第5話/夢……?

第5話


 膝枕ならぬ本枕にガッカリして四十分くらいが経っただろうか。

 ……うん、まだ癒美の件を引き摺っているんだが、それはさておき。


 俺と奇姫は男子寮を目指して歩いていた。

 それで色々とあった。……大変だった。


 再土下座の後のことだ。奇姫から「早速大会にエントリーよ!」と言われ、俺は半ば連行されるような形で屋外に出ると、そこは見覚えのない学校の敷地だった。

 暮れなずむ空の下で右も左も分からないまま校舎昇降口に連れ込まれ、そこでまず『自分の下駄箱の場所を知らない』というピンチを迎えた。


「し、しまった!」

「は? 何?」

「俺としたことが内履き洗ったんだった!……しょうがない、来客用のスリッパ使うか」

「……、いつ洗ったのよ……?」


 自分の下駄箱を調べるのは不可能だ。奇姫が知っているとも思えない。

 というか彼女に尋ねるのはあきらか不自然だ。


「し、しまった!」

「今度は何よ!?」


 職員室前の廊下に設置された端末機。その近代的な機械で大会のエントリーをするらしいのだが、起動させて真っ先に『学籍番号の入力』を求められたのだ。

 し、知ってるわけないだろっ(大汗)!


「じ、実は俺……。今一週間の停学食らってて学籍番号が使えないんだった……」

「なわけあるかっ! ええい、往生際が悪いわよ憑々谷子童! 入力しなさい!」

「くそっ、もうダメか!」


 俺は自棄になって自分の高校の学籍番号を入力。するとあら不思議、正常に次の画面に移った。『ようこそ憑々谷子童つきがやしどうさん』とモニタの上部に表示されていた。


「な、なるほど。これも都合良く設定だったか……って、名前……!」


 憑々谷はまだ良しとしても、子童はアウトだろ。

 嫌がらせ目的でこの漢字にしたとしか思えないぞ。神様め……。


「指紋認証もクリアっと。……これでいいんだよな?」

「おーっほっほっほ! もちろんバッチリよ♪」


 俺はニッコリ満面な奇姫にドキッとしながらも、無事手続きを完了させた。

 だがその直後、彼女は俺に背を向けて歩き出した。


「それじゃ、あたしは他にやることあるから。ここでお別れね!」

「し、しまった!」

「よーし! 晩御飯はたらこパスタにしーよおっとぉ!」


 あ、コイツ無視した! 

 もう用済みって感じに決め込もうとしてる! 


「ま、待ってくれ! 頼む!」

「……………………。まだ何かあんの?」


 奇姫を引き留めることに成功するが、彼女の顔が怖かった。

 汚物を見るような目ってこういう目なんですね。絶句。だが言わなければ!


「お、俺、これでも体調があまり良くなくてだな……? だからその、面倒だとは思うんだが、俺の部屋まで付き添ってはくれないか……?」

「はあ? あのね、男子寮に女子が入れるわけないじゃないの」

「なら男子寮の前まででいい! お、お願いできないか?」


 やばい、見かけだけなら異性を誘ってる。恥ずかしい。

 俺は男子寮がどこにあるか知りたいだけなのに。


「わ、分かったわよ。そんなに真顔で迫られちゃ断るに断れないわね……」


 俺の必死さが伝わったのか、奇姫が明後日の方向を見つつ呟いた。



 ―――かくして俺は、奇姫と男子寮を目指して現に至っている。

 無論、同年代の異性と肩を並べて歩くなんて初めてだった。他の生徒達とすれ違う度にカップルに見えてるんじゃないかってドキドキしてしまう。あぁ、俺は今、とても幸せです(感涙)。


(……それにしても、ずいぶん男子寮が遠いな……?)


 もう十分以上は歩いている。どれだけ敷地が広いんだ。

 とてもじゃないがただの高校とは思えない。


「さっきから思ってたんだけどさ。あんた、あちこち余所見しすぎじゃない?」

「! そ、そうか?」


 奇姫が不満そうに俺を睨んできた。

 うーん? 感づかれないように自重してたつもりなのだが……。


 苦笑して流そうとする俺に対し、しかし奇姫は言い継いだ。


みたいな印象を受けるわ。だからそういうの、もう入学から半年は経ってるんだし止めたら? 見てて嘆かわしいわ」

「す、すまん」

「……現在地や行きたい施設を知りたい時は、学園マップのアプリを使えって入学式の日に説明されたでしょ? スマホに登録しなかった?」

「いや……したと思う。……した」


 当然ながら入学式の日の記憶なんてあるはずがない。だが『してる・してない』の二択しかないので、俺はやむを得ず『してる』を選んだ。


 というか今スマホ持ってるかどうかなんて意識してなかった。俺は鞄に入れとく派だから『今鞄持ってない=今スマホ持ってない』みたいな等式ができあがってた。


(……うん、リアルでほとんど使ってないから鞄派なんだよ。泣けるね)


 と、不意に奇姫が立ち止まった。


「? どうしたんだ? まだ到着じゃないだろ?」


 俺は首を捻って訊ねる。と同時、いつの間にか周囲に人気がなくなっていることに気づいた。


(んん? ここって森の入口……だよな。もしかしてこの先に男子寮があるのか?)


「……、えっ?」


 奇姫に俺の思考を読まれた……? どういうことだ?

 もしかしてこれも夢の中の設定だったりするのか……?


「あのね、男子寮はこっちじゃないし、学園マップのアプリはあたしがテキトーに作った嘘よ。あるわけないじゃない憑々谷子童。……ううん、?」


 奇姫は俺と向き合いニタニタと笑い始めている。……な、何だこれ。

 これはどういう展開だ? 急すぎて全くついていけない。


「まぁそれでも指紋認証はクリアできてたし? あんたが本物の憑々谷子童である可能性は残ってるわ」

「……、」

「だから当初は透明化して尾行しようとしてたんだけど、さっき必死に呼び止められてしまったしね? 今更、そんな慎重になっても仕方ないって考え直したのよ」

「……、」

「だってそうじゃない? あんた、本物と違ってメチャクチャ弱そうだもの」

「……、えっと」


 すまん、誰か要約してくれないか(汗)。

 奇姫の言葉が耳に入ってこないんだ。えっと、日本語なのは間違いないよな? 偶然日本語っぽく聴こえてるわけじゃないよな……?




「だから―――確かめさせて。あんたが憑々谷子童だってんなら、ましてや学園最強だってんなら、くらい造作もなくいなせるはずよッ!」




 奇姫が右腕を真横に伸ばし、何かの合図のように指を鳴らす。すると次の瞬間、彼女のすぐ脇に鎮座していた巨大な岩石が、天高く浮かび上がった!


「ふあっ!? な、ななななななな、何だよそれ!?」


 俺は宙に浮かぶ岩石に目を固定したまま後ずさった。

 こ、これ、絶対に逃げた方がいいやつだよな? に、逃げるべきだよな? 

 に、にににに、逃げるぞっ!


「―――ふふ! させると思う?」


 再び指で鳴らす不吉な音。今度は俺の前に火柱が立ち上がった!

 業火のカーテンが視界を埋め尽くす!

 あっぢぃ! 完全に取り囲まれてる! これじゃ逃げられない!


「おーっほっほっほ! さぁ、どうするの!? 大人しく捕まった方が身のためだと思うけど!?」

「……っ! ゆ、夢だ……。これは夢なんだ……!」


 奇姫の言葉を聞き流し、俺は小動物のように怯え始める。

 だがそう、これはただの夢なんだ。俺の頭上にじわじわと移動してくるあの岩石も、俺の吸える空気を着実に減らしているこの火柱も、現実から切り離された代物。

 ありえない現象だし怖がる必要なんてなにもないんだ!

 この世界は、どこまでいっても夢でしかないんだ!


(だけど……本当にこれは夢なのか―――?)


 目が覚めたらこの世界だったんだぞ? じゃあここが現実の世界じゃないのか? 

 二人の美少女にビンタされたけど普通に痛かったぞ? 痛かったら目が覚めるものじゃないのか?


 痛いんだったらあの岩石に押し潰されたら、どうなる? 

 この火柱のせいで酸欠になったら、どうなる? 


(俺は……死ぬんじゃないのか―――!?)




「……やれやれ。ようやく現実逃避から脱却してくれたみたいだねー?」


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