第1話/転移
第1話
「……ええー……」
某ネットオークションで落札し、家に届くまで三週間かかった。
「これマジか? いくら払ったと思ってるんだ……?」
買ったのは腕時計のはずだった。三万円のオシャレな腕時計。
貴重なお年玉の残りを使い切るハメになったが、とあるラノベ主人公が腕時計一つで恋愛フラグを立てていたのを思い出し、俺もこの腕時計に賭けてみたのだ。
(ま、どうせ何も起こらないんだけどな。腕時計を買ったからラノベ主人公みたいになれるってどれだけお得なんだよ、オークションだけに。うんつまらん)
そしてたった今だ。ようやく届いたブツなのだが―――。
「あー、そうか誤配か。さすがに誤配というオチだったかー。そりゃ俺はどっかのライダーが装着してそうなベルトを小型化したものなんて買ってないしなー」
見れば見るほどよくできたオモチャではあった。ちゃんとバンドや中留もあるし、構造は腕時計そのもの。ただ、盤面があるはずの箇所に、まるでひっくり返したキッチンボウルみたいな銀の半球体がついていた。
そこには薄らとだが一筋の亀裂が入っていて―――。
(あ! これぱっくりと開くんじゃないか? それで変身ができるんだろ? ライダーには詳しくないけど)
とか思っていたら勝手に開いた。
「ぱんぱかぱーん! ようやくキミに出会えたねッ……♪」
「……………………………………。は?」
そのありえない展開に、俺はしばらく思考停止させられていた。
(や、だってありえないですから。急に半球体からギャルっぽい女が飛び出してきて、妖精みたいにふわふわ浮いてるし。思考停止しないわけないだろこれ)
「あはははー、そのカオ激しくこわーい。超ウケるぅー」
しかもからからと笑う女は全裸だった。み、見え、見え……おい何も見えないぞ? 女の体がレインボーに発光しているんだ。すごいファンタジックだ。
俺は発光している女に触れようとしてみる。
―――しかし、
「うお!? これは……〇Tフィールドッ!?」
突如バリアーみたいなのが現れたのだ。
これが強めに押してみてもビクともしなかった。
(え? これやっぱり夢だよな? 母ちゃんや親戚以外の異性と話してること自体がもう夢に違いないわけだし……!)
「ふふっ。ダイタンなんだから♪」
!……はい、俺が一生言われないであろう言葉を頂きましたー。
さぁそろそろ眠りから覚めようか。この女と戯れたい気はなくもないが、満足するまで戯れて夢オチだった時の虚しさは異常。もちろんソースはこの俺。
「あたしはアリス。実はなんと……この世界の神様でふっ!」
「はいはい、頼んでもない自己紹介どうも。それじゃ俺は現実の世界に戻るから」
俺はベタに頬を引っ張ってみた。
…………。あれ???
「お、おかしいな。どうして目覚めないんだ?」
「はあ? 何言ってるのキミ。今フツーに目覚めてるじゃん」
「なわけあるか。ここは夢の世界だ。じゃないとお前の存在が説明つかないだろ」
「つくし」
女が知った風な口を利く。少しイラっとした。
「なら説明してみてくれよ。お前は神様なんだろ?」
「えー、メンドくさーい。……ンドくさーい。……くさーい。……くっさーい」
「山びこ風味の嫌がらせは止めろよ。できてない」
何だよ最後のくっさーいって。
小さい『つ』は飛び交ってなかっただろうが。
「しょうがないなぁ。まぁ証拠を出さずに本物の神様と認めさせるのはあたしとしても本意じゃないし? じゃあこうしよっか?」
自称神様の女は胸を叩く仕草をし、ありえないことを俺に提案してきた。
「キミの願いを何でも一つ叶えてあげる! それでどう!?」
「…………。いや、悪くない話すぎて逆に困る……」
俺は溜息せずにはいられなかった。
おい俺よ。どうしてこれほど自分に都合のいい夢を見てしまったんだ(感涙)。
(しかし、いきなり願いと言われても……)
こんな願ってもない状況は、どうせ起こらないと分かっていても考えてしまうものだろう。
そして『叶えてくれる願いを三つに増やしてください!』みたいな増殖作戦や『百億ゲットして十億投資して不老不死となる実験に成功する!』みたいな詳細作戦を構想しがちだ。
(だがそういう強欲なのは願いじゃない、わがままだ。俺が神様なら神社にわがまま言いに来るヤツら全員しばく。縁起良く『五円とご縁』とか心底どうでもいい)
そう、決して欲張ってはダメなのだ。
舌切り雀みたいなトラップがあるかもしれない。
「あれ? ひょっとして拒否っちゃう?」
「まさか。願いを決めるから少し待っててくれ」
「あーい」
全裸でレインボーでちっこくて神様(?)な女が、長い髪をたなびかせて部屋のあちこちを飛び回り始めた。ハエより気が散る。叩き潰したい気分だ。
(……ともあれ、だ。これが夢じゃないわけがないだろう)
春休みも終盤に差し掛かってて生活リズムが狂っていたりする。ここ二週間は外に出ていなかったりもする。きっとそれらが原因で、夢と現実が一時的に区別できなくなっているのだ。
(でも夢なら夢でいい。夢の中でも願いが叶うのなら充分幸せなことだ。それに夢オチと確信しているからこそ、俺は堂々とこの願いを言えそうだ)
俺はリア充になりたい―――。
具体的には、ラノベ主人公みたいなリア充になりたい、と!
「ふぅん? キミ、ラノベ主人公みたいになりたいんだ?」
不意に女―――アリスが俺の肩に着地しながらそう言った。
えっ、どうして俺の願いが分かったんだ……?
「あ、そうか。そりゃ夢の中だし口にしなくても伝わるよな」
「や。こっちはキミの思考を読み取ったつもりなんだけど」
はは、冗談はよしてくれ。
仮にそうであったとしても夢の中だから読み取れるんだ。
「むうー! じゃあキミの願いを叶えても意味ない気がするんだけど?」
「確かに」
俺にはこれが夢だと確信があるのだ。どんなに神様っぽい奇跡を見せられても、アリスが現実世界の、本物の神様とは信じられない。
「そうだな。残念ながらお前は一生ニセモノの神様だ」
「ひ、ひどーい! 神様を泣かせるなんて愚民にあるまじき行為だぁ!」
いやお前全然泣いてないだろ。
むしろずっとニヤニヤしてばっかりだ。
「いいからその愚民の願いを叶えてくれ。ささやか過ぎてそっちの方が泣けるだろ?」
俺が自嘲気味に言うと、アリスは肩から眼前に移動してきた。
そして一言、
「ところでラノベって何さ?」
「え……。ググ〇カス!」
「あいあい、ちょっと調べてくるおー」
アリスが誤配で届いた例のブツの中へ帰っていく。
……どうしてラノベは知らないのに〇グレカスは知っているのか謎だった。
「うーん……というかこのブツ、何と呼ぶべきなんだろうな?」
腕時計じゃないし変身ベルトでもなかったわけだ。無難に『アリスバンド』とでも命名しておこうか。アイツの名前とリストバントをかけてみた。アリストバンドからの言いやすさ的にアリスバンドてな具合だ。
「おっ、付け心地は意外と悪くないな」
俺はアリスバンドを腕に装着してみた。ぱっくりと開かれたままの半球体。その内側はまるでブドウのグミだ。毒々しいほどに濁っていてブヨブヨしている。見ていて気味が悪い。
「んー………………………………………………。って、あれ???」
俺はアリスバンドを三十秒ほど見つめてはたと気づく。
「もしかしてアイツ、このまま戻って来ないつもりじゃ……?」
だって神様と言えば全知全能であるはずだ。わざわざアリスバンドに戻って、恐らくは『あっちの世界』で調べるなんて不自然だろう。
「こりゃやられたな。アイツは本物の神様じゃないと見抜かれて、逃げ出したってことだな」
「べ、別に逃げてなんかないし! あたしフツーに本物だし!!」
「お?」
アリスがブドウグミを突き破る勢いで飛び出してきた。
彼女は不貞腐れたようにそっぽを向くと、
「ふ、ふん! 別にキミの挑発に乗って戻ってくる気になったわけでも、ないんだからね!?」
「そうかそうか」
俺は適当に返しつつ密かに安堵した。これで戻って来ないんだったら今までの会話は何だったのって話だ。夢にしたって中途半端すぎる。
「いちお補足。あたしって生まれたばかりのピチピチ神チャマだからさ、知らないことの方が多いんだよねん」
だろうな。言葉遣いからして赤ちゃんみたいだし。
「それとあっちの世界ってのは正解だよ。神様にも神様の世界がある。そんでキミが勝手に命名したアリスバンドは……こっちとあっちの世界を繋いでるんだお」
「なるほど。じゃあこのブドウグミみたいなものはゲートだったのか。我ながらありがちで恥ずかしい設定だな」
「だから夢でも設定でもないってば……」
アリスがやれやれといった様子で溜息した。
「まぁ今に見てなさい! あたしに恩返ししたくてたまらなくしてやるんだから!」
「ああ、さっさと儀式に移ってお望み通りたまらなくしてやってくれ。あるんだろ? 面白おかしい儀式が」
本題に入るよう促すと、アリスは非友好的な目付きで俺の眼前までやって来る。
そうして滞空したまま続けた。
「じゃあキミの願いを言って?」
「えっ? お前調べてきたんだろ?」
「うん、ライトノベルについては調べてきた。でもそれだけじゃダメ。キミ自身が願いを言霊にしなくちゃいけない。『どうか神様ぁ~、ボクちんのぉ~、赤面必至なお願いぉ~、叶えてくださいよぉ~』って、あたしに態度で示して!」
うん、こいつ絶対ラノベに対して良いイメージ持たなかったよな。それと俺のモノマネなのか知らないが、そんな舐め腐った態度で願いが叶うとは思えない。
まさかだが『あたしはちゃんとやったけどキミの態度がダメだったんで儀式失敗しちゃったぁ♪』みたいな事態を狙っていたりするのだろうか……!?
「なあ。やっぱりお前、俺に怒ってるんだろ?」
「はあ? いきなり何さ?」
アリスが不快そうに眉を顰めた。
「あたし別に怒ってなんかないし。神様否定とかお前呼ばわりとかググレ〇スとか赤ちゃん扱いとか話を先に促すとか、ゼーンゼンッ、怒るに値してないし。人間基準と神様基準、一緒にしないでくれる?」
「す、すみません……」
予想外の物量で怒られた……。
「ふん! こっちはない神経使ってやったろうとしてんの。気を削ぐような真似は控えてちょうだい!」
「お、おう……」
なかなか言葉が厳しいな。だがそれだけ俺のために真剣になってくれているのだろう。ちょっとは反省しないとな……。
「あはははー、そのカオ激しくダサーい! 超ウケるぅー!」
「……!」
……いいだろう、勝手に解釈してやる。
神様ってのは皆、情緒不安定なんだな……!
俺はアリスの嘲笑に頓着せず意識を集中させていく。……あぁ、俺はラノベ主人公みたいなリア充になりたい。色んな美少女から大した動機じゃないのに好かれたりして、彼女達を侍らせたい。
(そりゃキツい展開もあるだろう。けど可愛い彼女達のためならいくらでも頑張れるはずだ。そして頑張れるからこそ彼女達にも嫌われないんだ!)
今の俺ではどう頑張っても無意味だ。だがこの願いが叶うことで俺は頑張った分だけモテるようになる。もちろん何もせずモテることも多々あるだろう。ラノベ主人公みたいなリア充なのだから。
(あぁラノベ主人公……! ラノベ主人公……! ラノベ主人公……ッ!!)
「―――俺はッ! ラノベ主人公になりたいッッッ!!」
言った。もはや言わずにはいられない思いになっていた。
夢でも構わない。
俺は本気の本気で、ラノベ主人公みたいなリア充がしたい……ッ!
「―――汝の願い、しかと聞き届けた」
アリスが虚空からロッドを出現させた。
それを掴むや俺の額に先端を突き立てる。
俺はゴクリと唾を呑む。
夢とはいえ緊張してきた。
「我は神。か弱き汝に救いの手を伸ばす誇り高き存在なり。故に汝の願いを叶えん……!」
…………おぉ、ついに始まるぞ!
「プンスカプンスカ! プンプンプンの、プーン!!」
「は!? おいやっぱりお前怒ってたんじゃないか!……って、うおおっ!?」
ツッコミを入れて直後、俺の視界がレインボーの輝きに埋め尽くされた。
アリスの体の発光が拡散したのだ。眩しすぎて俺は片腕で顔を覆ってしまった。
「ぐぅ……!?」
何も視認できない中、全身の筋肉が強ばっていく。まるで周囲の空気が俺を押し潰そうとしているかのようだ。呼吸ができず、身動きが取れない。
「―――おめでと。これでキミは晴れてライトノベルの主人公だよっ♪」
アリスの祝福が耳元で聴こえ、それきり俺は訳が分からなくなった。
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