第14話/特段好きじゃないですから
第14話
先生が必死に助けを求めても人が現れなかった。
廊下に人がいる気配がしないので、当然の結果といえばそうなのだろうが、
「いや……。そもそもこの職員室の状況、妙じゃないか? わたし以外に先生が一人もいないだと……?」
俺も実は薄々気づいていた。
休み時間にもかかわらず、この大和撫子な……大和(仮)先生以外の先生がいないのはおかしいんじゃないかと。
もちろん他にも不自然なところはある。俺に額をくっ付けてしまったアホな彼女や、互いの自由を奪う異能力を使ってしまったアホな俺。
しかもその異能力を解くのに必要なのは、よりにもよって第三者の協力というアホのオンパレード。
(露骨すぎる演出だ……。今日日テレビのドッキリ番組でももっと上手にやれてるのに……)
「うぅ……ダメだっ! もう、出る……ッ!」
大和(仮)先生は羞恥心で顔が真っ赤だった。可愛いすぎる。見ようによっては今から俺とキスしようとしているみたいだ。不謹慎だがドキドキする。こんな愛しい表情をこんな間近でしてくれる異性なんて、俺には一生訪れないだろうと思っていた。
(うぅ……この状況は卑怯だ、誰だって先生とキス体験してみたくなる! けど相手はそれどころじゃないんだ! ど、どうすれば先生は助かる……!?)
「そこまでです」
「ッ!?」
「どうぞ、早くトイレに」
背後にいた何者かに肩を叩かれ、大和(仮)先生が猛ダッシュで職員室を飛び出していく。
「す、すまん! 恩に着る!!」
「気にしないでください、大和先生」
そしてどうやら先生の苗字は大和で合っていたらしい。まぁ偶然ではなく著者の仕業なのだろうが、
「憑々谷君も。平気ですか?」
「あ、あぁ」
俺も腕を触られる。途端に動けるようになった俺は生返事してから数歩下がると、その女子生徒をまじまじと見た。
深海よりも深みがありそうな蒼い髪を、赤薔薇のヘアクリップでツインテールにさせている美少女だった。外国人なのか瞳も蒼で、まるで俺の心を見透かしているかのように鋭い視線だ。
体つきはごく平凡だが、短く履いたスカートから伸びた足は太すぎず細すぎず魅力的。当たり前だがすね毛は生えてない。スリスリしたら気持ちいいに違いない。
「また大和先生に悪戯していたんですね?」
[……出来心だったんだ]
即答する俺―――ではなく著者。
[だが別に悪戯がしたかったわけじゃない。……手にしたばかりの異能力を、ちょっと試してみたくなっただけだ]
「先生となら無断で試しても構わないと?」
[反省はしているつもりだ]
「当然です。先生が本当に粗相したらどうするつもりだったんですか」
[我慢しているとは知らなかったんだ]
「そうですか。ですが許されるわけではありません」
[……………]
「憑々谷君?」
口を固く閉ざした著者。
……どうしてこのタイミングで会話を止めるのかと、俺は著者を恨めしく思った。
「何か言ったらどうなんです? この異能学園が学則でも明記しているように、わたし達の異能力は遊びの道具ではないんですよ?」
……と言われても。俺は使った覚えがないのだ。
「まったく……。先生の声が偶然拾えたので
その発言にムカムカしてくる俺。まぁ悪いのは俺ってことでもいいのだが、コイツの丁寧口調が気に食わない。救急隊員だったご経験がおありなのだろうか。状況把握が迅速だったわけだが。
(っていうか……いくら何でも迅速すぎじゃないか?)
そうだ。どうして大和先生がトイレに行きたいって瞬時に分かったんだろう?
コイツの言う通り、本当に俺と先生の会話を拾ってたからか? 聴覚を強化するような異能力とかで?
(だがおかしいぞ。俺の記憶が正しければ、大和先生は『職員室に来てくれ』としか叫んでない。助けを呼ぶ目的や理由を補足していなかった)
そういう意味じゃ俺が使った異能力……サード・ペインの解除もできないはずだ。
先生自身は解除方法を叫んではいなかったからだ。
……もしかしてだが。コイツの対応が極端に迅速だったのは―――。
「お前も……俺のことが好きなのか?」
「はい?」
「や、だってお前、実際は俺の声を先に拾ってたんだろ。違うか?」
「…………。違いません」
「! やっぱりか!!」
的中だ。コイツは大和先生の声を偶然拾ったからここに来たんじゃない。コイツはあの奇姫と同じで、この俺が好きだったんだ。それでつい盗聴という名のストーカー行為に走ってしまったんだ。
(だから俺と先生の会話内容が分かったし、到着と同時に俺と先生を助けられたんだ! どうだこの推理! 完璧だろう!)
やれやれ、改めて主人公のモテっぷりを思い知らされてしまった。プライバシー侵害も甚だしいが、相手は美少女なので責める気にはなれない。
「やはり気づいていたんですね。そうです、わたしは憑々谷君を中心としたあらゆる音を毎日離れた場所から聴いています。朝から晩まで」
うわぁマジだった。
可愛いけど朝から晩まではさすがにビビる。鳥肌立った。
「……その、まぁ何だ」
俺は困ったような笑みを作ると、
「盗聴を素直に認めてくれたことは嬉しい。嬉しいんだが……それほどお前から好かれてるってなると、逆に俺はお前に恐怖を感じてしまうというか……距離を取りたくなるというか……」
「え? あの、憑々谷君? 先ほどから何か勘違いをされてませんか?」
「……、勘違い?」
「はい。だってわたし、憑々谷君のこと特段好きじゃないですから」
……。
…………。
……………………、ははぁ、これがツンデレか(納得)。
「? なぜ納得したような表情になるのですか?」
「気にしなくていい。むしろちょっと感心した」
恐らくコイツはツンにもデレにも全力投球なのだろう。
とはいえこれほど本心を誤魔化しきれていないヒロインは初めてだ。
ぜひとも他の鈍感主人公に今のやり取りを体験してもらいたいものだ。
この脈ありサインにすら気づけないんだったら、すでに死んでることにも気づけないと思う。
「それはそうと、来週の武闘大会に出場するそうですね?」
「ん?」
「奇姫から聞きました。憑々谷君は初出場ながら優勝を狙っているとのことで」
「あぁ……まあ」
認める俺。学校行事にはろくな思い出がないから、やる気はゼロですが。
というかコイツ、奇姫と知り合いだったんだな。
何たる偶然……なわけないか。
「お前も―――トピアも出るのか?」
「もちろんです。次の大会は一年に一度だけの無差別戦ですから」
また的中だ。
やはりコイツがトピアだったのか。
(けど正直……大会で何度も優勝するほどの強者には見えないな? 厄介だけど強くはないみたいな。せいぜい序盤だけの使い捨てキャラが関の山な気がする)
失礼なことを考えていると、授業のチャイムが鳴った。
「ひとまず職員室を出ましょうか」
「そうだな」
現時点で教室にいない俺達はアウトだ。しかも俺の場合は大和先生に怒られるに決まっている。だったら授業サボって逃げるが勝ちといこう。
「お話の続きがしたいので、屋上で落ち合いましょう」
「お前、授業はいいのか?」
「構いません。それよりも憑々谷君へのお説教が優先です」
「お、お説教?」
「はい。いずれこうなることは分かっていましたが……わたしの正体に気づいておきながら武闘大会にエントリーしたのでは笑えません。元々あまり笑わないわたしですが」
そう言うとトピアは俺から背を向け、
「先に行って待ってますね。
シュン、と。トピアが一瞬で職員室から姿を消し去った。
まるで最初からそこにいなかったように気配もすっかり霧散した。
(……うん、やっぱり異能力者ってすごいな。同じ人間とはとても思えない。まぁそれ見てあまり驚かなくなった俺も充分すごいけど)
「つ、憑々谷ァァァァ!!」
「っ!?」
し、しまった!
もうトイレ済ませて戻ってきた!?
(くそっ! 今から廊下に出たら鉢合わせになってしまう! この職員室から脱出するんだったら……窓からだ!)
「許さん、絶対に許さんぞ憑々谷ァ! わたしがナニのデカさで男を判断するものかァ!!」
「今怒るとこそこですか!?」
「わたしがデカさで男をチェックしているのはなァ、耳たぶくらいなんだからなァ!?」
「しかも福耳狙いとか生々しすぎる!」
そこは無難に身長とか言っとけよ、と思いながら俺は職員室の窓から飛び出した!
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