第8話/本気の戦い

第8話


 アリスが目を輝かせて自称著者に振り返っていた。


「ほ、本物の神様!? キミはあたしを本物と認めてくれるの!? 初対面なのに!?」

「はいもちろン。本物には分かるんですヨ。本物と偽物の違いがネ」

「ううう……! 姿はアレだけどキミと最初に出会いたかったなぁ! セーラー服もありがとね! 大事にするよっ!」

「はい、是非ともそうしてくださいネ。神様」


 ……悪かったな。最初に出会ったのがこの俺で。自称著者の言葉を借りるとすれば俺は本物じゃないから本物と偽物の違いなんて分からないんだよ(適当)。


(ってか、自称著者は自分の何を指して本物って言ってるんだ? まさかこの小説の著者ってことを指して? いやいや、もうツッコミどころしかないだろ……)


「ところで神様は……バトルやケンカがお得意デ?」

「ふふん! 得意に決まってんじゃん! そんなのはね、朝飯前のバナナだよー!」


 ……バナナは朝飯に含まれないのか。

 それはさておき、自称著者が嬉しそうに口元をニヤつかせている。


「では神様。僕と本気の戦い、してくださイ」

「いいよー!」


 どうしてそんな突飛な展開になるのか。俺は呆れ返ってしまった。


「あのな、お前ら少し空気読めよ。今そんなこと始められる状況か?」

「ルールは特に決めませン。何でもアリでいきましョ」

「何でもアリかー! うっしゃ、熱い戦いになりそうじゃん!」


 はぁ。もう知らない。

 一般人の俺を巻き込まないでくれれば、それでいいことにしよう……。




「じゃー先手必勝! 砂漠化!」




 そう声を張り上げ、アリスが挙手した。すると次の瞬間、闇に埋め尽くされた世界が、オセロを一斉に裏返したかのごとく真昼間の砂漠と化した!


「っておいっ!? 俺の思考、読んでくれてないのかっ!?」


 燦々と照りつける太陽。風はなくどこまでも砂の地平線が続いている。

 あ、暑い! とにかく暑すぎる! 血液が沸騰してしまいそうだ!


「ふふん! 熱い戦いのためには、これも必要悪なのだよー!」

「おう、必要悪の用法をお前が理解しているのかはさておき! 早くさっきの世界に戻せよ! 暑すぎて死ねるだろ!」

「いやだ。あたしは暑さ感じてないしぃー?」


 涼しい顔で拒否するアリス。……いや何でだよ!? 熱い戦いがしたくてこの砂漠ステージを用意したくせに自分は暑さ無効とか無意味じゃないか! 

 

 それに、暑いから熱くなれるとは限らない! 

 見ろよ、対戦相手をっ! 


「あ、暑イ……。水、水ぅぅゥ……!」


 ふらふらと体を揺らして立っている自称著者。この暑さのせいで戦闘意欲が根こそぎ奪われてしまった風情だ。目の焦点も定まっていなかった。


 アリスが眼鏡のブリッジをくいっと押し上げるような仕草をした。


「おっとぉ! またしても戦わずして勝ってしまったか! 南無三ッ!」

「な、南無三って……。やめろよそのちゃちな台詞。聞いてるこっちが恥ずかしくなる……」




 ―――あとな、『またしても』とか勝手に軽々しく口にするなよ。伏線と断定されて『いつ回収するんだ』『忘れてるのか』『スルーのまま完結しないよな』なんて騒がれて、やむを得ず後付け処理しないとならなくなるだろ。

 それに著者は負けてはいない。まだまだ勝つ気満々だぜ……!




「……っ!?」

「ん? どったのキミ?」

「け、決着はまだ、ついてないみたいだぞ……!」


 俺は額の汗を拭いながら告げる。対してアリスは肩を竦めた。


「ま、だろうね。暑さ程度で負けるヘタレだったら勝負挑んでこないし」

「……、ですネー」


 自称著者が―――アリスを視た。


「いやぁー、世界を丸ごと変えられてしまうとはショックですネ。やはりあなたの存在は無視できませんね、僕にとって唯一無二の脅威でス」

「そりゃどーも。でもあんまり嬉しくないかな」

「お気づきデ?」

「まーね」


 相変わらず軽口な態度とは裏腹、アリスの表情は見るからに硬かった。

 ……まさかとは思う。




「ひひッ……。神様には何でもお見通しなわけですカ。であればこのチカラ、出し惜しみする必要もないのでしょウ!」




 自称著者が言葉で勢い込んで、直後―――。


「んなっ!?」


 世界が再び変わった。俺は茫然としてしまう。なぜならそこは、ほとんどの人間が一生で一度も行けないだろう、宇宙空間だったからだ……!


 星々の数えきれないほどの輝きは神秘的で感動モノだ。しかしせっかくの感動を台無しにしているのが恐怖心だった。生身のまま宇宙に放り出されている状況を恐くないはずがなかった。


(でも涼しいな。さっきまでの暑さが嘘みたいだ)


 宇宙空間にもかかわらず息もできている。居心地という点ではアリスの砂漠よりも遥かにマシだった。


「ひひッ、どうです神様? 最終決戦にピッタリな場所と思いませんカ?」


 寝転んだ姿勢で宇宙空間を泳いでいる自称著者。

 アリスはそんな自由気ままな彼を睨み付けると、


「はああ? さいしゅ~う、けっせぇ~ん?」

「おヤ? なにかご不満でモ?」


 ……そうだアリス、遠慮せずに言ってやればいい。これのどこが最終決戦なんだって。所詮は歴史の一ページどころか一行にもならない出来事なのに、どうしてクライマックス感出そうとしてるんだよ、と!


「ふふん! 最終決戦なんて生ぬるい! これは宇宙の存亡を賭けた、神と人間の熱き死闘だッ……!!」

「は!? デカくしやがった!?」

「宇宙侵略に邁進する人類に激怒した神々は! 人類に神罰を与えんとし! だが人類は神の域に達した科学力で神々を撃退していく! そして今宵、それぞれの最後の生き残りが、この長き戦いに終止符を打つ……!!」


 という設定なのか! いやそれ完全に消化試合じゃないか!


(人類と神々、どっちも絶滅エンドだろ! どうしてまだ戦意あるんだコイツら? 互いに味方ゼロなのに『仲間の仇じゃあ!』ってテンション上がるか? ありえないだろ!)

 

 俺なら人類最後の生き残りって理由だけで自害する(常考)!!


「憑々谷君がイライラしてますねェ……。ではそろそろ全力でやらせていただきましょうかネ! 人間が神様を打ち負かす貴重な一戦を、とくとご覧くださイ!」


 瞬間、寝そべったままだった自称著者の姿が―――消失した。


「……。消えた……?」

「ううん。それだけじゃないね」


 アリスの窄まった瞳は、なぜか警戒の色を帯びていた。


「あの人の……気配そのものがなくなってる。もうこの世界にはいないよ」

「え? それってつまり……アイツが逃げたってことか?」

「ん、そうとも言うね」

「……、へー……」


 としか言いようがない。俺は別にアリスと自称著者の戦いを観たかったわけじゃないんだ。喜怒哀楽のどれも感じてはいない。


 だがそれでも逃げたアイツに一言送りつけてやるとすれば『お前何がしたかったの?』だ。言動の不一致選手権なんてものがあったなら運営側から参加拒否されるレベルで強すぎる。


(まぁいい。敵前逃亡したアイツのことは忘れよう)


 そうだ。忘れてしまって早くこの夢から脱却するのだ。とりあえず体を殴っていけば目覚められるかもしれない。


「違うよ。キミは『逃げた』の意味を誤解してる」

「え?」


 痛めつける部位の順番を考え始めたその矢先。

 アリスが低い声音でそう言った。


「あの人がこの世界から逃げたのは、宣言通り、全力で戦うつもりだからだよ」

「え? いや、お前の前から消えたんだぞ? 全力もへったくれもないだろ?」


 俺はアリスに正論をぶつけた気でいた。

 しかし彼女はすぐさま首を横に振ると、


「あたしには分かんの。あの人の存在が消えたと同時に、もっとありえないような存在が、ここに近づいてきてるってことを!」

「な、ん―――!?」


 突如俺が驚きに声を詰まらせたのは、アリスの言葉を信用したからではなく。

 ゴゴゴ、と滝から水が落下するのに似た轟音と共に、この宇宙空間全体が目視できるほど激しく振動し始めたからだ……!




「―――さあ、くるよ。召喚者自身も同じ場所にいたら危険が及びかねないほどの……バケモノが」

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