第4話/低俗なもの

第4話


 言った! 代わりに言いやがった!

 何してくれてるんだもう一人の俺ぇ!?


「ちょ、超大当たりって……おーっほっほっほ! あ、当たり前じゃないのっ! 下着姿見られたのにあんたを匿ってあげたのよ? 恩人にはそれくらい言って当然っ!……うぅ」


 うわー、思いっきり照れてるぞ。やっぱり彼女も俺のことが好きなのだろう。

 俺と癒美の様子をこっそり覗いてたくらいだし、どうしても俺のことが気になってたんだろう。

 ……よし、次はそのあたりを追及してみるか。


「で? どうしてお前は覗いてたんだよ?」

「はあ? それはこっちの台詞でしょう! どうして女子寮の大浴場なんて覗こうとしたのよ!」

「あ、もう過去の話じゃなくてだな……って、大浴場!?」


 マジかよ! 俺最低じゃないか!

 女子寮に侵入して風呂場覗くとか、さすがに夢の中の設定でも胸クソ悪い!


「…………へぇ? その反応から察するに、まだとぼける気でいたわね?」

「す、すみませんでした……」


 俺は手をポキポキ鳴らす奇姫に土下座する。

 人生初土下座だけど、ちゃんとできてると思います……(泣)。


「おーっほっほっほ! 実に好い見晴らしね! 学園最強の異能力者と噂されるあの憑々谷子童がまさかの土下座とはね!」


 土下座する俺に奇姫はすこぶる上機嫌だった。声だけで恍惚の境地であるとはっきり分かった。


「もうたまんない、今ならあんたのこと何でも許せちゃいそうよッ!!」


 しかしもう一人の俺は……彼女が何でも許せるとまで言ったにもかかわらず、酷く落ち込んでいた。




[俺は……最強の異能力者なんかじゃない……]




(……、最強の……異能力者?)


 ラノベとは切っても切れない単語だが……。どういうことなのだろう?

 否定的なところからして、あまり触れていい内容ではなさそうだが……。


 奇姫には聞こえていなかったらしく、彼女は快活に手を叩くと、


「よし!  決めたわ! 決まりよ!」


 何やら愉しそうな声調だった。俺は恐る恐る顔を上げてみる。

 するとそこには口端を吊り上げた彼女が仁王立ちしていて。


「あんた、来週末の武闘大会で優勝しなさい! 自分が学園最強だと学園中に知らしめるのよ!」

[っ!? ま、待ってくれ! それは無理だ、俺にはできない……!]


 急に立ち上がる俺。もちろん俺の意志とは無関係だった。

 身体中から冷や汗が噴き始めている。


「……はあん? とりあえず、できないってのは優勝が?」

[そ、そうだ]

「嘘ね。トピアから聞いてるんだから。憑々谷子童はまだ隠している、ってね?」

[くっ!?]

「武闘大会の優勝経験も多いあの子が、あなたと本気で戦ってそのように評したのよ? なら、あなたが何を隠しているのか、それって分かり切ったことじゃないの」

「……」

「つまりあんたが隠してるのは……本当の実力でしょ!」


 奇姫は完全に言い負かしてやったとばかりに鼻を鳴らしていた。

 もう一人の俺は沈黙している。何も言い返せなくて戸惑っている感覚だった。


(うーん、何も事情を知らないが……奇姫が気に食わないな)


 俺には奇姫の偉そうな態度が気に食わなかった。

 こちらが下手に出ればいい気になるあたり、性格が悪すぎる。

 これじゃもう一人の俺が可哀想だ。


 だから少し、横槍を入れたくなってきた。

 ただしあくまでも穏便に、平和的にだ。


「―――違う。間違ってるぞ」


 俺は再びダメ元で言ってみる。

 そしてまた言えてしまった。


「……はあ? 間違ってる? このあたしが?」

「そうだ。俺が隠しているのは本当の実力なんかじゃない。完全にお前の思い込み違いだ。残念だったな、この美少女め」

「何ですって!?」

「この美少女め」

「何ですってぇ!?」

「じ、事実だろ、この美少女め」

「だから何ですってぇ!?」

「この美しょ、」

「だから何ですってぇぇぇ!?」


 ……あれ? 美少女って何度も言ってあげてるのに全然キレてらっしゃるのだが。

 イライラしてるオバサンをお姉さんと呼んだら機嫌が良くなるみたいな緩和効果、あると思ったのに。


(も、もしかして、本人に美少女の自覚があるからスルーされてるのか! こんなにナルシなやつ、見たことないぞ……!?)


「と、とにかくだ! お前は誤解している! この俺を過大評価しているんだ! 俺が隠してるのは本当の実力じゃなくて……! も、もっと、低俗なものでだな!?」


 や、やばい! さすがに出たとこ勝負すぎた! 

 すごく低俗で、俺みたいな男子が隠してるものなんて、これしか思いつかないじゃないか!


「そ、それはっ! え、エ〇ほ、」

「は?」

「…………。やっぱり何でもないです」


 我ながら頭おかしかったので緊急停止したものの、奇姫の歪んだご尊顔からして時すでに遅しだった。


 ―――バシッ! 

 本日二度目の雷が左頬に走った!


「……ねぇ、憑々谷子童くん? そんなキモいこと言いかけて、あたしが信じるとでも?」

「すみません」

「この変態野郎!」

「はいご褒美です。ありがとうございます」


 なぜ俺は感謝したのだろう。

 でも悪くない気分だ。開き直ってる感はあるけど(泣)。


「ふ、ふふふ! さすがにここまであたしやトピアを愚弄しといて、さっきの話を断るなんて真似、しないわよねぇ?」

「え、えーっと、そもそも俺はリズムに合わせた運動が大の苦手ででしてね、」

「学園中にバラすわよ? あんたが大浴場覗こうとしたってこと」

「すみません出ます。舞踏大会じゃなくて戦う方の武闘大会なんですよね?……すごく出たい、です」


 俺は再度土下座して奇姫に懇願するのだった……。

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