第174話/激レアシーン
第174話
リーゼロッテには徒歩でハーピー族の本拠地に向かってもらい、安全そうな地点を発見したところで戻ってくるように指示を出した。
「リーゼさん、どこまで本拠地に近づけるかしらね?」
「現実は厳しいだろうよ」
彼女はこの酒場を出発したばかりだった。……冗談抜きに災害級と言っていい強風の真っ直中に、平然と出て行った。
「リーゼロッテに言った安全そうな地点ってのは、俺達にとってのことだしな。本拠地に近ければいいって話じゃない」
「あ、あのぅ。本当にわたし達もハーピー族の本拠地に行くんですか……?」
恐る恐るといった調子で、ナクコが愚問を投げかけてくる。
「風が強くないという条件もそうですけど、ハーピー族に見つからない地点なんて本拠地周辺にあるんですかね……」
「さぁな。だがそのあたりも含めてリーゼロッテに指示したんだ。俺が直接指示した以上は……あいつには悩んででも決めてもらう」
「あははー、ツっきんのくせに超偉そう! たかいたかーい!」
「ぴゅ~ん!」
アリスとヒツマブシは暇なのか戯れている。緊張感ゼロだった。
「じゃあ、やっぱりあんたは……ハーピー族の本拠地に全員で乗り込もうって考えなのよね」
「そうだ。あいつを奴隷みたいに顎で使い倒すのは、仲間として絶対やっちゃいけない行動だ」
仮にそんな暴挙に走ったら俺は……勇者的にもドラゴン族的にも、そして主人公的にも俺失格だ。俺が俺自身を決して許しはしない(迫真)。
「別にわたしは反対するつもりないけど……いずれにしてもリーゼさんがゲートを使ってここに戻ってくるまで、あたし達は待機を強いられるわけよね」
「あぁ言われなくても分かってる。今お前は大層ご不満なんだろ?」
「……、はあっ?」
「結局リーゼロッテに苦労かけさせてる拭いきれない事実が、お前の正義()に反している」
怪訝顔になったキキを尻目に、俺はナクコに声をかける。
「すまんが適当にクエスト探しでもしといてくれないか」
「えっ!? つ、ツキシドさん!?」
「ついでにアリスとヒツマブシの保護者役も頼んだ。この酒場から外に出ないよう見張っててくれ」
「な、何をするつもりなんですかぁ!?」
ナクコが驚くのも無理はない。
―――俺は酒場の扉を開け放っていた。
「キキ。俺達は王城に行くぞ」
「はあっ!? どういう流れでそうなるのよっ!?」
風に支配された屋外はとてもじゃないが立って歩ける状況ではない。
しかしだからこそ俺は決意を固めた。
「いいかよく聞けキキ。俺達はやるべきことだらけで忙しい。だがな、それでも風ノ国の王女に会うイベントを無視するわけにはいかないんだ」
「王女に会いたがってんのはあんただけでしょうがーっ!?」
酒場に風が侵入してくる。
キキの紅蓮の長髪が炎のように逆立った。
「いいや。俺とお前は仲間だ。仲間には強い絆が求められる。つまりお前は今、その絆を試されていると言っていい」
「あんたねぇ、」
「断っても構わない。お前の代わりにアリスを連れて行くだけだ」
「一人で行けばいいじゃないの!」
「王女がいると王城での立ち回りが楽なんだよ。……とはいえ、セーラー服のアリスを外に出すとパンモロ祭りになるんで、俺はお前を連れて行きたい」
「こんだけ風が吹いてるってのに!?」
「リーゼロッテはいつ帰ってくるか分からんし、安全圏で何もせず待ってるより刺激的にイベント消化してる方がマシじゃないか?」
「……あぁもう!」
キキが肩を怒らせながら酒場の玄関口へとやって来る。
「んで!? 王城までは匍匐前進でもするつもり!?」
「お、おう」
「いいわ! 付き合ってあげるわよ匍匐前進! けどもしあんたからリタイア言い出したら即爆炎剣よ! 風に運ばれるよう細かく灰にしてあげるから覚悟しときなさい!?」
「あはは……。頑張って下さいね……?」
ナクコに引き攣った笑みで見送られ、俺達は酒場の外へと出る。
すぐさまうつ伏せになった。
「ってか、肝心の王城はどこにあんのよ」
「あれだろ―――」
殺風景な無人の大通り。
その先に宮殿のような建物が辛うじて見える。
「…………。あそこまで匍匐前進で……?」
距離にして優に一キロはあるためか、早速キキが弱音を吐いた。
俺も気が遠くなる感覚だったが、
「さっさと行くぞ。ぼさっとしてたら日が暮れてしまう」
「ね、ねぇ!? やっぱり止めといた方がいいんじゃないかしら!? 時間がもったいないのは同意だけど、無理は禁物だと思うのよ!」
「……、」
「だいたいあんた、新しい服に替えたばかりじゃないの! 汚しちゃっていいわけ!? そこまでして王女に会いたいの!?」
キキの制止には俺の心に迫るものがあった。確かに、ナクコ達からプレゼントされた服で匍匐前進はしたくなかった。
だが
「……だったら、俺と約束できるか?」
「は? 約束?」
「この強風を解決した後、俺に王女と会う時間を設けることだ」
「イヤよ」
「よし行くぞ」
交渉決裂だった。
というか交渉の余地がないほどの即答だった。
「今更だけど、あんたって自己中よね」
「お前にだけは言われたくない! そこまで面倒な約束でもないだろ!」
「イヤなものはイヤなのよ。偉い人達との会談は神経使うし、連絡もなしに訪問とか失礼じゃないの。本音は行きたくないんだっての」
キキが渋々といった様子で後ろを付いてくる。
―――と、その時。
「……ぐぼがっ!?」
突如、俺の正面から巨大な草が転がってきた!
西部劇でお馴染みの『タンブルウィード』という回転草が俺の顔にぶつかってきたのだ!
「お、おいいいい!? あんなの避けようがないだろっ!?」
強風のせいで転がる勢いも尋常ではなかった。俺にぶつかってきたタンブルウィードは何事もなかったかのように猛スピードで去っていく。
「ちくしょう! 顔中が雑巾みたいに臭ぇ! 最悪だ!」
「だったら……洗顔のために、一度酒場に戻った方がいいんじゃないかしら」
「ふざけんな! 酒場に戻ったらお前そのまま居残るつもりだろ! 俺をそんな親切心で騙そうたってそうはいかないからな!?」
「あ、そう。なら前をよく見たらどうかしら……!?」
「……、前?」
と言われ、俺は後続のキキから進行方向に視線を戻すと。
「んな……!?」
絶句した。いつの間にか大量のタンブルウィードが出没し、俺達の方に猛スピードで転がってきていた!
「さぁ、どうすんのよ……?」
「ど、どうするって言われてもだな、もはやこれは、」
「どうしてくれんのよ――っ!?」
キキが絶叫したのは彼女自身も悟ったからだろう。もはやこれは逃げ出そうとしたところで間に合わないと。
俺達はタンブルウィードの大群に揉みくちゃにされてしまう(確定)。
「し、信じらんないっ! あたしこの世界じゃ王女なのよ!? 王女があんな汚らわしい雑草の下敷きにされるなんてっ! そんな屈辱、好きでもない男に処女を奪われるのと一緒だわ!!」
「い、いや、さすがに一緒ではないだろ……」
こいつは冗談に聞こえるものをマジ顔で言うから非常に困る。
まぁ雑草に襲われる王女が激レアなのは間違いないが。
「あっ、そうか。おいキキ」
「何よ最低勇者っ!?」
「お前は今泣きたい気分なのかもしれないが、キャラ的には最高に美味しいところだからな?―――そこんとこ踏まえた上で、どうぞ本番のリアクションよろしく!」
「ご、ごろじでやるううううううううううううううううううううううう!!」
……キキの絶叫が強風に勝るとも劣らない大音響を叩き出した時、ついにタンブルウィードが続々と俺達を轢き逃げしていった(完)。
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