第12話/一年後(?)

第12話


 この世界が俺の元いた世界じゃないことは確実だった。

 新築アパートに引っ越したばかりみたいな必要最低限の物品しか置かれてない部屋だ。俺の大好きなラノベが一冊も見当たらない。

 残念ながら当然、ベッドの下にエロ本なんてものも……ないな!


「! い、妹モノばかりだと……!?」


 俺は紙袋に包まれていた『それ』を発見。見て見ぬフリをしたつもりが、なぜか中身を確認しジャンルを口にせずにはいられなかった。オ、オカシイナー。


(ちなみに妹モノは『好き・普通・嫌い』で言ったら普通だ。好きでもないし嫌いでもない、正常の人間の趣向。ただしこれに『どちらかというと好き・どちらかというと嫌い』が追加されると、俺はどちらかというと好きに該当してしまう)


 だから三択で良いと思うのだ。

 不思議と迷惑な気分だ。すこぶるどうでもいい話だが。


「……ん? 何だこれ?」




『異能力者の義妹と壮絶ビリビリプレイ!』




 下着姿の女性が指を立てて誘っている風情の表紙だった。

 彼女の人差指の先が放電している。小さくもリアルな火花だった。


 電気人間と義妹―――非現実的な要素が魅力を邪魔し合っているのは言うまでもない。俺はそそられないなーと思いつつもページを捲ると、


『かなつ、二十二歳。日本異能学園を卒業した、異能力者です♪』と。大事な義妹設定があるのにもかかわらず、リアルくさい自己紹介とインタビューが載っていた。




 学園での成績は?

 ―――中の下です(笑)。


 どんな子だったの?

 ―――ずっと無口で男子とはろくに喋ったことないです(笑)。


 ならどうしてこの業界に?

 ―――たぶんその反動(笑)。


 異能力が使えて便利なことは?

 ―――ハッキリ言ってないです(笑)。大して自慢できないし(笑)。




 …………それはまるで、と主張するかのようだった。


「ま、まさか……」


 俺はエロ本を閉じる。彼女への興味は失われてしまった。

 目を付けたのは本棚に収まっていた辞書だった。


(あぁ、まさに最近同じのを見たな。俺の記憶力が正しければ……あの時だ)


 ここが俺の元いた世界ではなく、自分にはいないはずの妹が現れて。

 しかもその妹は壁を通り抜けられて。極め付けはこのエロ本の電気人間―――。


(いや、それだけじゃない。さっき妹が着ていた制服。あれにも見覚えが、ある)


 そう、この世界はあの時と同じ―――!

 



『憑々谷子童』




「……………………。不幸だ」


 辞書の裏表紙のところに、比較的綺麗な字で。

 前の前にいた世界の時の俺の名前が、一字一句違わず刻まれていた。


 そう、俺は戻ってきたのだ。癒美に告られかけてビンタをされ。奇姫にビンタをされ大会にエントリーさせられ……殺されたはずの世界に。


「どうしてだよッ!?」


 俺は辞書を床に叩きつけ咆哮する! おかしいだろこんなの! 

 戻るなら元いた現実の世界だろう! 俺はこの世界で確かに死んだんだ!




 ―――いやぁー、僕は一向に構わないんだけどネ。でも世間様が許さないって言うかァ? 何はともあれお前が空気読めば良いだけの話ダ。




「っ! 頭に文章が……!」


 強制的に流れ込んでくる文章という名の痛み。あるいは片頭痛にも似た感覚に、俺は身震いと吐き気がしてならなかった。


 こ、これは、前の世界の……! 

 自称著者の仕業だ……!




[ぐ、ぐわあああぁぁぁぁぁぁあああ……!?]




 もうヤメろ! なぁ、嘘だと言ってくれ! そもそもこんなの俺は望んじゃいない! ラノベの世界に来たかったわけじゃないんだ! アリスが俺の願いを誤解した、ただそれだけのことだ!


 いいや分かってる! 俺の言い間違いも原因だ! そりゃあ『ラノベ主人公になりたい』と言ったらアリスが言葉通りに受け取っても仕方ない! だから彼女に全責任を押し付けることはできない!


 だけど……ガチで小説の中に閉じ込められたって、あんまりだろ……?


「おい」


 うわああああ! 冷静じゃいられないぞこんなの! 誰か助けて!

 このままじゃ……このままじゃ俺は……!


「おいッ」


 ん? 

 ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ……!


「さすがに俺はそんなキモい笑い方しないぞ!?」


 俺の心境を自称著者が晒し間違えているだけだった。

 仕方なく俺自身で訂正する。


「俺は誰かに助けを求めるほど絶望してないし、願いが叶って狂喜してもないからな!?」


 実際は嬉しさも悲しさも半分半分くらいだ。ラノベ主人公になれたのは嬉しくて、ラノベの世界に来てしまったのは悲しい。バランス良く保たれている。


 ―――そうカ。ではまた一年後だネ。


「!? 待て! どうして脈絡なく別れ告げてるんだ!」


 ―――


「は!? なぜこのタイミングで詠むんだ!?」


 しかも全然上手くない。詠んでて恥ずかしくないのだろうか。


「…………」


 ………………。


「………………………………。え?」


 う、嘘だろ? 

 最後に意味もなく一句詠んで消えた、だと……?


「じ、自己中にも程があるぞお前ッ!?」



 ―――ドンドン!!



「えっ……す、すみませんッ! 壁ドンさせてホントすみませんでした……ッ!」


 壁に向かって平謝りする俺。

 ……やはりというべきか、ここは学園の男子寮だったようだ……。


「はぁ。やることだらけだな……」


 これは参った。夏休みの宿題を三日で終わらせようとしている気分だ。経験済みだから完全に一致。焦燥感が尋常じゃない。

 この世界のことも、自称著者のことも、自称妹が俺をタワシと呼んだのも、全部気にならないかと言えば嘘になる。とてもじゃないがスルーできない。


(……しかしだからこそ、かもな。それらモヤモヤがすぐに解消できるとは思えない。こんな朝から慌ててもしょうがない気もする)


 別に命の危険が迫っているわけでもない。


「よし決めた。二度寝をしよう」


 これぞ現実逃避。いや俺はまだここが現実と認めたわけじゃないが、起きてすでにもう疲れた。今なら好きな子にも『自分に構わないでください』と言える自信がある。


 俺はベッドの毛布に包まった。毛布の中はまだ生暖かくて二度寝したくなくても眠ってしまいそうな心地よさだった。


「んー……何か肝心なこと……忘れてるような……。ま……いいか……」






 zzzzzzzzzzzzzz―――。






「………………………………………………………………」


 どれくらい寝たのだろう。俺は目を開けて天井を見た。


 ……違う。いつものくすんだ天井じゃない。部屋の臭いも嗅ぎ慣れたものじゃないし、外からは聴き慣れない男子の笑声が聞こえる。腹の痛みもまだ残っていた。




「そっか。やっぱり夢じゃ……ないんだな」




 溜息混じりに、俺はそう呟いた。

 ああ。いっそ全てを認めてしまおう。この世界はだ。アリスが本物の神様であることも事実だし、自称著者もきっとそうだ。

 彼はこの世界―――ラノベの世界の創造主。本物の著者だったのだ。


「これだけ寝て起きてを繰り返してるんだ。とっくに夢オチのターンが回ってきてないとおかしい話だ……」


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