第159話/真の主人公は死亡フラグを立てるのも厭わない
第159話
グール族と地ノ国騎士団、両陣営の野太い雄叫びが荒野の夜気を震わせた。
それは丘の上から戦場を眺めている俺にも、腹に響くくらいに聞こえてきた。
「……これはチャンスか?」
グリーヴァと部下達の背が遠ざかっていく。彼らも参戦しに向かったので丘の上には俺とヒツマブシしかいない。
「に、逃げるというか、アリス達を助けに行くなら今だろ。グリーヴァが追いかけてくることはないと思うし……やっぱりそうだ、これは大チャンスだろ!」
俺は嬉々として元来た道を振り返った。しかしそこには、
「! ひ、ヒツマブシ?」
「ぴゅ~ん!」
ヒツマブシがお決まりの威嚇ポーズで仁王立ちしていた。
まるで『この戦場から逃げ出しちゃダメだ!』と言わんばかりに俺の進行を妨げていた。
「…………。もしかしてお前、また俺に警告してくれてるのか?」
前回の威嚇ポーズを思い出した。あの時は直後にグリーヴァが襲撃してきたのだ。もしこの健気な仁王立ちに警告の意味があるのなら、俺は。
「ぴゅ~ん!」
「分かった。お前に従うことにする」
俺はヒツマブシに頷き返していた。そもそもアリス達の居場所が不明なわけだし、逃げ出すなんて純粋にカッコ悪い。
「ただ、な。……主人公の俺が傍観者に徹したままでいいのか?」
疑問があるとすればその点だ。主人公が重要な局面にもかかわらず傍観者でいるなんて珍しい気がする。普通は何らかのアクションを起こすものだろう。ましてや公開処刑を回避できる俺的大チャンスなのに。
本当に傍観してて構わないのだろうか。ヒツマブシを疑っているわけではないが、罠の可能性もありそうだ……。
「ぴゅ~ん! ぴゅぴゅ~ん!」
「お、怒るなよ。ちゃんとお前に従うっての」
一度受け入れた説得は反故にしない―――リーダーはそうあるべきだ。
反故にすれば仲間との信頼関係に綻びが生じないとも限らない。
「う、うーん……」
俺は戦場に向き直る。だが恐る恐るだった。
すでに戦場では本物の殺し合いが始まっている。その事実を正視しなければならない辛さに耐えられるか不安だった。
「っ!」
血、血、血。
人間族の赤色の血と、グール族の紫色の血―――。
遠くからでも、日の入りの頃合いでも、俺にははっきりと見えていた。それだけ多くの血が流れているということを。
「あっぴゃアー!! どうした、どっか調子でも悪いのか騎士団長サマよオォォォォォ!?」
「ぐああっ!」
グリーヴァの奇声が風に流れて聞こえてきた。……どうやら、腐敗錬成で相手の騎士団長を圧倒しているようだ。
トップ同士の戦いだけに、その熾烈さに横槍を入れられる者は皆無。彼らは戦場の端に孤立し、絶えず剣戟を交わしていた。
「って、あれ? 確か地ノ国の騎士団長は―――」
「ま、まだだっ! 俺はまだ死ぬわけにはいかない! イリアと約束したのだ!! この戦争から無事生きて帰ったら、絶対に結婚しようと……!!」
思わず俺は脱力した。グロ注意な戦場と化しているにもかかわらず、例のリア充カップルの彼氏が参戦していたことに目眩すら覚えた。
……というか彼、昨夜までエロフコスの少女と萌ノ国にいなかったか? そして彼女の血を狙った密入国グールに深手を負わされていなかったか……!?
(くそっ、お世辞抜きにとんでもないヤツだ! 体力的に相当消耗しているはずなのに、わざわざ死亡フラグまで立てて参戦とはっ!)
正直、彼こそが真のリア充であり真の主人公な気がしてきた。
嫉妬なんて悪感情は捨てて、イリアとの結婚を心から祝ってあげたい(改心)。
「イリア、イリア、イリア、あぁイリア―――!!」
「愛するオンナの名を叫んだところでなァ、テメエの死は確定済みなんだぜエエェェェ―――!?」
グリーヴァの指先が騎士団長の鎧に触れる。その瞬間だった。
バギン! と。
それは手品のように、騎士団長の鎧は自身を縛り付ける拘束具に切り替わった!
「んなっ!?」
「あっぴゃアー! せっかく新しいの用意してもらったけどごめんねエエェェェ!? でも鎧のままじゃテメエの血を吸えないんだからアァァ!!」
腐敗錬成によって鎧が拘束具になった。このまま両腕を動かせないのでは騎士団長に勝ち目はない。無慈悲なチート技だった。
しかもグリーヴァだけではなかった。他のグール族達も相手の鎧に腐敗錬成を実行していた。鎧を拘束具にしてしまえば敵を無力化できる。そして簡単に人間族の血にありつける……!
「こ、こんなのってアリかよ……!?」
「ぴゅ~ん……!?」
かくして人間族の鮮血も戦場に流れているわけだった。騎士団長もまたグリーヴァに首筋を噛み付かれてしまい、いよいよ戦況が分からなくなってきた。一応まだ戦力差で騎士団が優勢のようだが……。
「―――ぴゃハ♪」
「……な、」
ゾクリとした。グリーヴァが恍惚とした表情で夜空を仰いでいた。吸血行為に満足したのか、足下で震えている騎士団長はガン無視だった。
彼の生き死になんて些事でしかないほどの境地に至ったのかもしれない。人間族の血を取り込んだことによって……(畏怖)。
「ぴゃハ、ぴゃハハハハハハハ!! 血を巡る長きに渡った戦争もこれで終結かッ! 明日からはオレサマが王としてこの国を支配するッ!! もちろん無慈悲、無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲にイイイ―――!!」
狂気。
狂気。
狂気。
狂気に咆哮するグリーヴァ。グール族は人間族の血を目前に冷静ではいられないとのことだったが、彼も同じだったようだ。
「さァて、こっからが無慈悲タイムだぜェー? ハナったれな人間どもチャンよ」
彼がニヤリと嗤った直後だった。
バギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ…………と。
一瞬では終えられない錬成時間の長さが、その恐ろしさを無慈悲にも証明していた。騎士団のみならずグール族までもがその錬成に絶句していた。
彼の錬成が終わる。だが終える前には誰しもが錬成の有り様を理解していた。
そしてグール族はこの戦いの勝利を、騎士団は敗北を確信したに違いない。
グリーヴァが、巨人になったのだ―――。
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