第8章/雪ノ国、風ノ国
第166話/わたくしを好きに
第166話
「ツキシド様のせいでドラゴン族は絶滅しました。大変残念な結果ではありますが、ツキシド様にも何か深い事情があったのではないですか?」
ふと気づくとリーゼロッテがぴったりと俺に寄り添っていた。
それも驚くべきことにベッドの上でだった。
「お、俺は……」
「いいえ。今はお答えにならずとも結構でございます。なぜならわたくしが今すべきことは……ツキシド様を慰めることですので」
「……え!?」
途端、リーゼロッテが体勢を変えてきた。それはまるで彼女が俺を押し倒したかのような、ラブコメによくあるシチュエーションだった。
「な、なななななな……!?」
俺は激しく動揺してしまう。ついこの前はアリスと似た状況になったが、あの時と今では全く比較にならなかった。魅惑のデカパイが目の前にあるのだから……!
「さぁ、ツキシド様。わたくしを好きに」
な、何だって!? サキュバスのお前を……好きにしていいと!? う、嘘だ、絶対に罠だ! 胸を触った瞬間に萌ノ国の王様に変貌したりするんだろう! そんな簡単に俺は騙されない!
「ご安心ください。わたくしは本物のリーゼロッテでございます」
「! ほ、本物なのか……?」
「はい。疑われているのでしたら、一度触ってみてはいかがでしょう」
そ、そうだな……確かに触ってみてからでも問題はないか。
というか騙されてもいいような心地だ……。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えようか……」
「どうぞ」
俺は恐る恐る彼女の胸に腕を伸ばした。
「? あれ???」
伸ばしたはずの腕が―――実際には動いていなかった。
「って、お、おい。どうして俺の両腕が……ベッドに固定されてるんだ……!?」
両腕だけではない。両足もだ。
これでは彼女とイチャイチャなんてできないじゃないか!
「ツキシド様? どうかされましたか?」
「いやお前、とぼけるなよ! 俺が動けないと分かってて誘惑してるんだろ!? 悪魔だけに性格最悪だな!」
「はあ。なぜ動けないのです?」
「なぜって、そりゃお前、俺はこんな具合にベッドに縛られてるからだよ!」
「縛られている? だから動けない? だからわたくしの胸を触れないと?」
「そ、そうだよ! ぶっちゃけ死ぬほど触ってみたいけど触れないんだよ!」
「死ぬほど、ですか? それでしたらますます理解できませんねぇ?」
と、リーゼロッテが見たことのない表情を作った。
それはグリーヴァが破顔したのと同等以上の……狂気を湛えていて。
「わたくしの知っているツキシド様でしたら。わたくしの胸を触るためだけにベッドごと破壊しておりますが???」
「……ひっ!?」
俺はがばりと起き上がった。
そして心臓あたりを鷲掴みした。心臓の鼓動が……激しかった。
「はあ、はあ……!? い、今のは……夢、だったのか……!?」
リーゼロッテの胸を触れなかったとはいえ、この夢オチにはがっかりしなかった。
あのまま夢の続きを見ていたら俺は……狂気モードの彼女に殺されていた。そんな気がするからだ……(畏怖)。
「ツキシド様。お目覚めですか」
「え!?」
俺はギョッとした。
ベッドのすぐ傍にリーゼロッテが立っていた!
「や、やめろぉ! 俺はお前に慰められたくないッ!!」
「はい? わたくしがツキシド様を慰める? それは何のご冗談です?」
「…………。は?」
思いがけない言葉が返ってきて、俺は文字通り開いた口が塞がらなくなる。
「もしやお忘れなのですか。ご奉仕は無理でも強くて爆乳なら構わない―――そうわたくしにお告げになったではありませんか」
「…………」
そんなこと言ったのか俺。だとしたら相当のアホだ。こんなデカパイを部下にしておきながらご奉仕を諦めるとは。別の意味でツキシドは魔王有力候補に相応しくないな……(溜息)。
「この部屋は……火ノ国の王城か?」
「はい。キキ様にご提供していただきました」
どうりで見たことのある部屋だった。
照明が一個も点いていなかったので少し判別しにくかったが。
「そうか……。俺達は火ノ国に……」
「はい。彼女達も別室で就寝中のはずでございます」
となると中途半端な時間に起きてしまったわけか。外はまだまだ暗いのだろう。
「……本題に移ろうか」
「はい」
「お前、本拠地で俺を気絶させたよな。どうしてあんなことしたんだ」
怒りは湧いてこなかった。リーゼロッテの独断専行なのは確かだが、俺が錯乱していたのも確かだからだ。
氷漬けになっていたドラゴン族達。氷像の博物館みたいな異様な光景。訳が分からない状況だった。
「申し訳ございません。初めてツキシド様が焦っていたようにお見受けしましたので」
「……、」
なるほど……あの時の俺は『彼女の知っているツキシド』ではなかったからか。
そう言われてしまうと納得せざるを得ない。
「ですが、ナクコ様からお聞きして納得いたしました。ツキシド様。あなた様は今、記憶喪失なのですね?」
「! あいつ……」
ナイスだナクコ。記憶喪失と伝えておけば『彼女の知っているツキシド』じゃなくても安心だ。さっき夢で見たようにツキシドの偽者と疑われなくて済む。
「どうなのです、ツキシド様?」
「あ、あぁ……。ところどころ、記憶が曖昧なんだ……」
俺は小声で言った。彼女が俺の記憶喪失を許容してくれるとは限らないので、多少の不安があった。
「……そうですか。となりますと、ミヨーネ様の仕業でしょうか」
「ミヨーネ?」
「魔王有力候補のミヨーネ様です。彼とツキシド様は仇敵と言っていい間柄でした。ツキシド様の記憶に何か仕掛ける者がいるとすれば、彼以外にありえないでしょう」
ミヨーネか。新しい名前が出てきたな。
しかも魔王有力候補でツキシドの仇敵とは穏やかじゃない話だ。
「そしてミヨーネ様こそが、ドラゴン族の本拠地に異常気象をもたらした犯人なのでしょう」
「え? ミヨーネってやつが雪を降らせた犯人……!?」
「はい。ドラゴン族達を氷漬けにしたのも、恐らくは彼の仕業です」
「じゃあドラゴン族達が氷漬けになっていたのは俺のせいじゃなかったんだな?」
「いいえ、ツキシド様のせいです。あなた様が本拠地を訪れていたなら、ミヨーネ様の襲撃を防げていたのですから」
「……あー……」
そういう意味でリーゼロッテは俺のせいだと言ったのか。ミヨーネという魔王有力候補を知らなかった俺には誤解してしまうのが自然の成り行きだったのだ。
「何だよ、俺はてっきり雪が降ったからドラゴン族達が氷漬けになったもんだと……」
「その線は考えにくいですね。雪を降らせたのは別に、ミヨーネ様が本拠地を直接襲撃した線が有力でしょう。それと、」
リーゼロッテが窓辺に近づいていく。
カーテンをゆっくりと開いていった。
するとどうだろう。
真夜中であるはずなのに外は明るく、この部屋にも光が入ってきた。
「あれは……雪!? まさかこの王都にも雪が降ってるのか!?」
「その通りでございます。ミヨーネ様による被害がここまで及んでいるのです」
「な、何て化けモンだ……。火ノ国を……雪ノ国に変えたのか……!」
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