第3話/超大当たり
第3話
フラれた。なぜかフラれた……。
俺はこの悲劇に納得がいかず、しばらくベンチに座り込んでいた。
(だってそうだろ、癒美は俺のことが好きだったんだ。それなのに当の俺は……彼女が彼氏持ちだと勘違いしてたんだ……)
天国から地獄に突き落とされたような気分だ。
逃がした獲物がデカすぎて、失恋自殺が過ぎってしまいそうだ。
「ふー……。やっぱり人生はそう甘くないってことか」
だがそれでも俺は少しずつ元気を取り戻してきていた。
俺の名前が違うこと、俺が俺じゃなくなる時があること、美少女にフラれたこと……―――それらが現実だったら狂うかもしれないが。
だけどこれは現実じゃない。
独りきりになってようやく思い出せた。
「これはただの夢だ」
そう。リア充に憧れて『ラノベ主人公のようになりたい』と言うはずが『ラノベの主人公になりたい』と言い間違えてしまったのだ。そんな俺に、自称神様のアリスが叶えてくれた結果が、この夢だ。
だからあれもこれも現実的じゃない方向にひん曲がっている。
俺にとって都合の良いことも悪いことも起きるわけだ。
「大事な願いを言い間違えたのは俺だ。こんな夢になったのは俺に責任があるんだろう。だが、それでも―――」
俺は装着されたままだったアリスバンドをジーッと凝視する。
ブドウグミ改め神様の世界へ通ずるゲートは、キッチンボウルみたいな外殻に覆われている。アリスはきっとこの中だろう。
「―――おいニセ神アリス! 聞こえてるか! これが現実じゃないにしたってよ、肝心の設定が雑すぎるだろうッ!!」
俺はアリスバンドに吠えかかった。俺はとにかくもっとリアルに忠実であってほしかった。ラノベっぽい設定とか望んでいなかったのだ。
まさか二重人格が俺得だと思ったのだろうか?
「正直……異性にモテてモテてモテまくるっていう、ラノベ主人公特有の属性さえ手に入れば満足だったのにな」
「キモっ」
「……………………。えっ?」
な、何だ?
今どこからか『キモっ』って声が聞こえたぞ……?
[―――
と、もう一人の俺が勝手に口を動かし、顔を左に向けた。
すると直後、声が聞こえてきた方角から鋭利な舌打ちが飛んできた。
「ちっ、さすがね
[いや、お前の声がダダ漏れだったからだ]
冷静に応じるもう一人の俺。
だが本物の俺は驚いていた。
(は!? 何もない場所から美少女が現れた……!?)
「くくっ、しかし好いザマね、憑々谷子童? 異性からビンタされたのはこれが初めてだったのかしら!?」
モデルのように腰に手を当てて近づいてくる美少女。彼女はきっと意識高い系の子だった。燃えるような紅髪と、勝ち気な瞳と、大きく張られた胸がそれを物語っていた。……うん、デカいな。癒美より胸デカい(ちゃんと見てました)。
「黙ってないで質問に答えなさいよ、憑々谷子童?」
[……ああ、初めてのビンタだったよ]
「おーっほっほ! 好い気味ね! 今夜はぐっすり眠れそう!」
[そうか、それは良かった。まぁお前も傷ついていたよな。俺があの時―――]
「? あの時?」
[ああ。あの時、お前の下着姿を見てしまったばっかりに……]
「したっ!? ちょ、ちょっとあんた! だいぶ前の話を急に取り上げないでくんない!? ぜ、前言撤回、おかげで今夜は眠れなくなりそうだわっ!」
思い出したのか顔を赤くする奇姫。
俺も恥ずかしさのあまり体が熱くなるのを感じたが、
(や! ですから俺、全く心当たりないんですが!)
というかどうすればそんなご褒美イベが発生するんだ。
……ちょっとダメ元で訊いてみようか。
「すまん、本当にすまん。俺もあの時は……どうかしてたんだ」
お、自分の意志で声が出せるぞ!
気が利くじゃないかもう一人の俺!
「まったくよ! そもそもね、男のあんたが女子寮に侵入した時点で頭おかしいっての!」
「な、何だと!? 女子寮!?」
「何でキレてんの!? あんたにキレていい権利ないでしょう!」
いや違う。キレてるんじゃなくて信じられなかったのだ。
俺が女子寮に侵入したって? 何モンなんだこの世界の俺!
ただの変態……いや、立派な変態だ!
「はぁ、あれ以上の不幸ったらないわ。普通、防犯システムくらい把握してから侵入するでしょうに……」
「そ、そうだな……。防犯システム……?」
「ええ。それであんたがヘマして警報機を鳴らさなければ、あんたの逃亡先にあたしの部屋が偶然選ばれることもなかったでしょ……。はぁ、とんだハズレクジだったわ……」
「な、なるほど。確かにハズレクジだな」
「……。それ、あんたにとってだったらぶっ殺すわよ?」
睨んでくる奇姫。……と、とんでもない。俺は女子の部屋に入ったことがないのだ。彼女のような美少女を偶然引けたのは、大当たりの上……超大当たりと言っていい!
「えーっと、その、だな……」
とはいえ、そんな口説き文句みたいなフォローができるはずがなく。
もっと無難な返答はできないかと焦っていると、
[―――とんでもない。俺にとってお前は、超大当たりだったぞ]
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