第167話/俺達がやるべきこと

167話


 翌朝になっても雪の勢いは止まらなかった。


「……キキ」

「ええ、分かってるわ」


 王城を出たところでは多くの兵士が白い息を吐きながら雪掻きしていた。

 さらに城門の向こう側では……ろくな道具も持たない都民の困り果てた姿があった。


 この国の王女であるキキは、そんな火ノ国の惨状を朝早くから眺めていたようだ。―――彼女の頭には雪が積もっていた。


「あんたが言いたいことは分かってる。黙って見てる暇があったら雪掻き手伝ってやれよ、って言いたいのよね」

「いや……。お前が何時間も頑張ったところでこの雪は片付かないだろ」


 はっきり言おう。雪掻きするだけ無駄だ。

 数時間後には雪掻き前と変わらない量の積雪になっていると想像がつく。


「そう、よね……。あたし一人でこの国の経済損失を減らすなんてこと、できないわよね……」


 さすがのキキでもお手上げのようだ。彼女お得意の残念思考で解決策()を見出すんじゃないかと警戒していたのだが。


「ねぇ、お父様には会った?」

「いや。けどそうか、泊めてくれたことにお礼しとかないとな」

「お礼ならいいわ。あたしの家だもの。……というより、まだ会ってないんだったら、お父様のことはそっとしておいてもらえるかしら?」

「え?」

「実はお父様……この雪のせいで伏せってしまったみたいなのよ」

「……………。マジか」


 ただでさえ燃えカスみたいなやつれ具合だったのだ。この国に大した魅力がなくて日々苦悩していた矢先、こんな異常気象の被害を受けては……そりゃショックで寝込むよな……(同情)。


「心配しないで。お父様は元気になられるわ。あたし達が魔王を倒した頃には、きっとね」

「魔王討伐か。その件でお前に話がある」

「話?」


 俺は大真面目に悩んでいた。グリーヴァに余計な情報を与えた彼女をクビにしてやろうかと。

 だがもはや……彼女の失態を責める必要などなくなった。


「なあキキ。お前は俺達と一緒にいて平気なのか?」

「……、どういう意味よ?」

「お前の国が今こんなにも大変な有様なんだぞ? 王女のお前だからこそ、今この国でやれることってあるんじゃないのか?」

「それは……ううん、何も無いと思うわよ」


 何かを言いかけ、しかしキキは悲しげに頭を振った。


「だってあたし、まだ一年しかいないし。死にもの狂いになってたのはあくまで王女になりきることよ。あたしにはお父様の代わりは務まらないわ……」

「そうか……。って、当たり前だよッ!」


 しょんぼりしているキキに、俺はあえて容赦ないツッコミを入れてやった。


「ったく、お前は相変わらず残念キャラ一筋だな! 王様の代役やるなんて言い出したらな、むしろ俺は引き摺ってでもお前を連れて行くぞ! 残念も休み休み言え!」

「な、何よ!? じゃああんたはどんな答えを期待して質問してるわけ!?」

「そんなの決まってるだろ。王女のお前だったら……この王都を歩くだけで人々を勇気づけられるんじゃないか?」

「……あ」


 ハッとする残念王女。やはりどこまでも残念なやつだった。


「俺はちゃんと覚えてるんだぞ? 道端の占い師、屋台の老婆、物拾いの少年。―――お前が歩くと色んな人達が賑やかになるんだ」


 これだけは認めてやってもいい。

 キキはコミュニケーション能力が高い。

 少なくともこの世界の彼女は間違いなくそうだ。


「どうする? 俺は構わないぞ。お前がそうしたいって言うなら、尊重してやる。そうしたくないって言うなら、強制してやる」

「へぇ、あんたってば意外に気が利くのね……。……って、強制ッ!? それじゃあたしに選択権なんてないじゃないのッ!?」


 ……ちっ、バレたか。

 雰囲気で騙されてくれると思ったのだが(残念)。


「まぁ細かいことは気にするな。ようやくお前の存在意義が見つかったんだ。この国のために、サンタコスでお菓子でもばら撒いてあげてくれ」

「絶対それこの国のためじゃないわよねぇ!? あんたのためよねぇ!?」

「ははは。よく分かってるな。安心した」

「安心してんじゃないわよおおおおおおおおお!!」


 キキが怒り心頭に発して雪玉を投げつけてきた!


「いいこと勇者ツキシド!? あたしはあんたに説得されなくたってね、この国のため自分がやるべきことを見定めてあんのよ!」

「ちょ、おま!?」


 雪玉を作って投げるまでが超絶に早い! 

 こいつ雪合戦のプロかよっ!?


「もちろんあんたにも付き合ってもらうわよ! じゃないと力を貸せないってリーゼさんが言ってたし!」

「は!? お前、いつの間にリーゼロッテに協力を仰いで……!?」

「昨夜あんたが伸びている時よ! それ以外にないじゃないの!」

「ぐがっ!?」


 雪玉を避けるのが難しくなり、次々と俺の体にヒットしていく。

 まさにこの雪玉のように会話も一方的なものだった。


「今後についての話し合いに参加しなかったあんたに拒否権はないわ!」

「い、いつ話し合いをぼっ!?」

「だからあんたが伸びている時よ! そしてアリスもナクコも賛成済み! あんたの非常食もぴゅっぴゅっ言ってたわ!」


 女性陣はともかくヒツマブシはどういう鳴き声してるんだ!? 

 卑猥にしか聞こえない! 発情期だったりするのか!?


「り、理不尽……ッ!」


 俺は降参とばかりに雪の中へ倒れ込む。

 すると間もなくキキが勝ち気な笑みで俺を見下ろしてきたので、


「…………。それで? お前がやるべきことってのは?」

「とぼけてんじゃないわよ。あんた知っててあたしを怒らせたんでしょーが」

「…………。別にお前を怒らせたかったんじゃないけどな……」


 だが確かに知っている。

 キキがやるべきこと―――もとい、俺達がやるべきことを。


「リーゼロッテからは夜中に聞かされてある。この国が雪ノ国になったのは……ミヨーネという魔王有力候補の仕業じゃないかってな」

「ミヨーネ……水ノ国に住むらしいわね」

「ああ。それとさっき、リーゼロッテが動けるドラゴン族達に調べさせた結果が届いてな?……火ノ国と水ノ国の国境上空に、がいたらしい」

「え? それってつまり―――」

「そうだ。んだとよ、そのハーピー族がな」


 リーゼロッテの予想はこうだった。

 ……トード族は魔法が得意な魔族なので大気中の水分を操った。風を操るのが得意なハーピー族が風を起こせば……意図した場所に大雪を降らせられる、と。


「そんなわけでミヨーネじゃなくてハーピー族を先に何とかしなければならない状況だったんだよ。……俺達がやるべきことは『これ以上火ノ国に雪を降らせないこと』だもんな」

「そ、そんな……! じゃあやるべきことが増えたの!?」


 正解だ。ハーピー族は風ノ国に本拠地を構えている。風を起こしているハーピー族を何とかするには、その長であるイツモワールを倒さなければ根本的解決にならない。


「国境のハーピー族を倒したところですぐ新たなハーピー族が補充されるだけだ。

トード族とハーピー族は手を組んでる疑いが強いからな」

「でもやっぱり分からないわ。ミヨーネはドラゴン族を始末するのが目的なんでしょう? なのにどうしてこの王都にまで雪を降らせてるのかしら……」

「それはこの王都が俺の―――リーダーの本拠地だと思われてるからだろ」

「! ついでってこと!? で、でも充分ありえる話だわ! 何せ勇者の剣を預かってた国だもの! 勇者の誕生を嫌ってのことかもしれないわ!」

「リーダーと呼べっての」


 言いながら俺は立ち上がった。

 いいかげん雪に埋もれながら会話するのもキツくなってきた。


「ところでお前……リーゼロッテからは結構教えてもらったのか?」

「は? どういう意味よそれ?」

「い、いや。何でもない……」


 俺の知らない内に女性陣で話し合いをしたなら。キキに俺が魔王有力候補であるとバレたり、ナクコとリーゼロッテに俺が勇者であるとバレたかもしれない。

 しかし彼女の反応からすると大丈夫だったようだ。


(……そうか。もしかしたら俺の視点じゃないとバレる危険はないのかも。俺がいない時にバレたって何の面白味の欠片もないからな)


 段々とだが著者の立場に立って考えが読めるようになってきた。

 ここは小説の中であってラノベの世界。ありとあらゆる常識が必ずしも俺の元いた世界と同一とは限らない。

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