だろうとなかろうと、お前が危険人物であることには変わりないからだ。わたしは知っているぞ。お前は異常なまでにいくつもの派生能力デリベーションスキルを所持している。すでに四十はくだらないな?」


 よ、よんじゅう!? 


(確かトピアは一つだけでも発現できれば優等生扱いされるとか言ってたぞ!? どうしたらそんなチートみたいな数値が出てくるんだよ!?)


「驚いているな。ふっ、無理もない。お前は隠し通せていたつもりなのだろう? 残念だがわたしには全てお見通しだ」


 自慢げに語る大和先生。

 だが一方で俺はあることを閃いた。


「そうか……。じゃあ、挙げていってみてくれよ」

「……何?」

「俺の派生能力デリベーションスキルだ。もちろんどんな異能力かも答えろ。先生が確認できているその四十個で構わないから」

「こ、断る。なぜわたしがそんなことを―――」

「お? ?」


 俺は恐怖心を必死に堪えつつ口の端を吊り上げた。


「面倒ならその半分にしてあげてもいい。さあ早く挙げていってみろ。ちなみに俺は三個しか覚えがないがな?」


 もちろんこれは著者への嫌がらせだ。さあ著者よ、今から残り十七個の異能力を考えろ! それで丸一日潰してしまえ! ふははははははは!




「………………………………………………………………………ヤダ♪」




「だよなー♪」


 うん、知ってたがとりあえず先生使って答えないでくれないか。キャラ崩壊したぞ今。ぶりっこなアラサーみたいだった。ノーチェンな具合に(白状)。


「……こほん。と、とにかくだ。齢十六かそこらの高校男児が四十もの派生能力デリベーションスキルを所持している時点でお前は非常に脅威なのだ。犯罪を犯す前に殺して然るべきなのだ。これは必要悪なのだ!」

「俺は絶対に犯罪なんてしない!!」

「はっ! 怠惰と欲情を抑えきれないどの口が抜かすんだ!?」


 ……おおう、こいつは一本取られたな。


(そりゃ遅刻とセクハラばっかしてるキャラ設定だもんな、俺の言葉なんて信じられるわけないよな……)


 俺がぐうの音も出ないでいると、大和先生は俺に背を向け、


「保健室に行きたければ行くといい。早退したければ早退するといい。いずれにしろお前の猶予はあと三日だ。死か退学か。さっさと決めておけ」


 と言い残し、颯爽と体育館へと戻っていった。




「―――憑々谷君!」




 俺が息を吐く暇もなく、トピアが現れた。


「すみません、体育の授業をすっかり失念していました」

「……、こっそり聴いてたのか?」

「はい。と言いましても、一限目が始まってからですが」

「そうか」


 今朝のパトロールで忙しかったのだろう。ドンマイとしか言いようがない。

 だがそうなると熾兎の話は知らないのだろう。俺は来週の大会で優勝しなければ退学になるという激ヤバ情報だ。


「自力で解決できたようで何よりです。今日はこのまま早退しましょう。わたしもそうするので、また別荘へ」

「……ああ」


 俺はトピアに頷くが、やはりまだ心は揺らいでいた。




 ―――初戦で負けなければ異能警察が俺を拘束する。

 ―――次の大会で優勝しなければ学園を退学になる。

 ―――三日後までに大会を棄権しなければ大和先生に殺される(棄権はご褒美)。

 ―――大会に出るか出ないか。トピアは俺に判断を任せてくれている。

 ―――俺は大会に出る意志をトピアに伝えてある。




 整理するとこんな現状だ。ハッピーエンドを選び取りたいならもはや一択だ。

 大会を棄権し先生からご褒美を貰って退学。

 現状を鑑みるに、それ以外はバッドエンドだ。


(あぁ、つまり今の俺はバッドエンドに向かって努力を続けようとしているんだ。……正真正銘、無駄な努力を―――)

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