第47話/誓い

第47話


 しかし結局アリスのお菓子選びで十五分も要してしまった(それだけ買い込んだ)俺達は、コンビニを出たその足で資材倉庫に向かった。


 トピアの別荘というだけあって倉庫には彼女の私物が隠されていた。壁に立てかけられたベニヤ板の裏側に大きな段ボール。その中に保管されていたのはアルパカ柄のレジャーシートだ。


 トピアはここで飲食することがあるらしく、レジャーシートを手際よく床に敷いたのだった。




「………………。食べづら……」




 というわけでアボカド弁当を実食したいところなのだが、うーん……奇姫から横取りしなければよかったかもしれない。

 正直、罪悪感がハンパなかった。今頃泣いているのだろうか……。


「奇姫のことなら大丈夫ですよ。あの子は落ち込みやすい性格ですが心の芯は強いのです。そうじゃなければ保安委員なんて務まりませんよ」


 サンドイッチの包装を取り外しながら、トピアが俺の心中を見透かしたように言った。


「……だと、いいんだけどな」

「それともこちらのサンドイッチを食べますか?」

「いや。お前が食べたいのはそれなんだろ。遠慮しとく」

「では食べましょう。―――いただきます」


 いただきます、と俺も小声で呟いてアボカド弁当に箸をつけた。


(……おっ! タルタルソースとスライスされたアボカド、そして冷たいご飯の調和が取れてて……旨い!)


 何だこれ、どうしたらこんなカツ丼食ってるみたいな感覚になるのだろう。

 それだったらカツ丼よりずっと低価格で健康的なアボカド弁当の方がいいじゃないか!


「ふふ、食欲旺盛ですね?」

「あぁ、不思議とカツ丼みたいな触感だからな。まぁさすがに本物には勝てないけど、アボカドのマイルドっぽさも悪くない」

「そうですか。でも、ゆっくり食べないと消化に悪いですよ?」


 掻き込むように食が進む俺に対し、トピアが微笑みながら注意を促してくる。

 今更言うまでもないだろうが、こんな風に気遣いができる美少女が俺の理想の彼女だった。やはりトピアと添い遂げたい(切実)。


「あははー! ツっきんったらまだトピアのこと諦められないんだねぇ! ばぐばぐー!」


 ……うるさいな。というかお前、ちっこい体のくせにどうしてそんなハイペースかつ大量にお菓子を取り込めるんだ? 

 ブラックサ○ダーなんて五袋完食だ。一袋分くらいシートの上に食い散らかしているが。


 俺はアリスの下品な食べ方を嫌悪の目で見ていると、


「憑々谷君。先ほどコンビニでお伝えした件ですが」

「あ、そうだった。奇姫のことだろ。……俺がアイツを狂わせたって」

「はい。あの子はとても嫌がるかもしれませんが、やはり君も知っておいて欲しいんです」


 どちらからともなく俺とトピアはいったん昼飯をシートの上に置いた。

 そうしてトピアが言いにくそうに続けた。


「憑々谷君……いえ、君じゃない君のことです。分かりやすく『彼』と呼んでおきましょうか」

「そうだな。彼にしておこう」

「ではその彼ですが、女子寮の公衆浴場を覗こうとして失敗した話は知っていますか?」

「まぁ大体は知ってる。確か防犯システムが作動したんだろ? それで彼は女子寮から出られなくなって、やむを得ず逃げ込んだ先が偶然、奇姫の部屋だったんだよな」


 トピアがこくりと頷いた。


「はい、合っていますが補足しましょう。彼は公衆浴場に隣接するボイラー室の窓から女子生徒達の入浴を覗こうとしたんです。ですがその窓は浴場側からでなければ開けられない仕様となっていました。そのことを知らなかった彼はその窓を強引に開けようとし……防犯システムが作動したのです」

「アホだなぁ……」


 そのくらい男子寮で確かめておけよ、と言いたい。女子寮と同じ内部構造だと分かっていたからこそ、ボイラー室で覗こう企んだはずだ。だったら男子寮でちゃんと覗けるか試しておけよ(呆)。


「彼が部屋に逃げ込んだ時、あの子は着替え中でした。下着姿を見られてしまい混乱していましたが、あの子は彼を匿ってあげることに決めたんです。わたしから保安委員にスカウトされていたにもかかわらず」

「え? お前って……保安委員だったのか?」

「今は違います。保安委員を辞めたんです。異能警察の警察官になるために」

「あー、なるほど。つまり奇姫をスカウトした当時は保安委員で、その後に引き抜きでもされたんだな?」

「その通りです。あの子が保安委員に加入した直後でしたね」


 トピアが頷くものの、その顔色は曇るばかりだ。


「……話を戻します。彼が起こした騒動があって数日後、あの子は泣き腫らした顔でわたしに真相を教えてくれました。女子寮に侵入し浴場を覗こうとした彼を、部屋に匿ってしまった、と」

「彼が奇姫に、犯行の全てを吐いたんだったよな」

「そうです。問い詰めたら答えたそうです。そしてあの子はわたしに……保安委員にはなれないと謝ってきました。自分のやったことは保安委員になる者に相応しくないから、と」


 そう、だったのか……。


 俺も奇姫のやってることは矛盾しているんじゃないかって疑問だったんだが、実のところは彼を匿ってしまったことで彼女は……保安委員になるのを辞退しようとしていたんだな……。


「でも……そもそもどうして奇姫は彼を匿ったんだ? 彼を匿ってメリットなんかないだろ? むしろ匿ったのがバレたら……アイツも共犯になってしまわないか?」

、だそうです」

「……は? えっ、マジなのかそれは……!?」


 俺は奇姫の理性を疑いかけたが、


「いえ、君は今勘違いをしてますね? あの子が一目惚れしたのはその時ではありませんよ」

「! あ、ああ! 何だ、俺の早とちりだったか。でもそりゃそうか。部屋に侵入された時に惚れるわけないよな」


 とすると奇姫は以前から彼のことが好きで、だからつい彼の味方をしてしまったんだな。まぁそれもそれでどうかとは思うけれども。


(しかし、やっぱり彼女は正真正銘のツンデレラだったわけだ。ったく、『好きじゃないから反発してんでしょーがー!?』とか、よく本人の前で言えたもんだ)


「……あの子の謝罪や意志を聞いた上で、わたしは説得を試みました。保安委員になる前だからまだ許される部分はある、と。恋は盲目になりがちなので、判断を見誤ることもある、と。その失敗を糧にして保安委員で成功したらいい、と」

「説得、できたんだよな?」

「はい。あの子は保安委員の道を選んでくれました。……くれたのですが……」

「?」

「同時に、ある誓いを立てたんです。それは、自分を惑わせた彼には―――憑々谷君には『もう二度と心を開かない、絶対に容赦しない』というものでして……」

「へぇ……」


 誓い通りにできてるか? 

 できてないだろ(常考)。


 だったら奇姫は保安委員になる代償に惚れた男を捨てようとして、結果、ツンデレラになったのだ。

 本当は彼とイチャイチャしたくてたまらないのだ。


「なので不可視顕現インビジブルヴェールを用いて覗き見したり、武闘大会で優勝するよう指示したり、憑々谷君を偽者と推測して殺しかけてしまったのは……全部あの子自身が立てた誓いが原因なんです。本を正せば彼のせいなんですよ」

「……だからアイツが残念キャラになったのもそうだって?」


 納得できないことはない。彼に悪影響されて残念キャラになったという設定には同情の余地もないわけではない。


「はい。君も気づいていると思います。あの子はまだ憑々谷君が好きなんです。そうじゃなければ『ラブラブですね』だなんて焚きつけたわたしの感想に、耳まで真っ赤にしませんよ」

「まぁ確かに。あれじゃ好きだと気づかない方がおかしいもんな。……で、それほど狂いまくってるアイツに、俺は何をしてやったらいいんだ?」


 これは勘だった。俺が奇姫に何かして欲しいから、トピアはこうして話してくれたんじゃないか、と。




「わたしはあの子に、あの時立てた誓いを取り下げてもらいたい。ただそれだけなんです」

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