第13話/邪なコト

第13話


 俺はラノベ主人公になれたが、俺自身はどこか変わったのだろうか?


 洗面所の鏡に映っていたのは体格普通、フツメン(だと思う)の今までの自分だ。

 顔を洗ってもちょっと澄まし顔になるくらいだった。


「まぁイケメンになっても困るか……。俺じゃなくなるし」


 外見は特に問題ナシだ。逆に驚くほど何も変わってない。


「お次はこの世界について調べてみようか」


 元の部屋に戻ってテレビを点ける。午前十時過ぎ。

 とっくに授業が始まっている時間だ。




『……毎回言ってるけどさ。授業に遅刻するのだけは許さないから』




「あ……」


 しまった、すっかり忘れてた。自称俺の妹にあんなおっかない顔をさせてたんだし、肝心じゃないわけなかったな。


「でも遅刻がアウトってことは休むのはセーフだ! お兄ちゃん分かります!」


 トンチをきかせて即解決。というかこれは異世界転移モノを中心に思ってたことだが―――知らない世界に来て初日から登校する主人公って、かなりのバカなんじゃないだろうか。


(だってそうだろ、どうしていきなり学校に馴染もうと気張ってるんだよ。普通は困惑して学校に行く余裕なんてない。俺なら一週間は休む自信がある!)


 決して俺がヘタレなわけじゃない。これは常識の範疇だ。それで休んでる間は世界のことを徹底して調べ上げる。困惑を少しでも先に解消しとく方がよっぽど学校に馴染んでいくのに苦労しない。


 異論は認めない。学校なんてあっさり行ってらんないんだよ―――ッ!




「―――遅刻か、憑々谷」




「スイマセン」


 三十分後。俺は職員室で深々と頭を下げていた。


(……あはははは。もうな、完全に嫌がらせの度を越えちゃってるよな。あれだけ偉そうに独り語っておいて、とてつもなく恥ずかしすぎる……)


「一応訊くが。遅刻の理由は?」

「著者です。創造主です。俺は操り人形なんです」

「は……? 頭でも打ったのか?」

「そうしといてください……」


 俺は泣き出しそうになるのを必死に堪える。

 ……くっ! こんな無様な俺を笑いたきゃ思う存分笑えばいいさ!


「お前、冗談抜きで大丈夫か? さっき職員室に来た時もどこか挙動不審だったが……」


 俺の顔を訝しげに覗き込んでくる先生は、たぶん俺のクラスの担任なのだろう女性だった。男らしい口調だがその容姿は突き抜けるほどに女らしい。くせ毛のない艶やかな黒髪や白く艶めかしい鎖骨。

 ……ブラウスの僅かな隙間からでもはっきりと分かる豊満で艶のある胸は、一度でいいから顔を埋めてみたいくらい魅力的だ(正直)。


 と、件の胸がいきなり近づいてきた。……はい!?


「うーん、熱はないようだな……」

「ぶっ!?」


 ち、近い! 胸じゃなくて先生の顔が! 額と額をくっつけられてる! 

 何ですかこの素敵サービスは!?


(い、いや! これはサービスじゃなくて仕事だ! 教師として生徒を心配してるだけ! でも、職員室に他の先生がいなくて良かった……!)


 先生だって誰かに見られていたら俺と額をくっつけたりしていないだろう。

 そういうイケナイ関係だと疑う人だって出てくるはずだ。

 だから本当に誰もいなくて良かった!


「……なあ憑々谷」

「は、はい?」

「お前今、しただろ」

「え!? し、してないですよ!?」


 額と額をくっつけたまま先生がジト目を作っていた。

 俺は咄嗟に目を逸らしたが、


「わたしはな、憑々谷。良い男なら恩師でも教え子でも恋をしてしまう性分だ。……しかしだな、その良い男の条件がいつもわたしの邪魔をするんだ」

「じょ、条件ですか。それは大変ですね……?」

「ああ。しかしだからって条件を変えられず三十路になっても未だ独身。……さて憑々谷。わたしが考える良い男の条件が分かるか?」

「え、ええと……!?」


 や、やばい。

 答えは何となく分かるが非常に言い出しづらい!


「ふふ。ヒントが欲しいか?」

「お、お願いします……」


 ところでいつまでこの体勢でいればいいのだろう。美女と顔に息がかかる距離で会話するのはご褒美に見えて実際はすごくキツい。


「ヒントは、愉快痛快そうな今のお前とだ」

「! で、ですよねー。はは……」


 やっぱりそうだよな。真面目な男性がタイプなのだろう。

 先生を志す人って誠実な人柄だろうし……。


「お、分かったのか? じゃあ言ってみろ」

「は、はい。先生が思う良い男の条件は―――」


 先生と額をくっつけたまま、俺はどうにか答えを口にした。




[男根がデカいヒトです]




 …………。

 ……………………。


(そ、そうか! 殿方の男根サイズをチェックできないから独身のままだったのか! そういうオチか! せっかくの大和撫子なのに不憫な人だな……!)


などと頑張って納得してみたものの、


(そんなセクハラ紛いの条件、あってたまるかッ!!)


 さすがにこれはふざけすぎじゃないか、もう一人の俺改め著者!

 俺を女子風呂覗きの犯罪者に仕立て上げた事実も忘れてないからな(粘着)!


「つ、憑々谷ぁ……!」


 うわあ! 真顔で言わされたせいで本気の回答だと思われてしまっている! 

 先生が電流流したみたいにプルプルしていらっしゃる! 

 お、怒るならせめておでこ離してからにしてほしい!


「お前はいつもそうやってわたしを困らせてくれるよなっ! 遅刻然り、破廉恥行為然りっ! お前のせいでわたしが頭を下げた回数でも教えてやろうか!? この半年で五百五十二回だぞ!?」

「……ええ!?」


 そんなバカな、どうして三桁台に!? 単純に一人一日一回なら、毎日三人に頭下げ続けてる計算だ! 多すぎる!


(え、待てよ? 毎日三人……?)


 よくよく考えてみたら、毎日三人って案外多くないような気がしてきた。

 そりゃ元いた世界でなら相当ヤバいが……ここはラノベの世界じゃないか。それこそドタバタ系ラノベ主人公の担任なら、もっと酷い数になっていると思う。


(んー、俺が知ってる担任キャラは気丈に振る舞ってる人ばかりだからな……この先生の気持ちを汲み取るのは難しいかもしれない)


 俺が返事しあぐねていると、


「ところで憑々谷……そろそろ額をくっつけ合うの、止めないか?」

「……、はい?」

「い、いや。自分からしておいてなんだが、その……恥ずかしくなってきた」


 頬を赤らめる先生。……???


(は? 意味が分からない。恥ずかしいなら離れたらいいだけの話じゃないか……―――って、あれ?) 


「う、動けない……?」 

「ど、どうした。いいから早く解いてくれ。これ以上わたしに邪なコトをし続けたいと言うのなら、こちらにも考えがあるぞ」

「えっ。解くって……何を?」

「まだとぼける気か。わたしがお前の熱を測ってる時、お前はその……わ、だろうが。その発効した異能力をさっさと解けと言っている!」

「……」


 ……つまりあれですか。


(一向に先生が離れてくれないのは、そもそも俺が彼女の言う邪なコト―――彼女の体の自由を奪い、俺から離れることができない状態にさせていたからだった……!?)


 ビックリだ。まさか俺自身全く身に覚えのない内に異能力を使っていただなんて。

 うん、じゃあどうして俺も動けないんだろうか。


「おい憑々谷、冗談抜きで急いでくれないか。わたしはこれから授業があるのだ。……あとその前に……うぅ。……と、トイレにも寄りたいしな……」

[……。トイレですか]

「つ、憑々谷?」

[先生。俺、この秘密は墓場まで持っていきますから。約束します]

「! な、何を急に言っているんだ!?」

[我慢しないでください。さあひと思いにお漏らししてください。俺達以外誰もいない今がチャンスですよ]

「そ、そうか。そう、だな。じゃあ……って、いやいや!? わたしにかけた異能力を解けと言っているだろう! それで済む話じゃないか!」

[無理です]


 著者が冷淡な声で告げた。……はい、また操られてます、俺。


[俺が最近手にしたこの派生能力デリベーシヨンスキル―――第三支配サード・ペインは、自分と対象一人の行動力を最小限に抑え込む効果があるんです]

「自分と対象一人……だと!?」

[はい。つまり顔の一部しか動かせないのは俺もですよ。残念でしたね]

「ふ、ふざけるなッ! そんな解除のしようがない異能力、あってたまるかッ!」

[解除方法ならありますよ。俺と先生にはできないだけで]

「わたしとお前にはできないだと……? と、とにかくその方法を教えろ! できなくても何とかするんだ!」


 内股になって小刻みに足を震わせる先生。どうやら生理現象は第三支配サード・ペインという異能力じゃ止まらないようだ。先生大ピンチだ。


[分かりました。解除方法は第三者が俺達の体に触れることです。そうすれば―――]

「何だ簡単じゃないか! おーい! 誰でもいいから職員室に入ってきてくれー!!」


 著者の言葉を待たずに先生が救援の声を上げ始めた。

 しかし―――。




「な、なぜだ!? なぜ誰も来ない……!?」

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