第7話/創造主

第7話


 俺が最初に受けた感覚は、後頭部に何か柔らかいモノが当たっていることだった。


「ん……?」

「憑々谷くン!!」


 近くで男の声がした。しかしどうせ幻聴だろう。

 俺のことをそんな気持ち悪く呼ぶ男がこの世のどこにいるのか。


(……って、あれ? 少女じゃなかったか……?)


「あァ、よかったァ……!」

「なっ」


 俺は目を開けた途端に硬直してしまう。心底心配そうに上から俺の顔を覗き込んでいたのは、全く見覚えのない男だったからだ。

 女じゃない。男だ。ただし男の声がするというだけで、ソイツの全身は真っ白け。実際の性別は不確かだった。


 しかも驚くべきことに俺は、謎のソイツに膝枕をされていて。


「な、ななななななな……!?」


 俺は目下の状況を理解して飛び起きた。

 な、何だよこれ! 俺の身に一体何があったらこんな状況になるんだ!?


「だ、大丈ブ? ひひッ……」


 謎のソイツが口元を歪めて訊ねてくるが大丈夫じゃない!

 こんなの意味が分からない!



[はい、おかげさまで。死んでしまってすみません。……




(……はっ?)


 なあ俺、どうしてまた勝手に口開いて話を合わせてるんだ?

 それに著者様って何だ? なぜ様付け……?


「いいネ。悪くない呼ばれ方ダ。ひひッ……」


 下卑た笑い方をしながら謎のソイツが立ち上がる。と、俺はその時になってソイツの背景にバカデカい灰色の三日月が浮かんでいることに気づいた。

 そして……この世界がどこまでも深淵のように黒く塗りつぶされていたことにも。


「こ、ここはどこだ!? お前は誰だ!?」


 俺は声を大にして訊ねずにはいられなかった。ここはさっきの世界とは明らかに違う。とにかく不気味で怪しい。それにこの俺が死んだって―――。


「あー、いちいち説明すんのメンドいから地の文に書いておくネ」

「は?」




 ―――俺は刹那の内に理解した。ここはだと。

 俺は本物の神様であるアリスによってこの世界に連れてこられ、晴れてラノベ主人公になることができた。

 そして俺の前にいるのはこの小説の著者である人物。つまりこの世界の創造主だった。ちなみにこの場所が真っ暗なのはアイデアが特に浮かんでこなかったからだそうだ。何という体たらく。




「……は???」




 ―――なるほどよく分かった! 俺が二重人格になったり死んでも生き返ったのは著者の粋な計らいだったんだ! もちろん女子にモテるようになったのもそう! 全ては著者のおかげ! 感謝してもしきれないな!




「ど、どうなってるんだ……?」

「まぁそんなわけでネ。とりあえずお前にはアメとムチを一対九くらいの割合で与えてやっていきたいと考えているヨ。よろしくネ」

「よろしくできないアメの少なさだな! ってか今のは何だ!? !?」

「そりゃネ。だかラ」

「わ、訳が分からない……」


 思わず俺は真っ黒な地面にへたり込んだ。これは……夢なのか? これも夢なんだよな? ずっと夢だから俺は未曾有の体験ばかりしているんだよな……?


「夢夢うるさいなァ。いーかげんにこれが現実だと認めてくださいヨ。じゃないと夢オチエンドだろって決めつけられちゃうじゃン。困るんですよ、営業妨害みたいなことはサ……」

「営業妨害……!? それって結局は夢オチってことなんじゃないか!? ふ、ふざけるな、夢オチだったら今すぐ起きるぞ俺は! 死んででも起きてやる!」

「あー無理無理。お前はこの世界―――小説の中の住人になったんダ。自殺したって元の世界には戻れないし、だいたい、著者の僕がそれを許すと思うのカ?」

「なん、だと!?」


 ビシッと、俺に指を突きつけてきた自称著者の人物。




「確かにお前は異世界転移によってラノベ主人公になっタ。だがお前が好きに主人公役を演じられるわけじゃあなイ。なぜならこの世界は小説の中であって、著者である僕がお前とその仲間達を描いているからダ」




「…………はっ。そんなバカな」


 笑える冗談だ。ここが小説の中だって本気で言ってたのか。

 だったらその証拠が……どこにある?


「証拠は用意できないネ。企業秘密ってやつサ。けど二次元の世界が三次元化されてた方がお前も幸せだロ? 三次元だからできること……たーくさんあるもんナ?」

「い、言われてみればそうだな……。って、大事な話を逸らすなよ!」


 俺は自称著者に激昂した。そりゃまぁずっと三次元で生きてきた俺がリアル二次元の世界に入ったら絶望だ。むしろできないことだらけだろう……(恐怖)。


「ま、そもそも僕、お前に美少女とイチャイチャさせるつもりないけどネ」

「そ、そんなこと俺は考えてない! けど死ね! お前なんか本物の創造主だったとしても死ね!」

「し、死ねだっテ……?」


 自称著者が不服そうに目を細めた。


「お前、これだけ言ってもまだ自分の立場が分かってないのかイ? つまり今のお前はね、僕の手の平の上なんだヨ。僕の手にかかればお前に生き地獄を味わわせることだって簡単ダ。……何だったら男子校に行ク? 男子校で掘られてみちゃウ?」

「ぜ、全力でお断りだッ……!!」


 コイツ最低だ! そんなやりたい放題が許されるはずがない! 

 悪趣味すぎる!


「さて、そろそろ立てヨ。いつまで座り込んでいるつもりダ?」

「……、」


 俺は警戒しながら立ち上がる。とそこで、右腕に装着したままだったアリスバンドが目に入った。やはりまだ外殻に覆われている。


「そうだナ。まずは神様をこちらの側に出られるようにしてやろウ」

「んなっ?」


 自称著者がそう言った途端、外殻が開いて中からアリスが飛び出してきた。

 しかもなぜなのか、彼女はセーラー服を身に纏っていた。


「やあやあ! ひっさしっぶりぶりぶりぶりぃーッ!」

「な、何だよそのセーラー服は? そして一応女なんだしぶりぶり連呼するなよ。神様もう〇こするのか?」

「するよー!」


 らしいです。ちょっぴりショックだ。


「で、どうしてそんな格好なんだ?」

「さあ?」

「さあって……。知らない内に着てたとでも?」

「うん! でも結構似合ってるからいいっしょ!? いいっしょ!?」




 ―――満足そうにくるっと一周してみせたアリス。うん……いや、全身レインボーだから似合う以前の問題だ。むしろ似合うかで言えば全裸の方が良かったように思う……!




「えーヒドぉーい! 結局男って女のカラダしか興味ないんだぁ!?」

「お、おお俺じゃない! 今のはそこの自称著者の仕業だッ!!」

「ふえ?」


 顎で自称著者を指し示すと、アリスはきょとんとした顔つきになった。


「……ねぇ、あのヒト、すごくおかしくない? 存在感っていうのかなぁ、上手く説明できないけど、そんな感じのものがさ?」

「存在感? そうか? 俺はお前の方があると思うけどな」

「えっ、そう? あははー、褒めても何も出ないんだゾ♪」


 アリスが上機嫌そうに俺の鼻をちょんちょん突いてくる。

 こ、このスキンシップはなかなか……よい! 別に褒めたつもりないが!




「ウヒョヒョヒョヒョ! どーも、お初です本物の神様。プレゼントのセーラー服はお気に召しましたでしょーカ?」




 ―――そんな折、自称著者が俺達のささやかな戯れを打ち砕いてきた。


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