第28話/三日後と四日後
第28話
アリスバンドを返してもらった俺は、寮部屋に戻って昼食を五分で済ませた。
それから真剣に考えた末、大和先生の命令には逆らうべきではないと結論を出した。
「―――来たな憑々谷。ふふっ、よほど妹の介入が堪えたんだな?」
昨日とは打って変わって賑やかな職員室。
大和先生はしたり顔で俺を出迎えてくれた。
「どうした。慈悲を請うなら今の内だぞ? わたしは気が短いからな。ますますお前を虐めたくなる」
「すいませんもうしません許してください妹怖いんですまだ死にたくない彼女欲しい」
「! そ、そこまで追い詰められていたのか。最後のは完全に余計だが」
「……、先生は彼氏欲しくないんですか?」
なぜか彼氏いない前提で質問してしまう俺。
すると大和先生は声量を落として、
「い、いきなり何を言い出すんだ。それはもちろん欲しいに決まっているだろ」
「でも先生、良い男の条件が邪魔するせいで見つからないんでしたよね?」
「そうだ、大切な条件だ。知りたいか?」
「………………。まあ」
話題を逸らしてしまったなー、とは思いつつも先生の機嫌を損ねないために首肯した。
「わたしはな憑々谷……母親に女手一つで育てられたんだ」
「長くなりそうなので撤回してもいいですか」
「やれやれ、お前はせっかちだな。女にモテないぞ?」
幼馴染からの好感度マックスです先生。
自慢ではないが。いや自慢か。
「まぁいい。わたしも時間が惜しいからな。……母親に女手ひとつで育てられた、わたしからの良い男の条件はただ一つ―――」
「それは……?」
「己の人生を、極限の域にまで諦めてしまっていることだ」
「はあ?」
「おい何だその微妙な反応は。ここは賞賛するところだぞ。この条件の素晴らしさが分からないのか?」
大和先生が不機嫌になった。……や、だって先生、完膚無きまでに厨二病じゃないすですかそれ。極限の域って。
「ふふっ。どうやら理解に手こずっているようだな。だが心配は要らない。わたしをよく知りたいお前のために、特別に居残り授業を用意してやる。マンツーマンだ。嬉しいだろ? 嬉しいよな?」
「……………………。聞こえだけならすごい魅力的ですけど、先生も忙しいでしょうし遠慮しておきます」
とにかく聞こえだけは素晴らしすぎる。
美人な先生と二人きりの居残り授業……イケナイ感がハンパじゃない。
(だけどどうせこの誘惑は罠だろう。きっと先生に監視されながら反省文という名の誓約書を何枚も書かされるんだ。ゼンゼン楽しくない)
それに何より放課後はトピアとの特訓がある。フラれたとはいえ好きな子とマンツーマンだ。先生の居残り授業と天秤にかけるまでもない(常考)。
俺が断りを入れると、大和先生はフッと鼻を鳴らし、足を組み直した。
怒っている様子ではないが、俺は終始逃げたい気分だったので、
「じゃあ、俺はこれで失れ―――」
「次の武闘大会に出るんだってな? お前が保健室で寝込んでる時、トピアから聞いたぞ」
「え? まぁその予定ですけど……」
「正気か?」
「……、」
出し抜けなその質問に、俺の舌が動かなくななった。
(な、何だ? 急に先生の視線が鋭くなって……声も押し殺すような低さだぞ……!?)
「なぁ憑々谷。お前は本当に大会に出たいのか? 悪いことは言わん。やめておけ。後悔するだけだ」
「……え、えっと」
お、おかしくないか? どうして大和先生が反対の立場なんだ?
普通は生徒を応援してくれるものじゃないのか……?
「お前が望むなら、大会まで残り一週間、いくらでも居残り授業を受けさせてやる。わたしを好きなように使っていい」
「す、好きなように……!?」
「そうだ。欲望を満たすように、このわたしに何をしてくれてもいい。普段のお前ならこの意味、すぐに分かるよな?」
大和先生がそっと俺の手を握ってくる。柔らかいが冷たい手だった。
思わず俺はゴクリと唾を呑み込んだが……それは決して淫らな理由からじゃあない。
分からない。分かりたくなかった。
―――大和先生の立場を。
「ふふっ……トピアはつくづく考えが甘い。初戦で様子見? それでは何もかも手遅れだ。お前が暴走せず敗退する保証はどこにもないんだぞ。バカも休み休み言って欲しいものだな」
「あ、あんたは……!?」
「異能警察から出向した者だ。トピアと部署は違うがな」
大和先生はすでに教師の顔ではなくなっていた。強いて言うなら……鬼の顔だ。
俺なんかいつでも取って食えると言わんばかりに、俺を静かに威圧していた。
ば、化け物だ……。
今の俺では抵抗する術がないだろう……(畏怖)。
「三日後だ」
「え?」
「三日後までに大会運営に初戦の棄権を伝えろ。キャンセルはできなくても棄権はできるはずだ」
「棄権……」
「それかあるいは……トピアに殺されろ」
「はっ!?」
「一緒に特訓するんだろう? 様子見といっても上の決定次第だからな。上が殺せと命じればアイツは実行しなければならない。お前を特訓に誘ったのは、そうなった時のためだ」
「嘘だろ……」
俺は愕然とした。
トピアが俺を殺すかもしれない、という可能性に。
だが絶対にありえないとは言い切れない話だ。
「けど、そんな重要なこと……。どうして俺に教えてくれるんだ?」
「なぁに、取るに足らない理由だぞ?」
大和先生は―――笑って、
「どうせ四日後、わたしがお前を殺すからな」
ゾクリとした。
俺は腰が抜けてしまいそうになった。
「急な話で困惑しているとは思うがな。落ち着け憑々谷。お前はわたしと居残り授業をすればいいだけなんだ。自分でも言うのも何だが、わたしは恵まれた体をしているぞ。どうだ、わたしとしてみたくはないか?」
もはや本気とも冗談ともつかない先生の言葉だった。
しかしその言葉に俺は否応なく悩まされた。
(それはもちろん……してみたいに決まってるだろ。本音はこんな美女を抱いてみたい。一人の男として嘘は吐けない。トピアや先生に命を狙われずに済むんだったら尚更だ。だけど―――)
「少し……時間をくれ」
俺は、選べなかった。
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