第160話/撤退

第160話


 外見はほとんど変わらない。しかしだからこそ、巨人化したグリーヴァに狂気を感じないはずがなかった(畏怖)。


「―――ふン!」


 元の五倍くらいの体格になったグリーヴァは、足下で蹲っていた騎士団長を蹴りつけた。拘束された騎士団長の体は紙切れのように吹き飛び、大勢の仲間がいる地点に転がり落ちた。


「どどど、どーですかァ―――!? これがオレサマのスバラシキ腐敗錬成ッ! 魔族の指輪のチカラなんだよォォォ―――!!」


 びゃハハハハハハ!! と鼻高々に哄笑するグリーヴァ。唖然と見上げている騎士団を小馬鹿にしているようだった。


 と、グリーヴァが俺をちらりと見てきた。

 丘の上にいる俺と同じ目線の高さだった。


「…………。一暴れするから、その後がお前の出番だ、ってか」


 そんなアイコンタクトのつもりだったのだろう。無論、公開処刑という意味での出番となるはずだ。あぁ激しく逃げ出したい(切実)!


「けど、魔族の指輪の力だって? 錬成と同時に使ったのか……?」


 だとすればどんな効果だったのか。腐敗錬成の補強とかだろうか。人間族の血のみならず魔族の指輪にもそんな効果があったとしら……これだけの規模の腐敗錬成にも納得がいく。魔王有力候補に恥じない芸当とも思える。


「―――さァてさてェエ? 我らが同胞のためにィ、もっともっとォ赤い血を提供しちゃってもらおうかなァァン!?」


 巨人が拳を振り上げる。

 彼の周囲には誰もいなかったが、




 ―――彼の拳が大地に叩き付けられた瞬間、地面が荒波のように隆起しながら戦場の最前線を真っ二つに引き裂いていった。




「…………っ!?」


 それは安全圏にいる俺でさえ息を呑む光景だった。まるで地中に埋設されてあった地雷が一挙に爆発したような……その域をも凌駕した衝撃波だった。



「「「ぐあああああああああああああああああ―――!?」」」



 グリーヴァの無慈悲な錬成攻撃に被害者の悲鳴が重なった。その中にはグール族も大勢いた。



「悪ィな。血に飢えたテメエらを大人しくさせるにはこうするしかねェと思ったんでなァ? まぁ後はオレサマに任せて治療に専念してろ。……テメエらは前座として充分働いてくれた」


 敵陣に歩き始めた族長からそんな労いの言葉をかけられると、全てのグール族が戦場の端々に移動を始めた。重傷者に対しては錬成による治療を施しながらの退避だった。彼らも連携が取れるほどには落ち着いたらしい。


 一方で騎士団は全く落ち着きがない。巨人のグリーヴァに間合いを詰められて及び腰になっている。さっきのような攻撃をされる前に撤退しそうな雰囲気だ。


「どォーしたよ騎士団連中どもの皆サマン!? オレサマのこの姿に怖気づいて逃げたそうじゃありませんかねエェェン!?」


 グリーヴァの歩幅が大きくなる。弾むような歩調になっていく。


「えっ、正気? マジ逃げんの? これ最後の戦争なんだけど? 止めてよォ」


 グリーヴァの放つ狂気に耐えきれず、ついに騎士団が撤退を決めて王都に走り出していた。




「逃げないでよオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ――――――――――!!」




 グリーヴァが―――跳んだ。それはカエルめいた大跳躍だった。異質な脚力で夜空に身を投げ出し、そのまま騎士団の退路へ回り込んだ。


 たった一回、ぴょんと跳んだだけで追いつくどころか追い抜いてしまったのだ……!


「ナンでェ? ナンでナンでナンでナンでナンでエエエェェェ―――!?」


 グリーヴァが失望した目で騎士団を見下ろす。


「おかしいだろォ、ねェエン!? テメエらはオレサマを潰さないとマズイ立場じゃあねェのォ!? 命に代えてでも国を守るって王サマに誓ったんじゃねェのオー――!?」


 だがその問いに答える者はいなかった。

 誰一人として巨人のグリーヴァに勝てる気がしなかったからだろう。

 俺だってそんな気がしてならなかった。

 最終兵器ツキシド、要らないのでは……(複雑)。


「…………あ! 今とっても無慈悲なこと思いついた。テメエらをゼッタイこの戦場から逃げられないようにしちまおう!」


 そう言って再び拳を地面に突き刺すグリーヴァ。


「はいどーも、に無慈悲ダイチュキでェす! あっぴゃアー!!」


 突如遠方の地面がせり上がり、それは彼の意のままに巨大な壁を形成していった。戦場を包囲するように、グリーヴァ自身も自力では越えられないくらいの高さの壁を……!


「や、やり過ぎとかいうレベルじゃないぞ……!?」

「ぴゅ~ん……」


 案の定と言うべきか、俺とヒツマブシも壁の内側にいた。

 俺達も間接的に逃げられなくさせられたのだ……(絶望)。


 これは壁というかもはや山だ。登ってみるなんて発想すら浮んでこない。騎士団の人達も絶望していることだろう。

 ―――そんな俺達の心境を知ってか知らずか、グリーヴァは愉快そうに舌なめずりをした。


「さァさァさァ? これでテメエらのヤることはただ一つになったよなァー? そう、それはモチロン……このオレサマに返り討ちにされることに他ならねェんだよッッ!!」

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