第2話/告白
第2話
俺が最初に受けた感覚は、後頭部に何か固いモノが当たっていることだった。
「ん……?」
「
近くで少女の声がした。しかしどうせ幻聴だろう。
俺のことをそんな可愛らしく呼ぶ少女がこの世のどこにいるのか。
(って、ツキガヤ? 俺の名前ってそんなだったか……?)
「あ、あぁ! 良かったぁ……!」
「なっ?」
俺は目を開けた途端に硬直してしまう。心配そうに俺の顔を覗き込んでいたのは、全く見覚えのない美少女だったからだ。
男じゃない。女だ。抜けるように白く触れれば溶けてしまいそうな柔肌。ふわふわとした綿毛のような茶髪。濡れた双眸は慈愛に充ち満ちていた。
しかも驚くべきことに俺は、この美少女に膝枕をされていて。
「な、ななななななな……!?」
目下の状況を理解して飛び起きた。
な、何だよこれ! 俺の身に一体何があったらこんな状況になるんだ!?
「だ、大丈夫?」
美少女が小首を傾げて訊ねてくるが大丈夫じゃない!
こんなの意味が分からなさすぎる!
[あぁ、もう大丈夫だ。面倒かけてすまない。……
(……はっ?)
おかしい。なあ俺、どうして勝手に口開いて話を合わせてるんだ?
ただでさえ混乱してるのに、話を合わせるなんて器用な真似、俺にできるわけがない。
(確かに今の声は俺のだった。けど俺の意志で言ったんじゃない。まるで……気づいたら口走ってたみたいだ……)
それに、癒美って誰だ?
もしかしてこの美少女の名前なのか……?
「うん……。いきなり倒れたからびっくりした」
え? 俺が倒れたって?
いやいやないだろ、こんな美少女の前で倒れる事情が。どこのラブコメなんだ。
「痛いところはない?」
「え? あ、あぁ、そうだな……。頭がちょっと痛いかな……」
後頭部を摩りながら気づく。彼女の膝の上に、五百ページはあるんじゃないかと思われる、ぶ厚い本が置かれていたことを。
「ごめん。制服のスカート汚れてたからさ……」
「そ、そうか」
なるほど。実際は膝枕ではなく本枕をされていたらしい。
(非常に残念……じゃなくてだな)
ひとまず俺は周囲を確認した。ここは……どこかの更衣室だ。縦長のロッカーが立ち並んでいる。他に人はいない。二人きりでベンチに座っていた。
続いて互いの格好を見比べてみる。俺も彼女も制服姿だったが、なぜか俺の通っている高校の制服ではなかった。海上自衛隊が着てそうな上下とも真っ白な生地だ。
(うーん? 一体全体、何がどうなってるんだ……?)
「ねぇ、やっぱりまだ体調良くないんじゃ……」
癒美が俺の困惑を不調と勘違いしていた。だが一方の俺は余裕がない。『ここはどこだ? お前は誰だ?』などと訊ねようとして、
しかしできなかった。
[……癒美]
「う、うん?」
[前々から思ってたんだ……。お前、俺なんかに構ってて平気なのか?]
「えっ、」
[俺の今の立場、分かってるんだろ?]
「それは……で、でも、」
[介抱してくれたことには感謝する。サンキュな。だけど俺の特訓に付き合ってくれるのはこれきりにしてくれないか。俺はお前にこれ以上の迷惑をかけたくないんだ]
「そ、そんな! わたし迷惑だなんて少しも思ってない! わたしがしたいから勝手にしてるだけだよ!」
[なぜだ?]
「な、なぜって……。言わなきゃ分かってくれないの……?」
何かを求めるような潤んだ瞳。何かに怯えるような震えた声。
そんな癒美は確かに今この俺と対話していた。
なのに。
それなのに。
(あれぇー? 俺、置いてけぼりなんですがっ???)
さっきから何の話をしてるんだ? 前々から思ってたって、俺そもそもこんな美少女と関わったことないのだが。介抱をしてもらった経験も当然ない。
「……ううんごめん。わたしってばいつも逃げてるよね。昔からはっきりしない態度で憑々谷君を困らせてたよね。だから……言うよ。わたしから言わせて」
そしてこの癒美ちゃん、完全に俺にオチてるよな?
今にも告白してきそうだがっ!?
「わ、わたしね!? ずっとずっと前から、憑々谷君のことが―――」
[俺もだ]
「ふぇ!?」
癒美の告白を遮り、俺は彼女の頭にぽんと右手をのせた。
[……俺も、ずっと前からお前のことが気になっていたんだ]
「え!? 嘘、本当に?」
[ああ。本当だ]
「つ、憑々谷君……!」
癒美の振り仰いだ顔は熟した林檎のように真っ赤だ。そのトロンとした表情がとてつもなく可愛かった。可愛すぎて俺はこの訳の分からない状況を忘れてしまえそうなくらいだった。
(あぁ、恋する乙女ってこれほど愛おしいものなんだな。抱き締めてそのままゴールしたい。彼女もそれが本望のはず!)
なのに、なのにさっきから体が思い通りに動かせなかった。
実は彼女の頭に右手をのせたのも俺の意志ではない。
(俺にとって異性の髪はショーケースに飾られている展示品みたいなものだ。観賞しかできないし、ビビりなものでケースをこじ開ける気概も出せやしない。だから俺の意志では絶対にない……!)
だから本当に何なんだこれは。そりゃ美少女の髪に触れて嬉しくないと言えば嘘になる。だがまるで誰かに体を操られてるみたいだった。
(まぁ謎解きは後でもいいか。さすがに今の続きが気になる。非リア充の俺に彼女ができそうな流れなのは確かだ!)
「じゃあ、あの、その……ほんのちょっとでいいからさ。わたしが安心できそうな言葉、聞かせて欲しいかなって」
[? ここで言えばいいってことか?]
「う、うん!」
[はあ、そうか。お前がいいなら構わないぞ]
眉を顰めた俺に対し、癒美が元気に頷いていた。
(……ん? どうして俺は眉を顰めてるんだ……?)
感覚で分かる。俺が眉を顰めていると。
そして嫌な予感がした。
[じゃあ遠慮なく言わせてもらうが。お前の彼氏、
「…………え?」
(…………え?)
[すまない癒美、俺が気にしても仕方ないのは分かってるんだが……]
「つ、憑々谷君? 何を言ってるの? わたしと樋口君が……付き合ってるって?」
[そうじゃないのか? いつもカップルみたいに仲良くしてるだろ?]
「……、冗談だよね?」
[冗談? 俺がお前に冗談を言うために時間取らせてるはずないだろ?]
「…………」
癒美は口を閉ざし顔を俯かせた。
(こ、この展開は……まずッ!?)
―――バシッ!
俺の左頬に雷が走った!
「バカッ! 憑々谷君なんて知らないッ! もう知らないんだからッッッ!!」
彼女が涙ながらに叫んで走り去っていく。ガン、と乱暴に扉が閉まる音を最後に、室内が静まり返った。
かくして……一人取り残された俺は、初めてもらった女子からの平手打ちとは別に、愕然とした。
[……は? どうしてアイツ、急に怒り出したんだ?]
―――俺は愕然とした。
俺じゃない俺の、見事なまでの空気の読めなさと鈍感っぷりに。
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