第48話/嫌いになる理由

第48話




「わたしはあの子に、あの時立てた誓いを取り下げてもらいたい。ただそれだけなんです」




 トピアは即答した。

 彼女の蒼い瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。


「今のわたしにとってあの誓いはあの子への不安材料でしかありません。だって先ほどコンビニでの振る舞いがまともじゃないのは一目瞭然じゃないですか」

「ああ。まともじゃないな」

「これがもし、ですよ? もしエスカレートして、憑々谷君と無関係なところにも及んでしまったら……。果たしてあの子は、保安委員のままでいられるでしょうか?」


 ……なるほど。トピアはツンデレ奇姫の今後が気がかりだったのか。


「んー、不安材料ってのは理解できるが……少し話が大げさじゃないか? ほら、時間帯によってテンション違うヤツいたりするだろ? アイツもご飯時だったから、ちょっと浮かれてたのかもしれない。学園も休みだから尚更だ」

「いえ。学園は休みでも保安委員の仕事はあります。制服着てたじゃないですか。午後も校内を見回ったり休憩室で待機するんですよ。たとえご飯時でも、保安委員が浮かれていいはずないんです。突然何が起きてもいいように、四六時中、厳戒態勢ですね」

「……、そんな油断ならない仕事がこの世に存在するのか……」


 保安委員の実状は知らないものの、トピアの言う通りなのだろう。


(一応アイツだって俺を憑々谷子童の偽者―――不法侵入者と疑ってかかっていたわけだしな)


 日本異能学園……異能力者の生徒が集まる高校か。正直、異能力というイレギュラーさえ除けばごく普通の平和な高校に思えるのだが、やっぱり違うようだ。


「いや、でもそうだな。アイツが何をやらかすか分からない以上、楽観視はできないな。だからアイツには誓いを取り下げてもらうべきだ。……ただ、な―――」


 それって、かなり難しいと思うのだが。


(だって奇姫はその誓いのせいでツンデレラモード中なんだぞ。誓いを取り下げてもらうってことは、ある意味、俺にデレるってことだろ)


 そんな攻略済みみたいなハッピー展開は、絶対神()の著者が許さないはず。


「君の心の声は聞こえてますよ。この件で自分には何もできないと。わたしも同意見です」

「? じゃあどうしてわざわざ俺にこのことを?」

「それは……たぶんですけど、君にあの子を嫌いにならないで欲しいから、です」

「……、そうか」


 俺が奇姫を嫌いになる理由は、ある。

 というか沢山あるじゃないか。さっきトピアが言ってたのがそれだ。

 覗き見と優勝指示と殺人未遂。もちろんまだまだある。

 ビンタも土下座もアボカド弁当も。あと忘れてはならない初チューも含まれるかもしれない。


(でもまぁ俺も奇姫に変なことしてたしな。お互い様だろ。だから嫌いになるなってお願いされても、あまりピンとこないんだよな)




「―――ぐえっぷ!」




 その時、ずっと蚊帳の外だったアリスがゲップをした。


「うぇぇ……。吐きそう……」


 見れば、アリスの腹がとんでもなく膨れていた。

 トピアの大事なメイド服は、今にも張り裂けてしまいそうだった。

 俺はそんな変わり果てた彼女の姿に驚愕を隠せなかった。


「お、お前、全部お菓子食ったのか!? あれだけ買ってやったのに、もう未開封なのが一つもない!?」

「え? あぁ、もしかしてツっきんも食べたかった? いいよー、残りはあげる♪」

「誰が好き好んでシートに落ちまくってるお前の食べこぼしをいただくってんだよ!? お前が食え! すぐ食い切れッ!」

「うぶぶぶ!? や、ちょっとストップ、今そんなおっきなの捻じ込まれたら………。………お、おえええええェェェェ!!」


 アリスがリバースした。

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