第27話/アリスバンド

第27話


『覚えておきなさい~!』と言われたばかりで覚えておくまでもない内にまた会うのはどうかと思ったのだが―――。


 俺は第二校舎三階、保安委員の休憩室前に立っていた。


 廊下は不気味なほど閑散としていた。第二校舎は部室や特別教室ばかりだからだろう。第一校舎の普通教室で大半の生徒が昼休みを過ごしているわけだ。


(それにしても……本当に奇姫が休憩室ここに?)


 ドア越しとはいえ物音がすれば聴こえるはずだ。しかし中からは何も聴こえてこない。お菓子を食べててその咀嚼音が聴こえてきても不思議ではないのだが……?


 まぁ黙って立っていても仕方ない。

 俺はノックをしてみた。


「……………………反応なし。いないな」


 よし急いで寮部屋に戻ってアボカド弁当に舌鼓を打つとしよう。そうしよう。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」


 来た道を戻ろうとして腕を掴まれる。

 直後、何もない空間から奇姫が姿を現した。……涙ぐんだ様子で。


 すぐ傍に彼女がいたことに、しかし俺は驚かなかった。


「やっぱり尾けてたのか」

「ぐっ……またあたしの不可視顕現インビジブルヴェールを見抜くとは、さすがね憑々谷子童」


 いやだって第二校舎に踏み入れたあたりからが聴こえてたからな。すすり泣きだけが後ろを尾いてくるとか、とんだホラーだった……。


「で? 何か用か?」

「それはこっちの台詞でしょう! どうしてここに来たの?」

「……んん?」


 あれ、もしかしてコイツ、ハンカチ落としたの知らないのか。 ということは透明人間になって俺を尾けてきたのは、道すがらで決めたのか。


「あたしを追い越してどこに向かうのかと思えば、まさかあたしの行き先と一緒だったなんてね」

「……、」

「でもちょっとだけ見直したわ。分かってる。謝罪の意をこめてあたしのアボカド弁当を届けに来たのよね?」

「いつお前のモノになったんだ。違う」


 だがなるほど、透明人間には道すがらでなったのか。きっと泣いてる姿を他人に見られるのが恥ずかしかったのだろう。

 で、俺の方が歩調が速くて奇姫を追い越してしまったと(納得)。


「なら百歩譲ってあんたのアボカド弁当にしといてあげるわ。このあたしに献上しにきたのよね?」

「お前どんだけ食いたいんだよアボカド弁当。ああいい、もうやるよ。落としたハンカチも返す。これで満足だろ」

「えっ、あたしのハンカチ? いつの間に……?」


 目を丸くする奇姫に、俺はコンビニ袋とハンカチを手渡した。


「じゃあ俺はこれで」

「待ちなさい。このハンカチは……洗ってくれたのよね?」

「キレていいか?」

「冗談よ」

 

 奇姫は悪びれた風もなく休憩室のドアを指差すと、


「あたしもあんたに返すモノがあったから、ちょっと寄っていきなさい」

「は? 俺に返すモノ……?」


 俺は眉根を寄せた。何か貸しただろうか。全く覚えがない。


(そうか、これは罠だ! 俺に告白するため、休憩室に連れ込む気だ! 積極的なヒロインだったらその程度、息をするように仕掛けてくる!)


 ……とまあ、ね。トピアにフラれる前の俺だったら自信満々に断定しているのだが、少なくとも今は無理だ。

 著者に弄ばれたせいで絶賛自己嫌悪中なのだ……(反省)。


「何してんの? 早くしないとお昼食べる時間なくなるわよ?」

「……分かった」


 ドアを開けた奇姫を見て、俺はお邪魔することに決めた。彼女の泣き疲れた表情が嘘を吐いている人間のものとは到底思えなかった。


(ま、まぁ……な? 俺も一応は盛りの付いた男だから、他に好きな子がいても、ほんのちょっとだが罠でもいいかなーなんて思っていたり……?)


 ……すまん著者、やっぱり今のはカットでお願いだ(←断る。by著者)。


 保安委員の休憩室はかなり狭い。部屋の中心にオフィスデスクが六台、隙間を作らないように置かれていた。壁にはキャビネットやロッカー、冷蔵庫、電気ポットなどが設けられており、これだけ見ればどこかの小さな会社みたいだった。


「それで? 俺に返すモノって?」

「は?……あんた、自分が身に着けてた装飾品を忘れてるって、どうなのよ?」


 奇姫が呆れながらデスクの引き出しの鍵を開け、「これよこれ」と俺に寄越してきたのは。


「……、え?」


 俺は、これが何なのかを理解するのに数秒を要した。

 しかも数秒を要したと同時に、どうして俺は? と自分を疑わしく思った。


 だってそうだろう。

 俺がこの世界に来れたのは、これを手にしたからこそだ。




「ど、どうしてお前が、を……!?」




「アリスバンド?……あんた、その腕輪にあだ名なんか付けてんの? 気持ち悪いわねぇ」

「あだ名……? これに商品名でもあるのか?」

「というかそれ非売品よ? 知らなかったの?」

「あ、ああ。ネットオークションで買ったんだよ」


 実際は腕時計を買ったのに誤配でこれが届いたわけだが。


「ネットオークションで買った? 本当に?」

「ほ、本当だ」

「怪しいわね。でも本物ならかなりのお宝よそれ。車を買ってお釣りが返ってくるくらいじゃないかしら」

「……そうなのか?」


 俺は耳を疑った。

 車の相場なんてピンキリだろうが、数百万はかたいと思う。


「あ、誤解しないでちょうだい。あたしはその腕輪を何かで見た気がしたから、ちょっと拝借して調べさせてもらっただけよ。一昨日までそれの価値なんて分からなかった。昨日価値が分かっても欲しいと思ってないから、あんたに返すのよ」


 ……だったら欲しいと思ったら返さなかったのか。ツッコまないではおくが。


「ついでにその腕輪のこと教えといてあげるわ。―――これあげる」


 デスクの上、ファイルスタンドから取り出したのは一枚のプリントだった。


「ん……日本異能研究所が異能力発現を支援する装飾品、スキルゲッターを開発中?」

「ネットから引っ張ってきた二十年くらい前の記事よ。そこに載ってる画像、あんたのそれと同じでしょ?」

「……、確かに」


 これは驚いた。寸分違わず同じものだ。

 さすがに偶然の一致ではないだろう。


(じゃあ何だ、アリスバンドの本当の名前はスキルゲッターだったのか。けどおかしいな。俺がゲットしたのはスキルじゃなくてゴッドだったんだが)


「当時は異能力に目覚めない人達から革命が起きるって騒がれてたみたいよ。これが実用化に至ったら誰でも異能力者になれるんだから」


 確かにそれはありがたい話だ。

 大会まであと一週間しかない俺には必須アイテムじゃないか。


 ならば繰り返そう。

 俺がゲットしたのはスキルじゃなくてゴッドだったんだが。


「でも」

「?」

「それから今日まで研究所からの続報は一切ナシよ。つまるところ……スキルゲッターの開発は頓挫してしまったのよ」

「は? 頓挫したって……研究所が認めたのか?」

「認めてはいないわ。ずっと音沙汰ナシ。でも開発発表から二十年も経ってたら、いいかげん誰でも察するでしょ」

「まぁそれほど長い期間が空いたんなら、皆ジョークニュースだったってことで空気読むだろうが……」


 俺は困惑した。

 じゃあこの手にあるものは―――。


「さて。あんたはそれ、どうやって手に入れたんだっけ?」

「……ネットオークション」

「本物だと思う?」

「いや。絶対にありえない。きっと誰かが模倣して作った……偽物だ」


 どうりで奇姫が欲しがらないわけだ。仮にこれが『研究所の試作品』の意味で本物だったとしても、肝心の異能力発現を支援する機能なんてありはしない。やはり無価値に等しい(残念)。


 しかしながらだ。すでに目の当たりにしたように、アリスバンドとしての価値は明らかだ。なんせ神様の世界と繋がっているのだから。


(アリスのためにもこれを手離すわけにはいかない。手離したら必ず後悔する)


 ……にもかかわらずアリスバンドのことをすっかり忘れていたわけだ。まさか記憶力の高さだけが取り柄の俺が忘れていたなんて。信じられないな……(疑問)。


「偽物ならこれ以上読んでも仕方ないな。プリントは返す」

「じゃあ棄てるけどいい?」

「いいぞ。書かれてるのはただの妄想だろ」

「あ、そう。まぁその通りなんだけど」


 奇姫は紙を受け取ると、椅子に座ってアボカド弁当を開封し始めた。

 ……イラッ。


「……、なぁ」

「何よ? あたしに聞きたいことでもあんの?」

「その……。なんだが」


 瞬間、奇姫の顔が真っ赤になった。


「き、きき消えなさい憑々谷子童! あんたなんてあのまま死んじゃえば良かったのよ!」

「は、はあ」

「そしたら噂でだけどこのあたしが学園最強の異能力者になれたんだしッ! それはそれで面白そうだわッ!」

「俺もそれはそれで助かるんだが。大会に出なくて済むし」

「はあ!? ダメよ、武闘大会で優勝する約束でしょ! 風呂覗きがバラされてもいいの!? 間違いなく退学よ!?」


 確かに退学だろう。元々憑々谷子童は変態で有名であるはずだ。

 犯罪を犯していたとバレたら学園も野放しにはできなくなる(確信)。


「とにかく! あの日のことは全部忘れなさいッ! 約束は忘れちゃダメだけど!」

「というか俺に忘れて欲しいのは岩が落ちてきた後だろ? 俺、知らないんだが」

「ならいいじゃない! あたしはトピアに救援を求めただけよ!」

「え? さっきファーストキスだったって叫んで―――」

「あんたもう黙りなさいよぉぉぉぉ!!」


 ……というわけで、俺は部屋を追い出されてしまった。

 俺の死をなかったことにすべく、世界がどのように改変されたのかまでは探れなかった。


 ま、どうせこれも著者の仕業なのだろう。

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