第49話/完全に過言。完全に過言

第49話


 昼食を終えて、トピアと俺は向かい合っていた。


「だいぶ遅れましたが。本日の特訓を始めましょう。よろしくお願いします」


 俺は「……おう」とやつれ気味に返答する。アリスリバース(技名)が原因で気力が根こそぎ奪われていた。


「シュレディンガーの空箱、発効」


 その一声で倉庫内のありとあらゆる面に黄色い紗がかかっていく。

 これによって倉庫外から俺達を観測するのは不可能。まさに俺達はシュレディンガーの猫となった。


「さて、憑々谷君。君に悲しいお知らせがあります。昨日君が妹の熾兎さんから聞いた話、その事実確認の結果です」

「大会で優勝しなければ退学、ってやつだな。でもどうせ事実なんだろ?」

「はい。監視部から学園に問い合わせてみたところ、事実と判明しました。優勝以外は君の退学処分が確定するそうです」

「へえ。まぁ、調べてくれてサンキュな」


 特に悲しくはなかった。あるがままを受け入れた気分だった。

 それにやはり……あちらの問題が先に降りかかってくるので、そちらが気になってしまっていた。


「なぁ。大和先生が俺を殺すのって……。明後日なんだよな」

「そうですね。君には秘密にしていましたが……どうしましょうかね」

「……え!? まさかの対策ナシだったりするのか!?」

「冗談です。ちゃんと用意できてますよ。君が大会前に殺されたら元も子もないですから」


 トピアが無表情のまま言う。

 だがその無表情こそが俺の不安を加速させた。


「じゃあ特訓の前に教えてくれよ。お前は大和先生の暴走を、どうやって止める気なんだ?」

「詳細ですか。構いませんよ、お話しするつもりでしたし」


 あっさりとトピアは許諾してくれたが、


「ただ一つ、わたしからお願いがあります。大和先生対策。どうかその成功率を上げるために君とアリスにも協力して欲しいんです」

「俺達がいれば助かるってことだな?」

「はい。お願いできますか?」


 俺達には断る理由がない。

 すでに感謝してもしきれないほど助けてもらっている。


「分かった。トピアに協力すんぞ、アリス?」

「…………うぅ……。どっちでもいいれす……」


 大量のお菓子をリバースして以降、アリスは俺の私服の胸ポケットの中でぐったりしていた。フラップをめくって血色のない顔を出したものの、すぐに引き籠ってしまった。


「……、しばらく休憩させてやるか」

「そうしましょう。あと一度に与えるお菓子は三百円までとしましょう」

「遠足かよ。人間の子供基準なのもどうなんだ。五十円でいいだろ五十円で」


 これだけ体調を壊しているのだ。アリスだって文句は言えないだろう。


「そのあたりの金額調整は君にお任せします。ですがくれぐれも大会での命運がアリスにかかっているのを忘れないでください」

「ああ、さっきのでコイツの自己管理のできなさをよく理解した。目を光らせておく」


 俺は胸ポケットを指で小突く。中で「ぐえっ」とえずく声がした。


「それでは君もアリスも協力していただけるという前提で、大和先生対策をお話ししますね」


 ごくり、と。俺は緊張で喉を鳴らした。

 彼女の具体的な対策を聞いて、ますます不安になってしまう可能性もあるからだ。


「まず大和先生をどうするかですが。口で説得しても無駄と分かり切っていますので、拘束します」

「……いいのか? 仕事仲間なんだろ?」

「だからこそですよ憑々谷君。大和先生の暴走は身内であるこのわたしが責任をもって止めなければならないんです。……勝算がなかったとしても、このわたしが」


 さもそれが責務であるかのようにトピアは言った。


「じゃあ……戦うのか」

「いえ、できれば戦いたくないので、不意打ちを狙います。つまりチャンスは一度だけ。それで失敗したら、戦闘に持ち込みます」

「だけど先生は強いんだろ? 不意打ちなんてできるのか?」

「できますよ。だって君は大和先生を第三支配サード・ペインで拘束できたじゃないですか」

「いや、あれは著者がそうさせたんであってだな。必ずしもお前の不意打ちもいけるとは―――」


 そこで俺は思い出した。非常に忘れてしまいがちなのだが、目の前のトピアも著者の創作物にすぎないことを。


 そう。わけだ。

 そしてその不意打ちが成功する理由として、以前著者が俺の体で使った第三支配サード・ペインを挙げている。ということは。


「でもそうか……。もしかしたら『著者の自粛』が発動できるかもしれない……!」




『―――つまりネ? 読者様によって捉え方は千差万別ではあるけど客観的に「絶対ありえない・絶対おかしい」と断定される展開に関しては、さすがの僕も自粛するって話ダ』




 著者は確かにそのように言っていた。

 小説は読者のためにあって、その読者にノーと言わせない配慮が不可欠とも。


(だから至極単純な話だ! 今のトピアの発言によって、と言っても過言ではないだろ!)


 ―――いやいやいヤ!? 完全に過言ですヨ!? 

 勝手に成功するって断定しないでくれませんカ!?


(あぁ、読者も俺の意図が理解できたはずだ。理解できなかったら何度もこのあたりを読み返してくれ。そして心置きなく断定してくれ。トピアの不意打ちは絶対に成功するって。失敗するのは絶対にありえない・おかしい展開だってな!)


 ―――ええッ!?  僕の声無視ですかッ!? あ、あの、一応僕どうやってトピアちゃんの不意打ち失敗させるか、決めてあるんですけどネ!?


(そんなの知るか! さっさと消えろ!)


 ―――こ、こればっかりは自粛しないヨ!? 絶対に不意打ち失敗するからネ!? 

 え、ちょっと待っテ! 主人公に致命的なネタバレさせられてませんかこレ!?


 …………はい、そんなわけで不意打ちは失敗するみたいだ。

 著者が自らネタバレしたせいで恐ろしくつまらなくなったな。

 今度こそこのラノベ、読者は見納めするべきだろ(常考)。




「つ、憑々谷君? えっとその……何の話でしたっけ? えへへへ……」




「!? おいテンパりすぎだろ! もちろんトピアじゃなくてお前のことだよ著者!」


 せめてキャラ崩壊をさせるな! 俺の知っているトピアがこんな恥ずかしそうにエヘ顔するわけないだろ! 俺を萌え死させる気か!


「こ、こほん。不意打ちについてですが、了解いただけますか?」

「…………まぁ。やるだけやってみればいいんじゃないかな」


 著者が自粛しないということは結局トピアは大和先生と戦うことになるわけだ。

 はぁ……とてつもなく嫌な予感がする(鬱)。


「それで? いつどこで不意打ちを狙うんだ?」

「決行日は明日の夜、場所はこの別荘ですね」

「えっ、明日?」

「そうです、明日二十三時頃に先生をここへ呼び出します。……明後日ではいつどこで君が襲われるか分からないので、そうするしかないんです」

「な、なるほど。あっちが動く前にこっちが動かないと計画倒れになるか。いきなりすぎてびびったけど」


 たった一日、されど一日だ。

 この早まった感覚は地味に心臓に悪い。


「続いて不意打ちの作戦内容ですが。これには君にもしてもらわなければならないことがありまして」

「……、それは?」

「大丈夫です。簡単なことですから」


 俺が渋面を作って訊ねてすぐ、トピアの左手には流麗なフォルムの長剣が出現していた。


 そしてトピアは……どこか楽しそうに言った。




「さあ、憑々谷君。

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