第2の異世界/勇者なのだが魔王最有力候補の俺(魔王討伐クエスト編)

幕間3/茶の間からの再転移

幕間3


「あははー! 開始五分で尻尾破壊とかやるじゃん! さっすがぁ!」

「いえいえ神様も大変お上手ですヨ。立ち回りが素晴らしイ。モンスターの行動を先読みし、的確に攻撃なさっていル。初心者にはとても思えませン」

「そお!? あははー、誉めたって何にも出ないんだゾ♪」


 ……そんな仲睦まじげで口やかましい声が聞こえる。

 俺は半ば強制的に意識を回復させられ、体中で発汗が始まった。


「あ、あちぃ……。どこだここ……?」


 重苦しげに目を開けて体を起こすと、俺がいたのはコタツの中だと分かった。

 服装は学園の制服。どうりで暑いわけだった。

 

 コタツの卓上にはお菓子の食べカスと包装、みかんと皮、あとは湯飲みが置かれてあった。


「居間? 居間なのか……?」


 それこそ生活感のある空間だった。八畳一間の昭和テイストな畳居間。

 骨董品が飾れていそうな古木棚には、しかしなぜか配色豊かな萌えフィギュアがずらりと陳列されてあった。


 コタツ越しに見えていた二つの背中は、俺の存在など気づいていないようにガチャガチャとコントローラーを超連打し、テレビゲームに没頭し続けている―――。


「お、お前ら!?」

「あ! 弱ってきたんじゃない!? 足、引き摺ってたっぽいよ!」

「そうですネ。しかしこのモンスターに罠は無効。捕獲できないのですヨ」

「じゃあ倒すしかないんだね! よっしゃ、ここから一気に攻め込むよ!?」

「はい神様」

「って、おい! 俺を無視するなッ!!」


 俺は唾を吐きつける勢いでゲームの中断を要求した。 

 直後、ようやく二人が振り返ってきた。


「あれ。ツっきんってばもう起きちゃったの?」


 うげぇ、という渋面を作ったのはアリスだった。それも人間サイズの彼女であり、メイド服ではなくセーラー服に装いを改めている。あれだ、著者からプレゼントされていたやつだろう。

 ただ、俺の記憶が正しければ天使サイズのセーラー服であったはずだが……?


「ヒヒ、よく覚えてますねェ。その無駄に高い記憶力、金輪際発揮しないでもらえませんカ? 著者的に困るんですヨ、読者様よりも粗探しが得意そうなのでネ?」

「…………。そっちのお前は……著者なんだな?」

「はイ。外見をリニューアルしましタ。どうでス?」


 前回は某犯人像を思わせる全身タイツ姿だったが、今回は……着ぐるみだ。

 あとは……うん、しちメンドくさいので描写カットで!


「か、カット、だト!? き、きき貴様ァ! それが主人公のやることカ!?」

「いいだろ別に。どうせ誰も気にしないんだから」

「ば、バカがッ! そんな理由で人物描写をカットできたらこの世の著者は皆苦労してないノ! そこんとこ分かル!? 分かるよネ!? それとも低俗ラノベだからって僕の代わりに調子こいてル!?」




 ―――俺は著者様の新しいお姿に感嘆の吐息を漏らしてしまう! 

 灰色のもふもふ毛並に、切り傷入りのスキンヘッド。眉は黒く太く、露骨な垂れ目が愛らしい。気品あるカイゼル髭はヨーロッパ紳士を印象づけているが、なぜか日本の甚平を着用している。

 そのあたりの異文化融合も素晴らしすぃぃぃぃ……ッ!




「ぐっ!? ま、また俺の頭に文章を……!」

「ヒヒ、そぉダ」


 著者が愉快そうに片方の犬歯を覗かせていた。

 ……もっとも、着ぐるみなので最初から覗いているのだが。


「どんな手段で僕に反発しようが、いつだって結果は変わらなイ。著者の思い通りになル。それは前の異世界で嫌ってほど痛感しただろウ?」

「! 前の、異世界……!?」

「そぉダ。妹が兄に最強させてくれず終了。……第一の異世界、学園異能バトル編はあれでなんだヨ」

「なっ……!?」


 俺は武闘大会の最後をはっきりと思い出すと同時、ふざけんなッ! という心情になった。

 そもそも俺には著者にブチ切れていいことが多々ある。一方的にあれで完結だと告げられた今、積もりに積もったこの怒りを著者にぶつけない方がおかしかった。


 なのに―――できなかった。

 俺自身も驚くほど落ち着き払っていた。

 なぜなら―――。











「……っ!? そ、そんなわけないだろ! 納得なんてできるか!」


 俺は声に大にして否定し、コタツから立ち上がると、


「俺はな、熾兎の中の怪物を倒して、あの大会を優勝したかったんだ! ああいうどんでん返しで試合を台無しにされて、納得できてるわけないだろ!?」

「……ツっきん、嘘吐いてる」

「だ、黙れアリス! お前はお前で著者とゲームで意気投合するなよ! というか最後、いなくなってなかったか!?」

「うん。あたし、あの世界から途中退場させられたの。ツっきんが妹ちゃんに刺された後のことは知らない」

「だったら口チャックしとけよ! 俺は著者とだけ話がしたいんだ!」

「はいはい、負けず嫌いというか何というか……」


 呆れたようにアリスと著者がテレビゲームに戻っていく。

 再びコントローラーを超連打し始めた。


「って、著者はこっち向けよ! ゲームするなッ!」

「いやだってこれマルチプレイ中だシ。それに僕と話がしたいだけならゲームしてても問題はないだロ。……いいから座っとけヨ」

「……、くそッ!」


 著者の態度が気に食わない。だがそれ以上に気に食わないのはこの俺が動揺の色を隠しきれていないことだった。


 俺は悶々としながら座り直す。

 ただし素直に著者の指示に従うのは癪だったので、


「……だったら。俺があのラストで納得してるって言う、その根拠を示せよ」

「ん、決勝ダ」

「決勝? 決勝がどうしたんだよ?」


 ゾクリとした。

 い、いや。何でもない……(汗)。


「会話や心理描写ばかりで気づかないとでも思ったカ? お前が実際に妹と戦っているシーンは生徒会長と比べて極端に短かっタ。決勝なら通常、準決勝よりも長引くだろうにナ?」

「! そ、それは著者のお前が―――」

「いいやとぼけるなよ三次元の少年。このラノベは他の小説と違い、著者が一人で書き上げているわけじゃあなイ。主人公のお前自身も書き上げているんだヨ。僕とお前の共同制作になっているんダ」

「……、」

「僕は当然、あの決勝は長引かせるべきと考えていタ。だがお前がそうさせなかったんダ。『だから何かが……とんでもない何かがすぐ目の前まで近づいている』……だったカ? 妹に刺される直前とあって僕には諦めの文章にしか思えなかったゾ」

「……俺がその時、負けを認めたって言いたいのか……?」

「あァ。そうじゃなければきちんと時間稼ぎをしていたはずだしナ。そう、あの時点でお前は僕に『お任せ』してしまったのサ。その後の展開を、僕が用意していたラストを受け入れ、納得するつもりになってたんだヨ」


 …………こ、こいつ!?


「ヒヒ、図星だロ? 僕にはお見通しダ。……主人公失格だナ」

「! だってしょうがないだろッ!!」


 俺はコタツの卓上を強く打ち叩いた。


「お前の妨害行為があって俺が優勝できないのは分かってたッ!! トピアや先生、アリスと熱心に特訓したところでなッ!? ならもう、あのぐらいで諦めたくなるじゃないかッ!!」


 二人からは『優勝を狙える』とお墨付きを貰っていたが、正直俺はこれっぽっちも安心できていなかった。熾兎の中の怪物を倒すのもそう。著者のせいで無理なんだろうと心の片隅で思っていた(白状)。


「…………ま、咎めはしないヨ。お前が僕を信用しないように、僕もお前を信用していないからナ」


 俺の言い訳に、ゲーム中の著者は落胆の様相を拵えなかったが、


「―――だがナ? こんなゲスい主人公を誰が応援したくなるんダ? 前回のお前に寄せられるのは的を射た罵倒ダ。……お前が読者様の期待を裏切ったこと、そのことだけは自覚しておくんだナ」

「くっ……」


 俺がゲスいか。いや確かにその通りだ。

 俺が憧れる本物のラノベ主人公だったら、最後の最後まで諦めたりはしない。

 たとえ俺と同じ立場になってこんな結末を迎えたとしても、決して今の俺のように言い訳なんてしないはずだ。


 すまん、読者! 

 俺がまだまだ甘かった!! どうか許してくれ(切実)!!


「……とまァ、そんなわけで本題ダ」

「あっ……!?」


 著者がテレビの電源を切り、俺に振り返ってきた。

 アリスが名残惜しそうに肩を落とす。


「第一の異世界は、憑々谷子童の妹が世界を危機から救う話だっタ。また、憑々谷子童の中の怪物を倒してみせたことで彼女自身の問題―――オニイチャンだけのエクストラボーナスステージも解決済みとなル。彼女は自分こそが最強のモンスターと認識できたからダ」

「……、熾兎はモンスターじゃないだろ」

「細かいゾ。彼女が自分をモンスターと思えばモンスターなのダ。そもそも人間にもモンスターという表現は使うだロ。モンスターペアレントとかナ」

「……まぁ」

「よし次ダ。……これから第二の異世界について説明すル」

「は、はぁ!? 第二ぃぃぃぃ!?」


 第一の異世界と言っているんだから第二もあると察していたが……やはりげんなりしてしまう。拒否権がないと分かりきっているから尚更だった(憂鬱)。


「第二の異世界はな、魔王討伐クエスト編といウ」

「おおう、ラノベじゃありがちなジャンルだな」

「そウ。ありがちダ。だがそれだけ読者に人気のジャンルということダ。僕が参戦しない理由がないだろウ。……というか、さっさと第一の異世界でやりたかったんだけどナ?」

「? どして学園モノにしたの?」


 アリスが著者に訊ねた。

 湯飲みを手にしてズズーっと啜りながら。


「それはですね、三次元の人間がいきなり異世界らしい異世界に転移したら、精神が崩壊し廃人になってしまう危険性があったからでス。ですので初回を元いた世界とほとんど変わらない異世界にしたのは、心優しい僕の心優しい配慮だったわけですヨ!」

「(本当に心優しいんだったら、トピアエンドにしてくれたはずだが……)」


 ぼそりと言う俺。

 しかし著者はきちんと俺の愚痴を聞いていた。


「ウヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ! お前それマジで言ってんノ? それがラノベ的に面白いと思ってんノ?―――たわけガッ!!」

「うべぇ!?」


 突如俺の頭上から巨大な何かが落ちてきた! 

 俺はコタツの卓上に突っ伏すように押し潰される!


「な、ん!? ひ、ひいいいいいいぃぃぃぃ!?」


 落下物の正体を確認して俺は悲鳴を上げた! 

 それは等身大の樋口成人フィギュア!! 

 なぜか半裸であり俺の背中に抱きつこうとしてちょっと失敗してる体勢になっていた……(恐怖)!!


「それ、僕からのご褒美だゾ。第一の異世界をクリアしたからナ」

「いらんわッッ!!」


 樋口フィギュアを障子に向けて思いきりぶん投げた! 

 イケメン樋口は障子を頭から突き破り、ヘソが見えるか見えないかあたりで停止する。まるで侵入口が狭すぎて身動きの取れなくなった強盗のようだ……。


「あははー! まんま樋口っちだったじゃーん! むふぅー!」


 クオリティが高すぎたせいかアリスが鼻息を荒くしていた。

 こ、興奮してるんじゃない!


「……話を戻すゾ。第一の異世界はな、お前を異世界に慣れさせるための実地研修みたいなものだったのダ。その意味では次の異世界からが本番だろウ。……殺しもやってもらうゾ」

「……、魔王を殺すのか」

「そうだナ。魔物も登場するんで、積極的に戦って力をつけロ。ついでに断言しておくが、次回の僕はお前の行動を邪魔しなイ。うん、極力ネ?」


 絶対嘘だ。信用ならない。

 肝心な時じゃなくても嫌がらせ目的で邪魔してくるはずだ(常考)。


「ただその代わり、お前には魔王を殺すにあたって、ちょっと悩んでもらうゾ」

「は? 悩むって?」


 面倒そうな予感がして眉根を寄せる。

 着ぐるみの著者も神妙そうに腕を組んだ。






「ま、早速言ってしまうとだナ? 次のお前は勇者なのだが魔王有力候補でもあるんだヨ。。悩んでみてくレ」






「なるほど分からん」


 俺は小指でぐりぐりと耳掃除を始めた。

 ……いやな? 今の著者の発言が聞こえなかったわけじゃない。

 やっぱり面倒そうだったので、聞き流してみようかなと。


「ツっきんもみかん食べる?」

「お。いただくわ」


 アリスからみかんを半分受け取って口に含んだ。

 ……美味すぎる。地味に喉が渇いていたからかもしれない。

 こりゃ著者の話聞いてる場合じゃないな(笑)。


「えっと、次の異世界、変えてもいいんだゾ? お前と樋口と大和先生、三角関係の恋愛モノにしようカ?」

「うおおおおおおおおみかん食ったら魔王殺したくなってきたあああああ!!」


 魔王はどこだ!? もうそっちから来いよ!! 

 今時のラノベじゃ牙城で待ってないどころか勇者の旅仲間になったりするからな!? 勇者の存在意義を軽くぶち壊してくるからな!?


「いや。僕のトコの魔王は仲間になりたそうにしないゾ。王道らしく倒せるもんなら倒してみろ精神ダ。あと実は新たな魔王の誕生を密かに望んでいたりすル」

「ん? どゆこと? 自分が魔王なのに新しい魔王が誕生して欲しいの?」

「要は世代交代ってことですヨ。魔族社会にも醜い争いがあるわけでス。それで現魔王は、次の魔王となるべく有力候補達が戦いを挑んでくるのを楽しみにしているト。まぁ言い換えれば現魔王にはそれだけ返り討ちにする自信があるわけですがネ」

「ふぅん、世代交代の時期だけど現魔王を倒せる有力候補がいないってことかぁ」

「はイ。それが魔族社会の現状でス」


 …………となると、俺は魔王有力候補だけど現魔王を殺してもいいわけか。

 あ、何となく著者の意図が掴めてきたかもしれない。


「なぁ、俺は勇者でもあるんだよな? じゃあ結局のところ、俺が現魔王を殺すことに変わりないよな?」

「ヒヒ、そぉだナ」

「問題なのは現魔王を殺した後、真の勇者と新しい魔王、そのどちらの道を進むかだよな?」

「正解ダ。ただし殺した後に悩んでいてはハッピーエンドは掴み取れんゾ?」


 ……よく言う。

 ハッピーエンドなんて最初からくれてやる気ないくせに。


「だから現魔王を殺す前に決めロ。仲間を集めながら、立ちはだかる敵を倒しながら、大いに悩メ。昨今のラノベは魔王が主人公だったりするしナ。お前には勇者で終わるのか魔王で終わるのか選ばせてやル」

「……、何か裏があるんじゃないのか?」

「さァ? どうだろナ?」


 著者は着ぐるみなので声だけで探るしかない。

 だがまさにその時、俺は閃いた!


「そうだ! アリス、著者の思考を読め!」

「無理」


 うっひょう、恐ろしく即答だった……(撃沈)。


「このヒトは著者本人じゃないから。仮の姿だから。読もうにも肝心の思考がないんだよ」

「そ、そうなのか?」

「うん。ちなみに前の異世界に登場した人達も全員ね。思考が読めなかった」

「! ま、マジか……?」


 うわ、さらっとショック受けてしまった。

 そりゃ著者の創作物だから思考がないのは納得だが……。


「残念だけど、トピアも例に漏れずだよ。……このヒトから、できてなかったわけ」

「…………ぅ」


 ではなぜあの時にそのことを教えてくれなかったのか。

 まぁそれを訊くのは野暮ってものなのだろう。大会前で慌ただしかったし、優勝しようと意気込んでいた俺には冷や水を浴びせるような真実だ。

 だけど……やっぱり辛すぎるな……(泣)。


「さテ。そろそろ神様には次の準備をしてもらいましょうカ」

「……ふぇ……?」

「いってらっしゃいまセ」


 アリスが畳の上に倒れ込む。

 そのまま静かに両目を瞑り、ぐっすりと熟睡し始めた。


「!? お、お前……!」

「ウヒョヒョヒョ! 本物の神様でも著者には抗えなイ。とっくに気づいていただろウ?」

「アリスから神様の力を奪ったのも、お前なんだな……!?」


 著者を鋭く睨みつける俺。しかし著者は「怖い怖イ! 少しは主人公らしくなってきたみたいだなァ!?」と蔑むようにスルーしてきた。


 あぁ、スルーされても仕方ないのだろう。

 こいつにとっては答えるまでもないのだから……!


「でハ! お前には最後に、アリスバンドの設定を教えてやろウ!」

「……、設定?」


 右腕のアリスバンドに目を落とす。

 依然として銀の半球体は神様の世界へと通ずるゲートを閉じたままだ。


「一つ目は、お前が手放すと、再び手に入れるまでアリスバンドそのものを忘れてしまウ!」

「知ってる。二つ目はアリスが触れると体が小さくなるんだろ?」

「うム! 神様の体が天使サイズになル! さらに前の異世界ではスキルゲッターのレプリカ! 異能警察の捜査を翻弄させるキーアイテムでもあっタ!」

「だから知ってるって言ってるだろ。あと他に何か……ぁ……?」


 その時、俺は不自然なくらい急激な眠気に襲われた。

 糸が切れたかのようにふらりと体が横倒しになってしまった。


「……そして次の異世界でハ。正式名称、。それは相手が人間だろうが魔族だろうが関係なク―――」


 ……薄れていく。

 薄れさせられていく意識で、俺が辛うじて最後に聞き取ったのは。




「お前の言葉を、信じ込ませル」

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