第90話/最強の異能力者VSラスボス

第90話


 え、えええええええ!? な、何なんだこの急展開は!? 

 元は俺が熾兎の中の怪物を倒すつもりだったのに、蓋を開けてみればまさかのまさかで……彼女が俺の中の怪物を倒そうと張り切っている―――ッ(真逆)!?


「ブ、ブフウウウウウウゥゥゥゥゥン!?」


 熾兎の殺気に俺の生存本能が反応したのだろう。

 吸盤だらけの触手が彼女の体に殺到する。

 彼女は大鎌で斬り切れずに体中を拘束されてしまい、俺の……怪物の眼前に、その痴態を晒した。


「……はっ、お兄ちゃんってば怪物になってもド変態ね?」


 熾兎は体中を舐め回されながらも強気だった。


「このまま犯そうって魂胆なの? あたし一応、妹なんだけど? もうシスコンとかそういうレベルじゃ済まないけど?」


 ち、ちちち違う! 勝手に動いているのだ! 

 著者に操られるのと同じように、俺の意志に反して! 

 俺には何もできないんだ!


「ブフウウウウウウウン!?」

「よくよく聞いたら遠吠えも変態っぽいわね……って、息クサッ! うげぇー!!」


 熾兎が心底不快そうに顔を歪めた。

 次の瞬間、彼女の体中を拘束していた触手が先端からパリパリパリと音を立て、まるで鉱石のように角張りながら結晶化していく!



「どう? 侵蝕系の異能力よ! まずはこれで変態プレイ封じッ!」



 次々に結晶化されていく触手の上を走り出す熾兎。邪魔な触手は大鎌で斬り落とし、足場がなくなると別の結晶化された触手に飛び移る。

 そうして怪物の長大な双牙に向かって跳躍すると、



「炎月斬りッ!!」



 突如、大鎌の刃部分が業火を纏って膨張する!

 熾兎の渾身の一閃が、怪物の双牙を両断した! 


 だがその直後、


「ムム、ブフウウウウウウウン!?」

「!! ぐぅ!?」


 怪物の左腕カマが、滞空中の熾兎に振り落とされた。元の大きさに戻った大鎌で受け止めようとした彼女は、圧倒的な力の差に完全敗北!

 彼女の体がさっくり真っ二つになった!! 



「……ふふ♪ 可愛い妹が死んだと思った? 残念! 身代わりちゃんでした!!」



 え、またいつの間に!? 

 真っ二つに裂けたはずの熾兎が、無傷で怪物の肩に立っている!?



「炎月斬りッ!!」



 妹つええええええええええええ!! 

 そして肩いてええええええええええええ(激痛)!!


 カマキリのカマが肩口から切断され、闘技グラウンドに落下していく! 

 ズゴオオオォォォン!! と、双牙に後続して大地を激しく鳴動させた!




「うん、つくづく皮肉ね? あたしがボーナスステージを発現しなければ、この怪物はこれだけ大きく成長しなかった。これだけ気絶パンクしないでいられるのも、たぶん発効コストが下がりまくったせい。……やっぱあたしのせいだ、お兄ちゃんが望まない方向に最強になったのは、あたしのせい……‼」




 その時、首輪のトゲトゲが熾兎の体目がけて射出される。 

 彼女は意表を突かれたのか「ぐぅっ!?」と緊急回避の末に足を滑らせてしまった。


 死は免れないだろう高さから転落していく彼女。 

 だがそんな彼女の危機に救いの手を差し伸べたのは、




「―――大丈夫ですか!?」




 夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリーを発効したトピアだった。大きな翼を神々しくはためかせ、無事に熾兎を結晶化した触手の上に着陸させた。



「憑々谷君! どうか元の人間の姿に戻ってください!」



 怪物の否定。きっと戦乙女ヴァルキリーで試しているのだろう。

 だが怪物の否定は困難必至なようで、トピアの眉は険しくなるばかりだった。


「ぐっ! だ、ダメです、この怪物を否定できません! どうすれば……」

「退がれトピア。わたしがやる」


 大和先生だ。

 矛盾喰らいの護神龍ドラゴンに跨ってこんな高所まで飛来している(唖然)。



「ふん。否定ができないのなら気絶パンクさせるしかあるまい。異能力者の墓場サイキック・セメタリー……発効!」



 怪物のすぐ頭上に冥府に呑み込まれたかのような墓地が展開された。

 だが……!



「…………………………………………。な、何だと? き、効かない? う、ううう嘘だっ、コストが三百倍になったはずだぞ!?」



 先生が驚倒の形相で怪物を見上げた。だが一向に何も起こらない。

 ちなみに俺にも意識が奪われていく感覚はなかった。


「ブゥ、ブゥフウウウゥゥゥウウウン!?」

「…………なっ」


 怪物がカニの右腕ハサミを伸ばし、墓地を挟み掴んだ。

 ぐいぐいと上下左右に動かし、墓地を取り払おうと試みている。


 程なくして墓地は……バキリと。

 板チョコのようにあっさりと折れた。


「! ば、バカな! わたしの異能力者の墓場サイキック・セメタリーが……破壊されただと!?」

「ブフフ、ブウフゥゥゥン!?」

「!? うおッ!?」


 怪物が三前趾足を持ち上げたかと思うと、その細長の脚で器用にドラゴンの顔を蹴り飛ばした。

 ちなみに搭乗者である先生は「憑々谷ァァァ! 愛してるぞォォォォォォ!!」と絶叫しながら観客席の彼方へと消えていった(完)!



「……せ、先生!」



 トピアは大和先生の戦線離脱に狼狽えつつも大型銃で光の塊を産み出す。

 ビームの大群が怪物の頭部―――クラゲの傘みたいな透明の帽子に向かっていく。 

 だが……!



「!? そ、そんな!? ビームが……滑った!?」



 どうやら帽子はツルツル度が異常だったらしい。

 ビームが滑るというトンデモ光景にトピアは身を凍らせていた。



「ま、マズいです。観客の避難は完了している頃ですが……。これ以上この怪物を闘技グラウンドに留まらせておく余裕は…………きゃあ!?」



 怪物が反撃とばかりに黒ずんだ髭(苔)でトピアを乱れ撃ちした。 

 その一本一本が凶器となって降雹のように彼女を襲ったのだ。



「つ、憑々谷君……どうか戻ってくださ……」



 大型銃に備わった防護盾で己を護るのに精一杯だったトピア。

 光の塊は苔に穿たれて消失し、戦乙女ヴァルキリーの翼もまた蜂の巣のように穴だらけとなっていた。

 彼女が憔悴しきった声音で大闘技場の底へと落ちていく……(泣)。





「ブブブフゥ、ブブフゥゥゥゥ!? ブフフフフフフゥゥゥゥゥフン!?」




 怪物が甲高い咆哮をする。

 俺も叫びたくてたまらなかった。


(あークソ、クソッ!! どうすれば俺は元の体に戻れるんだ!? あの二人ですら全く歯が立たなかったんだぞ!? ならもう絶体絶命じゃないか!! 俺はこのグロキモな怪物になったまま、この国を、この世界をッ!! 本当に滅ぼしてしまうのかッ!?)




「……ったく、もう勝ちましたとばかりに吠えちゃって。あたしの存在、忘れてるんじゃないの?」




「!! ブフン!?」

「ま、大和先生とトピア先輩には後でお礼を言わなきゃね。おかげでこの怪物を仕留める準備が整ったんだし」


 怪物の眼球が熾兎の姿をとらえる。下だ。 

 触手だらけだった怪物の腹部を前にして、彼女はこちらを見返していた。


「ブフン!? ブフン!? ブフフゥゥン!?」

「日本語に翻訳するわね。『あれ、ボクちん自慢の触手が動かない。妹ちゃんもっとペロペロしたいのに』……ってところかしら。ド変態ね」


 言うまでもなく熾兎の誤訳だ。

 だがしかし怪物の触手が動かないのは事実だった。

 結晶化が進行しており、ほぼ全ての触手が機能不全に陥っていた。



「……触手がこの腹にばっかり纏わりついてるのは、たぶんこの中に大切な『何か』があるからでしょうよ。だったらそれを叩けばいい。……叩いて終いよ」



 そう言って右の掌を胸の前でかざす熾兎。

 途端、彼女の右肩から先が黄金に光り出す。光が徐々に大きくなっていき、彼女の右肩から先も大きくなっていった。…………ファッ!?




「―――名付けて。オニイチャンだけの目覚ましイモウト、カッコ一生に一度きりっ!!」




 大仏像もかくやと思われる極大の右手が、熾兎の不吉な笑みと共にゆっくりと後方に引かれていく。

 それはまさに掌底を放たんとする動作だったが、


 後方に引かれていく最中で右手の角度が変わり……になった!




「!! ブブフフウウウウウゥゥゥゥゥ!?」




 俺はもちろん、俺の生存本能も、このグロキモな怪物も『それはヤバい!!』と確信した!! 

 熾兎を止めるべくカニのハサミを緊急出動させるが、もう手遅れだった!!

 





「ねぇねぇ、お兄ちゃん?……さっさと目ェ覚ませやゴラアアアアアアアアアア!!」






「ヴッブゥヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ―――――!?」


 極大の貫手が怪物の腹部に突き刺さるッ!! というか突き抜けていくッ!! 

 俺はもちろん、俺の生存本能も、このグロキモな怪物も『あ、これ死んだわ』と確信したッ!! 死の痛みなど感じる余裕もなく、背後の観覧席にズドゴオオオオオオオオオン!! と大轟音を世界に轟かせ、ぶっ倒れた(即死)!!




(…………はは。つまりあれですか。ってのが、この物語のオチだったんですね……)




 俺は現実での意識が途絶えた。今度こそ死んだのだと悟った。

 だがむしろ悪くないと思った。彼女がこの怪物に化けた俺を殺すことで、無事世界を救ってみせたのだから……。


 あぁ、そうだ。こんなオチで死ねるならいっそ本望だ。

 俺の憧れるラノベ主人公は人殺しなんて望まない。

 ましてラノベ主人公みたいなリア充になりたかっただけなのだから、俺自身も人殺しなんて全く望まない。

 だからこれでいい。これでいいのだ……。


(……だけど、読者的にはどうなんだろうな、こんな主人公の終わり方は? まぁ死んだんだし気にしなくてもいいか。それより天国に行けるのか心配だなぁ……地獄だったら俺、可哀想すぎんだろ……。……って、んん???)


 その時、俺の消えかけた心がどこからか温かみを感じ取った。

 確かなそれは否応なく俺の心を叩き起こし、失ったはずの体を隅々まで覚醒させていく……!


「…………。え? こ、これは……!?」


 目を開けると、そこには黄金に輝く極大の貫手が。

 俺の体は丁度、その中指と薬指の間に挟み込まれていた。


「え、えっと……とりあえず俺、……のか?」


 俺は呆けたように呟いた。もしかすると、この右手から感じ取れる温かさが、俺を現実に呼び戻してくれたのだろうか……?


「ちっ! 何てラッキーなヤツなのよ。指の隙間、ちゃんと閉じておくべきだったわ!」

「し、熾兎……うおぉ!?」


 視界前方に熾兎の存在が認められた途端、極大の右手が萎んでいく。光を失っていく。 

 俺の体は引き寄せられるように彼女のすぐ目の前へ。しかし荒れ果てた闘技グラウンドに俺が降り立った、まさにその直後。


「……んなっ!? ちょ、何であんた全裸なのよおおおおおォォォ!?」

「ぐべへッ!?」


 顔を真っ赤にした熾兎に殴り倒される! 

 すかさず彼女の制服の上着が飛んできた!


「さ、最低! もう信じらんない!」


 ブラウス姿の熾兎はそっぽを向き、


「せっかくあんたの中の怪物倒して、一緒にあんた殺せたつもりでいたのにッ! こんなの悪夢よッ!!」


 酷い言われようだった。

 俺を怪物から助けると見せかけて殺す気満々なのが超泣けそうだった。


「―――憑々谷君ッ」


 と、涙目になりかけた俺を呼ぶのは戦乙女ヴァルキリーモードのトピアだ。

 ボロボロになりながらも戦場を駆けるその姿はまさに白鳥……ではなく天使! 

 きっと天使が慰めてくれるのだと期待して俺は彼女の到着を待ち受けたが、


「異能警察の人間を代表して、殴らせてください!」

「えぐぼッ!?」


 顔を真っ赤にしたトピアに殴り倒される! 

 すかさず彼女の怒号が飛んできた!


「君にも事情があるのは充分分かっています! ですがここまでの甚大な被害を出したのは許されることではありません! 今の一発をどうか受け入れてください!」


 だいぶ理不尽な気はしたものの、俺は泣き出したいのをグッと堪えた。

 そうして彼女達に涙目を上げた時、こちらに向かってくる一匹のドラゴンを発見!


「憑々谷ァァァ! 愛してるぞォォォォォォ!!」


 もう泣いた! 

 さっきと同じ台詞を叫んで観客席から戻ってくる大和先生に! 

 ぶっちゃけ戻ってきて欲しくなかった!


「憑々谷! お前っ、ちゃんと生きてるんだよな!? 確かめさせてくれ!!」

「うぶごェ!?」


 顔を真っ赤にした大和先生に殴り倒される! 

 すかさず彼女の恍惚とした表情が俺の目に飛び込んできた!


「あぁ、この感触ッ! その絶望しきった顔ッ!! やはりお前は最高の男だ!……う、産まれる!?」


 急に腹を抱えて蹲る先生。無論俺は頓着しない! 

 本当に産まれたならその瞬間舌を噛み千切って死ぬつもりだ!


「憑々谷くーん!」

「おーい憑々谷ぁー!」


 俺は屍となった怪物の巨体のすぐ脇、闘技グラウンドの入場口に振り向く。

 そこには癒美と樋口の姿があり、こちらに向かって走り出していた。


 意外や意外、癒美の方が樋口より断然足が速いようだ。

 完全に樋口が引き離されている。これは恥ずかしい。 

 しかも癒美は辞書抱えていて大きなハンデだった。


「…………って、どうしてこんな状況でも辞書を……?」

「憑々谷君、怪我治すよ! けどその前に……えいやっ!」

「なンぶル!?」


 顔を真っ赤にした癒美に辞書で殴り倒される! 

 すかさず彼女の不平不満が飛んできた!


「酷い、酷すぎるよ憑々谷君っ! あんな怪物、わたし知らない! どうして今まで本当のことを教えてくれなかったの!? わたし、憑々谷君の幼馴染なのにっ、ねえどうして!?」


 恐らくそれは癒美に余計な心配をかけたくなかったから―――なのだろうが、彼女にとっては除け者にされた感覚なのだろう。

 俺は彼女に「す、すまん……」と返すしかなかった。


「はぁ、はぁ、つ、憑々谷ぁー!」

「……っ!?」


 や、やばい! 鈍足の樋口がついにやって来た! 

 この流れ、絶対に俺を殴り倒すんだろ! ああそうなんだろ!? 

 俺だってバカじゃない、次はしっかりとガードしてやる! 

 さすがに男のグーは痛すぎるし!


「つ、憑々谷ッ、俺ッ! 俺ッ!! お前が無事でいてくれてすげえ嬉しい……ッ!!」

「は!? はいいいいいいいいいい!?」


 なぜか顔を真っ赤にした樋口に抱きつかれる!

 ……あれ、おかしいな!? コイツには殴られるより抱きつかれる方が嫌なはずだ! それなのに俺も死ぬほど嬉しいだと!? ふっしぎ―――!!




「ふふ、ふふふふふふふふ……。……憑々谷子童?」




「!?」


 樋口との熱い抱擁を終えたまさにその時。 

 倒れ込んだままの俺の背後から、不気味な声がかかってきた。


 ……だ、誰もいないのに近くで声がする……ってことは!?



「き、奇姫か!? お前、透明になってるのか!?」

「ええそうよ。この時を待ってたのよ。どうしてもからねぇ……?」

「んなっ!?」


 突如俺の頭頂部に影が差した! そして俺が振り仰げば……そこには頭の上で手を組み今にも振り下ろそうとしている奇姫の姿が!!


「ねぇ、憑々谷子童? 約束、覚えてるわよねぇ?」


 奇姫は暗い笑みで俺を見下ろし、


「……あんたが武闘大会で優勝するっての。……そこんとこ、どうなったわけ?」

「え!? いや、その!?」

「大至急、回答を求めるわ。だってそうでしょう? あたしが予想ゲームで賭けてた百万円が水の泡になるか、一千万円分の学費が手に入るかなんだもの……。……んで? ? ?」

「……っう!?」



 訊かずとも分かり切っているその質問に、俺は心から震え上がった! 

 咄嗟に助けを求めてトピア達を見るが、彼女達は苦笑するか知らんぷりのどちらかだった(絶望)!!



「まだ? まだなのかしら? とても簡単な質問だったと思うのだけれど。なら、その回答だって簡単なはずでしょう……?」

「え、えっと!?」


 奇姫の眼光がさらに鋭くなった! 

 俺は喉まで『優勝できませんでした』の一言が出かかる! 

 だがしかしそんな回答ではこの局面をやり過ごせるはずがないわけで! 

 だから俺はつい、斜め下をいってしまったッ!!


「は、ははっ! トピアから聞いて知ってるぞ? お前、俺のことがまだ好きなんだろ? 実はツンデレラなんだろ? じゃあ今こそ俺にデレる時だっ! ここで俺を殴るの我慢したらお前、俺からの好感度がそれはもう急上しょ」




「死にさらせええええええええええええええええええええええええええええ!!」




 顔を真っ赤にした奇姫に殴り倒される。

 そこでついに俺の意識は限界を迎え、トピア達の笑声に包まれながら静かに沈んでいったのだった……(了)。






―――第一の異世界;最強らしいのだが最強できてない俺 完結―――

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