第29話/思う壺

第29話


「よく大和先生の誘惑に打ち勝ちましたね」


 放課後。トピアの別荘にて、俺は勇気を振り絞って今日の出来事を彼女に伝えた。




 ―――友達の樋口曰く、俺は初戦敗退で退学になる可能性が高いこと。

 ―――奇姫から返却されたアリスバンドは、スキルゲッターの偽物であること。

 ―――大和先生が異能警察の人間であると告白し、俺を脅してきたこと。




 俺にとって詰め込まれたような四半日だった。しかしトピアはそれら情報を十分とかからずに理解してくれた。


(やっぱりトピアを尊敬しなくちゃな。俺なんてアリスバンドを一から説明しなければならなくて正直面倒な気持ちだった。一から理解するほうが大変なはずなのに)


 だが真実は一からではなかった。だからこれはちょっとした印象操作と現実逃避だった。……トピアが今日も異能力で盗み聞きしてたなんてこと、信じたくない。

 それも好意でじゃなくて仕事でなのだ(泣)。


「い、いや。先生の誘惑にまだ打ち勝っては……」

「え? 打ち勝ってないんですか? ではわたしに殺されたいのですね?」


 トピアが右手に武器を出現させたので、俺は瞬時に「いや打ち勝った!」と言い直す。すると彼女はあっさりと武器を消してくれた。

 ……本当に殺されるかと思った(大汗)。


「しかし先生の行動には正気を疑ってしまいますね。こんなことになるならわたしの方針を伝えなければよかったです」

「初戦は様子見……だったよな」

「はい。甘いと思われるのは覚悟の上でしたが……」


 トピアは意気消沈としていた。


「お気づきとは思いますけど、先生とわたしは仲が悪いわけではないんです。むしろその逆、部署間のいざこざを気にせず助け合える関係なんです」

「お前と先生は部署が違うんだよな」

「はい。わたしが監視部で、先生が執行部です。監視部のわたしが君を見張り、君に何かあった時は執行部の先生に連絡し、先生が処理する手筈になっています」

「……なるほど、役割分担してるのか」


 トピアは学生で大和先生は教師でもある。

 役割分担もせず単独で俺に対処する方がおかしかったのだ。


「はい。ですがそれぞれ部署の実状は……互いの部署の役割を尊重せず、自分達で全部解決してしまおうと躍起です」

「それは……成績によって予算が増減したりするからか?」

「その通りです。予算や人員、報酬金ボーナスなどの奪い合いですね」


 少女の口から出てくるとは思えない、極めて生々しい単語だった。

 しかしトピアはそのまま平然と、


「部署間で連携が取りづらい場合があるので、上層部は業務の逸脱を咎めません。あえて部署同士で競争させているという噂もあります」

「……へえ」


 だったらトピアが俺を殺すのも業務上問題ないのか。

 好きな子にだけは殺されたくないぞ……(切実)。


「執行部は野生的な人間が多いです。大和先生はまだマシです、脅迫なんて回りくどい手を犯罪予備軍にしたって効果ありませんし。ひたすら殴って従わせる。それが執行部本来のやり口です」

「さ、最低だな! それが警察のやることかよ」

「必要悪なんです。そこは大目に見てください」

「と言われてもな。四日後に俺は先生に殺されるんだぞ?」

「させません。わたしが君を守ります」

「それは頼もしい限りだが……。お前より先生の方が強かったりするんじゃないのか?」

「それは……否定できません」


 トピアは苦しそうに答えた。


「ですがどうか信じてください。執行部でも君を殺すような指示は出していないはずです。きっと大和先生が一人で暴走しているだけなんです」

「だといいんだが……」

「どうしても信じれらないのでしたら大会を棄権していただいて構いません。わたしだって退学で死を回避できるのなら退学を選びます」

「……俺は―――」


 俺はこうなることを予感し、午後の授業からずっと悩んでいた。

 いや。俺は始めから大和先生の脅迫に屈するつもりなんてない。

 そしてトピアを信じているからこそ、彼女に全てを話したのだ。


(ただそれは……。まだ俺に緊張感が足りていないからなのかもしれなくて)


 決して忘れてはいけない。先生もトピアも異能警察の人間であり、異能警察は俺の敵といっても過言ではないのだ。


 そして仮に。トピアに『憑々谷子童を殺せ』と命令が下り、それをトピアが拒否してくれたとしても。命令が下った時点で俺の死は確定。俺は異能警察に殺されてしまうはずだ。


(つまりトピアに頼りすぎるのは問題だ。まして彼女が俺の命運を握っているわけじゃない。俺は俺の判断で行動していくべきなんだ)


 好きな相手でも流されてはいけない。そもそもトピアは著者によって操られている。トピアに賛同するということは、著者に賛同することを意味している。


 それではまた著者の思う壺だ。だから―――。




「いや。俺は大会に出る」




 言った。

 俺はこのままトピアと突き進む道を選択した。

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