第175話/無駄足

第175話


 キキは雑草に犯された(?)ショックで、すすり泣きをする透明人間になってしまった。俺は彼女が透明なまま逃げ出すんじゃないかと警戒したものの、王城到着まですすり泣きは聴こえていた。


「おい。そろそろ泣き止んで姿見せろよ」


 城門には兵士達が壁にしがみついて見張っているというシュールな光景があった。俺はそんな彼らに入場許可を貰うため、構ってちゃんを相手にする心地でキキに話しかけた。


「…………。あんたさ、まずあたしに言うことあるでしょーが……。謝罪の言葉とか、慰めの言葉とか、」

「グッジョブ!」

「死ねええええええ!!」


 キキは姿を見せた途端、俺の首を絞めようと飛びかかってきた。だが両手のパワーは殺意ゼロだった。彼女もまた強風の中の匍匐前進で相当ぐったりしていたようだ。


 俺達に気づいた兵士達が慌てて彼女を取り押さえ、そのまま王城内へと引き摺り込んでいった(連行)。

 



「―――おお! そなたが勇者ツキシド殿でございますな!? この度は遠路はるばる我が国へお越し頂き、感謝いたしますぞ!!」




 宮殿もとい王城はまるで植物園のようだった。至る所にあるのは花瓶や鉢植えで飾られた鑑賞植物だ。それは王の間も例外ではなく、むしろ王の間こそが植物園そのままだった。―――床の大部分は培養土で土壌環境が整えられており、草花が直接地面に植えられている。ドーム型の天井は全面ガラス張りで日射しが入っており、王様の頭頂部が神々しく輝いていた。


「えっと、訊きたいことは色々あるんだが……個性的な王城だな?」


 植物ばかりで高価そうな絵画や骨董品などは一つも見当たらない。だが、今まで見てきた他国の王城の方が陳腐に思えるくらいに荘厳な印象だった。


「おお! ツキシド殿も植物にご興味がありますかな!?」


 くりくりとした目がいかにも情熱的に語りたそうだったが、


「い、いや。すまんが俺達は急いでるんだ」

「む……。それは残念至極でございますな……」


 しゅんとする王様。

 オッサンとはいえ、素直な態度が少し可愛かった。


「では此度のご用向きをお尋ねしてもよろしいですかな?」

「ああ―――」

「強風に晒されたこの国の窮状が知りたいわ」


 俺は風ノ国の王女の紹介を、と思ったが、すかさずキキが割り込んできた。


「……うむ。すでにお二方もご理解いただけただろうが、我が国の都民は家に引き籠もっておるのです」

「外は立って歩けないほどの強風だからよね?」

「五日ほどは続いておりますな」

「そんなに!?」


 キキが前のめりになって驚愕する。その隣で俺も動揺していた。

 ……火ノ国よりよっぽど生活に逼迫しているじゃないか!


(というか、マズい! もし仮にイツモワールが強風を引き起こしている犯人じゃなかったら……? 火ノ国を後回しにしてまで真犯人を捜すハメになるんじゃ……!?)


 そうなったら悩ましすぎる。大抵の勇者だったら先に風ノ国を救おうとするのだろうが、俺には余計な勘繰りが働いてしまう。

 実は火ノ国から先に救うべきだった、みたいな著者の罠を警戒してしまう。


(よ、よし、著者を意識するのはしばらく止めよう。どうせ俺が後手に回るのが毎回だろ。その時その時じゃないと的確な判断は下せないはず!)


 俺は無難に風ノ国から救うと決めて一歩前に出ると、


「……五日間も強風が吹いてるなんて見過ごせないな。俺が何とかしてやるよ」

「おお!? お忙しい御身でありながら我が国のため尽力してくださるのですな!?」

「ああ。勇者だしな」

「な、何と慈悲深いお方だ……。で、では今回は特別にそちらをお使いくだされ!」


 王様が植物の一つを指し示す。

 それは俺達のすぐ脇に生えていた蔓草だった。


「これを使う……? 回復薬だったりするのか?」

「違うわよツキシド。この蔓草、何かに絡みついていないかしら?」

「……、あ……」


 言われて気づいた。蔓草が生い茂っていて分かりにくかったものの、台座に絡みついていたのだ。台座があるということは、当然―――。


「……待ってくれ。俺には一応、らしき黄金物体が辛うじて見えたんだが。どうして蔓草が絡みついているんだ……?」

「それは……申し訳ない。植物を愛する者として、一度芽吹いたその蔓草を刈り取るのは厳しく……」

「…………」


 どうやらこの王様、勇者の装備よりも植物が大事であるらしい……(困惑)。


「だ、だが今しがた覚悟は決まりましたぞっ! さあさあどうぞご遠慮なさらずにっ! 蔓草のいましめを解き放ち、勇者の盾を手にしたまえっ、勇者ツキシド殿っっ!!」


「めっちゃ声震えてるんだが」

「そ、そそそそそそんなことはありませんぞっ! わは、わははははは!」


 王様が問題ない、と言いたげに笑うが、俺達にはやせ我慢しているようにしか思えなかった。


「……んで? 王様から許可が出たけどどうすんのよ? 今回も勇者装備はゲットしない気?」

「まぁ、な」


 呆れ口調のキキに同意する俺。


「王様を悲しませてまで欲しいなんて思わないし、そもそも勇者の盾はイツモワールを討伐できた時のクエ報酬だ」

「そうだったわ。今受け取っていい代物ではなかったわね」

「逆に訊くが、お前が勇者だったとしても特別待遇を受けようとしないだろ?」

「はあ? あたしだったらまず命懸けになってまでこの王城に来てないんだけど?」

「……、さいですか」


 実にキキらしい残念返答だ。この突っぱねるような刺々しい言葉は風ノ国の王女に無関心なのも要因となっているに違いない。


「ど、どうしましたかな? もしや偽物であると疑っているのですかな……?」

「いや……。すまんが本物だったしてもこの盾は不要なんだ」

「ふ、不要ですと!?」

「ああ。だから代わりにこの蔓草にはこれまで以上の愛情を注いでやってくれ。その方がたぶん意義がありそうだ」

「!! もちろんですとも! ええもちろんですとも……!!」


 植物好きの王様には願ってもない申し入れだったらしく、感激のあまり涙声になっている。

 となればチャンスだろう。彼の現在の心境を読み取れば、地ノ国の王様の時みたいに娘と会わせてやらんなんて怒り出すだろうか(反語)。


「頼む! 俺に王女様と会わせてくれ!」

「あんたねぇ……。どんだけ唐突に話切り替えてんのよ……」


 キキにドン引きされてしまう。コミュ障に向ける冷め切った双眸だった。

 しかし俺はキキを無視して王様のアクションをじっと待った。彼の娘を呼んでくれることを信じて!


「…………うぬぅ。わたしもツキシド殿に娘を紹介したかったのですが―――」


 王様ががっくりと肩を落とす。その直後には俺も真似していた。


「…………。会えないのか」

「ご要望に応えられず申し訳ない……。実はわたしの娘は一人旅が好きでしてな……」

「まだ帰ってきてないんだなっ! そんでいつ帰ってくるかも分からないと、そう言うつもりだろっ!?」

「きょ、強風のせいで帰ってこられずにいる可能性もあるのですが……。いや誠に申し訳ない……」

「……、あーくそぅ!」


 萎縮する王様を責め立てる理由などあるはずもなく、俺は髪を掻き毟った。


「ま、いないんだったら仕方ないわよね。ツキシド、酒場に戻るわよ」

「苦労してここまで足を運んだってのに、無駄足とかあんまりだろ……!?」


 ショックがでかすぎて無気力になりそうだ。俺のフィアンセなんて最初から用意されてないのでは、という疑念も湧き上がってくる。


「まさか……? 残念キャラとウザキャラのどちらかを選べってことなのか? そんなの詐欺だッ! こいつかアリスか選ぶんだったら、死んだ方がマシだッッ!!」

「本人の前で本音ぶちまけるんだから、あんたの死に方は焼殺ってことでいいのよねぇ……!?」


 キキの怒りが収まるまで、俺は城内鬼ごっこを強いられるハメになった(自爆)。

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