第190話/無関係と正解

第190話


 翌朝。

 俺がふと目を開けると、俺の寝顔を覗き込むように立っていた。


「おはよー。久しぶりねー、ツキシド君?」

「…………。うえ?」


 安い宿には場違いな艶姿。すらっとした長身に盛りづけられたメリハリのある肉感は朝から刺激が強すぎる。フサフサな両腕も俺の寝ぼけ眼には新鮮に映った。


「わざわざ家まで来てくれたのに、ずっと寝てたみたいでごめんねー?」

「え? え? 本物のイツモワール……!?」

「うんうん。驚くのも無理ないかな。うち基本的に動かないからねー? 家に引きこもってるからねー?」

「って、そうじゃない!? ど、どうしてお前がここにいるんだ!?」

「だってー。ずっと寝てたうちを起こそうとしてくれたんでしょう? だからお礼のつもりでうちがツキシド君を起こしてみました。これでチャラってことでいいよねー?」

「……お、おう……?」


 話に全くついていけなかった。お礼のつもりで俺を起こしてみた、なんて急に言われても……(謎)。




「それじゃ後腐れしなくて済みそうだし。ツキシド君を殺しちゃうねー♪」




「…………。はあ!?」


 どこから取り出したのか、イツモワールは楽しそうに中華包丁を手にしていてっ!?


「うふふ、ツキシド君は幸せ者ねー? うちみたいな美女に解体してもらえるなんてさー? 本当にうち、何をヤるにも自分からは動かないのよー?」

「っ!」


 咄嗟に俺はイツモワールの手首を掴んだ。ベッドの上に横たわっていた俺には逃げ場がなかったので、彼女に凶器を使わせない判断だった。


「あらー? もしかしてツキシド君は動きたいの? お姉さんが特別に動いてあげると言ってるのにー?」

「い、いちいちエロい言い方をするなっ……!」


 死にたがりの俺だったら受け入れているだろう。だが今は性よりも生を求めるのが当然中の当然だ!


「イツモワール様。お戯れはそこまでにしていただけますか」

「……、あらー?」


 部屋にゲートが現れたかと思うとリーゼがやって来た。

 彼女が無表情で苦言を呈したのと、イツモワールが中華包丁を手離したのは同時だった。


「これは残念。本妻の登場ねー?」

「別に本妻ではございませんが」

「ヤだー、しれっと否定しちゃうなんてツキシド君が可哀想よー?」

「問題ございません。契約には抵触しておりませんので」


 似通った容姿の二人が向かい合うと壮観だった。特に……お互いに二つずつ突き合わされているモノが(爆乳)。


「……ツキシド君さー、どうしてこんなキンキンに冷えたサキュバスを手元に置いてるのー?」


 イツモワールが流し目で俺に尋ねてくる。


「他族を部下にするの自体が珍しいけどねー? せめてもうちょっとマシな子を選んだらどうなのー?」

「……はあ」


 そんなことを急に言われても困る。

 というか本人の前で言わないで欲しい……(切実)。


「ツキシド様、ご報告がございます」

「今うちとツキシド君で話してるんだけどねー?」

「……、ご報告がございます」


 両者の間に見えない火花は散っていなかったものの、いつ殺し合いが始まってもおかしくない雰囲気だった。俺は中華包丁を回収しつつリーゼに返答する。


「報告だって? こんな朝早くから何かしてたのか?」

「はい。順を追って説明いたしますと、イツモワール様がお目覚めになられました」

「ああ、夢ではないみたいだな」

「はい。夢ではございません」

「待って正解だったな」

「結果論ですが、待って正解だったと思われます」


 ―――俺はあの時、眠り姫だったイツモワールを『パンドラの箱』と呼び……自分達で叩き起こすべきではないと撤退を決した。罠の可能性が高いという予想は、あながち間違いではなかったと言える。


(そうじゃなければイツモワールはきっと目覚めていなかった。俺の勘が正しかったんだ)


 とはいえ目覚めたイツモワールが俺を起こしに来たのはビビった。タダでは起きてくれなかったわけだ……。


「時間が惜しかったのでイツモワール様にはわたくしの方から事情を伝えました」

「火ノ国が雪ノ国になったんでしょー? でもうちは一切指示出してないからねー?」


 イツモワールが大きく伸びをする。

 その様子からすると、ほとんど責任を感じていないようだ。


「……じゃあ、お前は無関係なのか?」

「意外そうな顔ねー? うちが世界中のハーピーを牛耳ってるとでも思ってたのー?」

「否定はしない」

「えー酷いなぁツキシド君。でも、うちが犯人だと疑うのが自然よねー。危なかったなー、うちはずっと眠り続けてて、無関係を主張できない状態だったしー」

「……、そうか。やっぱりお前が起きるまで待って正解だったんだな」


 犯人ではないイツモワールを叩き起こしたり倒してしまおうなんてしたら。俺達はまさにパンドラの箱を開けるようなマズい展開に巻き込まれ、後悔の念に駆られていたのだ(確信)。


「お前、真犯人にハメられたんだろ? 眠らされてたんだろ?」

「うふふ、もう分かっちゃった感じー?」

「ああ。真犯人がお前を眠らせれば、あとは自然の成り行きでお前が犯人と疑われる。報復を考えるヤツは眠り続ける無実のお前を……最悪、殺していたはずだ」


 死人に口なし、という言葉があるが、それは眠っていても同じだ。釈明ができない状況で、殺してくださいと言わんばかりに彼女は命の危機に晒されていた。これをハメられたと言わずして何と言うのか。


(犯人はイツモワールなんじゃないかと伝えてきたのは酒場の店主……つまり著者だ。よし、著者が真犯人だな)


 だがそれはある意味での話。

 俺達が追っている真犯人は他にいる。


「いったい誰がお前を眠らせたんだ?」

「うちが眠り込む直前の記憶。そこにいたのはカエル君だったねー」

「カエル……! 結局真犯人はミヨーネなのか……!」


 以前にリーゼも言っていた。―――トード族の長であるミヨーネは、ツキシドの記憶喪失(という設定)に関与している疑いがあると。


「お前も俺も、ミヨーネの計略にまんまと引っかかったわけか……」

「ツキシド君も何かされたのー?」

「たぶんな。お前と違ってミヨーネに会った覚えすらないが」

「へぇー?」


 その時、俺の腹の虫が豪快に鳴った。


「……おかしいな。昨夜は吐きそうなくらい食べたんだが……」

「あ。お腹が空いてるならうちの家に来ない? 朝食をご馳走してあげるよー?」

「えっ、いいのか?」

「もちろんー。話はまだ続きそうだしねー?」

「はい。イツモワール様の仰る通りでございます」


 目配せしたイツモワールに対して、リーゼはゲートを出現させていた。


「ツキシド君のお連れの子達には朝食の準備が整ってから合流してもらえばいいねー?」

「そうか……? だったらここで話を終えてからでも良くないか? 今すぐ俺達だけでお前の本拠地に向かう必要あるか?」

「ツキシド様。帰巣本能でございます。この方は鳥ですので早く巣に帰りたいのです」

「なるほど……って、帰巣本能はそういう意味だったか……?」


 リーゼの言わんとすることは掴めたものの、イツモワールが巣に帰りたいのは単純に……この宿部屋の居心地が悪いからだろう。長話をするにはあまりにむさ苦しい場所だ。


「ヒツマブシは……まだぐっすりか」


 爆睡のようだしもう少し寝かせておこう。

 俺はイツモワールの後を追ってゲートの中に入っていった。

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