第176話/サービス精神旺盛

第176話


 新しい王女に会えず悶々としたまま死に物狂いで酒場に戻ると、リーゼロッテが優雅に紅茶を飲んでいる姿があった。


「……え? ひょっとしてお前、」

「はい。安全地点が見つかりましたので」


 リーゼロッテがすんなり肯定してきた。俺とキキが強風とタンブルウィードに振り回されていた一方で、彼女の方は何ら苦労しなかった様子だ。

 正直、気に食わない(涙目)。


「王城でのご用がお済みでしたら、早速わたくし達も向かいますか?」

「あぁ、そうだな……。……って、あれ? そういえばアリスとナクコと……ヒツマブシはどうした?」


 なぜか酒場にはリーゼロッテと店主しかいなかった。

 外はまだ強風が続いているし、ここにいないなんて妙だ。


「先に向かわせました」

「えっ、」

「時短が目的でございます。わたくしが見つけた安全地点からハーピー族の本拠地まで、かなりの距離がありましたので」

「か、かなりの距離? いやそれよりお前、先に向かわせたのか!? あいつらだけで!?」


 時間が惜しいのは事実だが、だからといって本拠地へ先行させるとは! 

 地ノ国ではキキに同じことを指示して酷い目に遭っただけに、こればかりは彼女の判断を許容できない。


「はい、その通りでございます。実際にご覧いただければ、わたくしの判断にもご理解いただけるかと」


 俺から叱責されると勘づいてか、リーゼロッテはそう言ってゲートを出現させた。


「まぁまぁ。落ち着きなさいよツキシド。非常食はともかく、アリスとナクコは簡単にドジ踏んだりしないわよ」

「なるほど、確かにそうだな。少なくともお前よりはドジ踏まないもんな」

「ぶっ殺してあげるわ!」


 キキが剣を抜いたので脱兎のごとくゲートの中へと全力疾走する。……ちなみにこの時、アリス達の心配よりも俺自身の命の心配が勝っていた。


 ゲート内をほんの数秒で通過すると、世界が三百六十度変わった。


「…………。なっ……!?」


 最初に俺の視界に飛び込んできたのは巨大な壁だった。しかもそれは俺の想像の域を遙かに超える存在だった。


 木だ。バカデカい木が俺の眼前にあった! 超高層ビルのように威圧的な風格で地面から生えている。

 周囲の木々と比較してみると百倍は大きいと思われる(絶句)!


「―――背中ががら空きなのは諦めた証拠よね! 喰らいなさい、爆炎剣ッッ!!」

「や、止めろキキ! ここで火を出したら木が燃えちまう! いやお前の能力程度じゃ燃えるわけないけども!」

「はあ?……って、ええ!? どんだけデカい木なのよっ!?」


 キキも途方もない高さの木に瞠目していた。

 その背後からリーゼロッテもやって来ると、


「ツキシド様、キキ様。この木の頂上に、ハーピー族の本拠地がございます」

「「!! ちょ、頂上ッ!?」」


 俺達はさらに驚かされた。咄嗟に頭上を仰いでみるが、この木の頂上なんて見えるはずがなかった。頂上までが遠すぎるのも理由だし、巨大な葉っぱや枝が俺達の視界を塞いでいたのだ。


「ほ、本当に、ハーピー族の本拠地が頂上にあるのか……?」

「はい。そちらの草陰に倒れているハーピー族から吐かせましたので」

「……、うおっ!?」


 そこにいたのは紛れもしない半人半鳥ハーピーだ。両手と両足が完全に鳥の体つきで一致している。ふさふさな羽毛は豊満な胸と下半身の大事なところを隠すくらいで、他は人間と変わらず剥き出しの肌を晒していた。


「……なぁ。前から不思議に思ってたんだが。どうしてメスのハーピーって人間の女性みたいにサービス精神旺盛なんだろうな? こんな格好じゃ水着姿と変わらないだろ?」

「あ、あたしに訊かれても困るわよ。……それよりこの子、まだ生きてるわよね?」

「はい、殺してはおりません」


 確かに綺麗な寝顔には生気が見て取れた。たぶん『ブラッディ・アウト』とかいう技で気絶させただけなのだろう。特に負傷箇所もなかった。


「……ここがお前が見つけた安全地点なんだよな。まぁこのハーピー族一匹しかいないんだったら、間違ってはないかもな」

「念のため周辺も見回りました。安全確認は完了しております」

「そうか。じゃあ一つ質問いいか?」

「どうぞ」

「俺達はこのギネス級の大木を、どうやって登ればいいんだよ……?」


 俺とキキは顔中に絶望感を湛えていた。

 この地点が無風なのは幸いなのだが……(大汗)。


「ギネス級……? よく分かりませんが、裏手に階段がございます」

「階段あんのかよっ!?」


 てっきりアリス達はアリスの飛行能力で先行していると思っていた。それだけに、俺のツッコミは拍子抜けの色合いが強かった。


 裏手に回るだけでも一苦労だったが、リーゼロッテの言う通り階段があった。それは非常階段のように大木に備え付けられている。手作り感のある木製の階段だった。


 とはいえ、だ。

 俺は目をごしごししてから改めて階段を仰ぎ見る。そして一言。


「…………。うーん、階段の長さもギネス級じゃないですかねぇ……」


 いよいよ立ち眩みがしてきた俺。これから登り始めなければならないと思うと余計に血の気が引くようだった。


「ねぇ、アリス達は今どのあたりにいるのかしら? あたしには見つけられないんだけど」

「ここからだと枝や葉っぱに隠れてしまってるんだろうよ。……とにかく急ぐぞ。あいつらが頂上に着く前に追い着かないとマズい」

「ご安心ください。ナクコ様とアリス様には体力を温存しながら登ってくださいとお願いしてあります」

「……、さすがだな」


 結果的に悪くない判断だと思った。

 アリス達を先行させたのは見ての通り階段が長すぎるからで、彼女達の体力を考慮してのことだったのだ(感心)。


(……けど、百点満点の判断かと言ったら違うよな。例えばリーゼが階段の中腹あたりまで登ってくれてたら、俺達はその地点から出発できたんだ)


 無論ほぼ俺のわがままだ。そもそも階段は安全地点とは言いにくい。

 何よりリーゼロッテの負担が増えてしまうのはよろしくない。だから彼女の判断はあくまで正しいのだ。


「ツキシド様、いかがなさいましたか?」

「いや……。けど念のため急ごうか。ハーピー族が階段を登ってる途中に現れないとは限らないしな」

「そうよね。アリス達が心配だわ。地ノ国であたしがグール族に襲われたみたいなことにならなきゃいいけど……」

「ま、連れ去られる心配はないだろ。著者的に、立て続けで似通った展開にはしないはずだ」

「ちょしゃ……?」とリーゼ。

「聞き流してくれ。こっちの話だ」


 著者を信じて俺達は木製の階段を登り始める。

 ……体力なんて王城を行き来したせいで皆無だが、こればかりは気力で何とかするしかなさそうだ(憂鬱)。

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