第189話/夢を見た

第189話


 食べ放題を堪能した俺達は、近場の宿屋に入った。


「にゃああああ……もう食べられにゃいですぅぅぅぅ……」

「ぴゅ~ん……」


 リーゼが両脇に抱えているのはナクコとヒツマブシだ。仕事疲れがある中ではしゃぐように食欲を満たしていたのですでにお休みモード。


「三部屋借りよう。王女コンビ、魔族コンビ、男子コンビで寝泊まりだ」

「ヒツマブシって男子なの? 別に男子でいいんだけどさ。ツキシドだけで一部屋借りるのはズルいし」


 宿屋の受付で鍵を受け取ろうとした矢先、キキのねちっこい言葉が俺をイラっとさせた。


「……なあキキ。今ならまだ借りる部屋数を変更できる。お前が野宿にしてくれたら二部屋で済みそうなんだが、どうだ?」

「! え、遠慮しておくわ! 三部屋でバッチリよ!」


 キキが引き攣った笑みでカウンターに置かれていた鍵をぶんどった。それから慌てたようにアリスを連れて廊下の奥に消えていく。


「キキめ……宿代を払わない立場でよくもまぁ、」

「ツキシド様。ヒツマブシ様を受け取っていただけますか?」

「あ、おう」


 寝息を立てているヒツマブシを俺はそっと抱えた。


「それではお休みなさいませ。ツキシド様」


 鍵を手にしたリーゼはナクコを連れて部屋に向かおうとしていたので、


「すまんリーゼ。ナクコを寝かしつけたら俺の部屋に来てくれないか?」

「……、ご奉仕でしょうか?」

「! ち、ちちちち違うぞ!?」


 リーゼは無表情だったものの、その単刀直入な質問のニュアンスから『またセクハラ目的か』と幻滅しているのは明らかだった。


「とにかく俺はそういうのがしたいんじゃない。信じられないなら宿屋の外で会ってもいいが、」

「信じましょう。後で部屋に向かいます」

「そ、そうか」


 リーゼは俺の部屋番号を確認すると、勝手知ったるような足取りでナクコを部屋に寝かしに行った。

 俺も寝息を立てているヒツマブシと部屋に向かった。


「ずいぶん質素な部屋だな。まぁ王城の客室と比べるのは反則か」


 木造の床がぎしぎしと軋んでうるさい。だがわがままは言っていられない。

 俺はヒツマブシをベッドの上に横たわらせ、やがて静かに呟いた。


「……勇者というだけだったら、毎日快適な王城生活を送るんだけどな。けど俺は魔族も魔物も味方にした。このメンツが勇者パーティーだなんて口が裂けても言えないよな……」


 今日の草むしりの時のように、一時的に王城に連れていくならまだ許された。だが魔族や魔物に快適な王城生活を送らせることは、たとえ勇者の仲間でも王城関係者が許しはしない。特に魔族は人間族にとって脅威そのものと言える。


「だから風ノ国の王様も最初はナクコを見て困惑していた。勇者の俺があの場にいなかったら問答無用で捕らえていただろうな」

「ぴゅ~……」


 ヒツマブシの頬をそっと撫でる。アリクイ特有の細長い舌が出たり戻ったりを繰り返していた。


「魔物も。はしゃぎすぎはマズかったよな」


 やはり危険だ。俺の混合パーティーはアクシデントを引き寄せかねない。そしてばら撒きかねない。今もこれからも綱渡りのように不安定だ。俺がルートを決定しない限りは。


「…………よし。決めた」


 勇者ルートと魔王ルート。著者はどちらか選べと俺に言った。別に著者の指示に従うつもりはないが、もう悩み続けるのはお終いだ。ルートを決めるきっかけを俺は充分手に入れることができたのだから。


「仲間達には驚かれるだろうな……けど、近い内に宣言しないとな」


 前々から考えていた通り、俺の宣言によって反対する仲間が現れた時は仲間の意思を尊重し離脱の引き留めはしない。残った仲間達で現魔王を倒してみせるだけだ。

 無論、全員がいなくなるのも覚悟の上。


「ツキシド様」


 ノックをするなりリーゼが部屋に入ってきた。


「どういったご用件でしょうか」

「ああ。今からですまんが、改めてドラゴン族の本拠地に連れて行ってほしい」

「……、まだ猛吹雪ですが」

「あの時はボロマント一枚だった。今はパーカーともんぺにグレードアップしてる。多少は寒さを凌げるだろ」

「ではどういった目的でしょうか」


 リーゼは本拠地にゲートを繋げたくないのだろうか。普段はすんなりと応じてくれている印象だった。


「……俺はあの時、色んな意味で冷静じゃなかった。余裕もなかった。だから今、一つだけ自分の目でしっかり確認しておきたいことがある」

「ですが、」

「大丈夫だ。手早く済ませる」

「分かりました」


 リーゼがゲートを出現させた。気のせいか冷気がこちらに流れ込んでいるように感じられた。

 ゲートから数歩進んで瞬く間にドラゴン族の本拠地に到着。以前と変わらず真っ白な視界。肌をつんざくような風雪が吹き荒れる極寒の地だ。


「……お前に気絶させられた後、俺は夢を見たんだ」

「はい?」


 積もった雪を全身を使って掻き分けるように進みながら、俺は続ける。


「それは、お前が登場する夢だった。夢の中の状況は割愛するが、お前は『ドラゴン族が絶滅した』と言っていた。そう言われて、俺は何ら不思議にも思わなかった」

「……、」

「だってそうだろ? 現実に本拠地のドラゴン達は氷漬けになっていた。氷像の博物館みたいな酷い有様だ。生き残りはまだいるものの、本拠地にいたドラゴン達の絶滅は確かだと思うだろ」

「はい―――」


 やがて俺とリーゼは一匹のドラゴンを見つけた。氷像なので全く動かないのは当然だったが、


「…………! やっぱりだ!」


 このドラゴン、微かに呼吸している!……


 前回も生きているような生々しさは感じ取れていた。また後になってリーゼからドラゴン族は生命力が高いことも知って、もしかしたらと思ったのだ!


「リーゼ、こいつらは生きてる! 絶滅なんてしてない! たぶん冬眠してるだけなんだ!」

「なるほど、冬眠中でしたか。火ノ国のドラゴン族が冬を越すことはございませんので盲点でした。申し訳ございません。ですがさすがはツキシド様でございます」

「気にしなくていい。それより他のドラゴンも生きてるか確認するぞ!」


 絶望的な銀世界の中、俺の瞳は小さくも眩い灯火を映しているかのように熱を帯びていた。


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