第150話/今度こそ……

第150話


(…………ここはどこなんだ……?)


 無意識に目覚めた俺は、まだ夢の中にいるような感覚でじっと伏せっていた。

 徐々に、徐々にとだが体中がヒリヒリしてくる。なぜ節々が痛み出しているのか、冷静に考え込んだ。


(…………そうだ。あの時、突然グリーヴァが現れて。岩からグール族の人形みたいなのを錬成しまくって、それが俺達を襲ったんだ……)


 だが。俺はこうして生きている。

 死を予感するほどの攻撃を受けておきながら、まだ生きている。

 いや。実際はという表現が正しいのかもしれない。


(グリーヴァの圧勝だったのに、どうして俺は生きてるんだろうな……。だがまずは状況把握に努めるべきだな)


 のろのろと起き上がって周囲を眺め回す。ここは……たぶん牢獄か。壁が岩肌なので洞窟内に牢を設けたのかもしれない。塵すら落ちていない寒々しい牢だ。内部は息苦しいほど狭く、いかつい鋼鉄の扉が余計大きく見えた。


(つまり何だ? 俺はグリーヴァの捕虜になったのか。いやでも……捕虜?)


 状況的には捕虜で間違いないだろう。だが、本当に捕虜になったのだとすれば、なぜまだ俺の右手首に魔族の腕輪が嵌められているのか。

 グリーヴァがこの宝具を見逃すとは思えない。俺の命も宝具も狙っていなかったなんて明らかに頓珍漢だ。


(俺の命も宝具も、あのグリーヴァには興味がない? いや、じゃあ、どうして俺を襲ったんだ? まさか俺じゃなくて……アリスやナクコに興味があったのか?)


 アリスは萌ノ国の王女だし、ナクコは魔王有力候補だ。彼女達が狙われない可能性は低いと言える。


(おいおいおい……グール族が少女のあいつらを狙うとか、それもう倫理的にアウトな目的としか思えないんだが!)


 正解だとしたら反吐が出る。俺はさすがにそっちの嗜好はない。

 ……いずれにしても、俺達は皆、現在進行系で危険な状況であるに違いない。俺は俺なりに、一刻も早くこの牢部屋から脱出すべきだ。


(でも……どうすれば脱出できる?)


 鋼鉄の扉はビクともしない。

 恐らくかんぬきか何かで俺を閉じ込めているのだ。


(無理だろ、これ)


 五秒で結論に至った。便利な能力も道具も一切持たない俺は裸同然。この牢部屋から脱出するためには、それこそ脱出ゲームのような仕掛けがなければ不可能だ。

 岩肌の壁にボタンの類は無し。鋼鉄の扉にも変なところは無し。仕掛けゼロだ。

 石の混ざった固い地面も、隆起して蠢いているだけだ。


「って、は……!?」


 俺は今度こそ……今度こそモグラ型オークが俺の貞操を奪いにきたのだと直感した。

 それか血に飢えたグール族が抜け駆けしてきたのか。俺には残虐非道な死に様しか頭に浮かばなくて背筋が震えた。


「ぴゅ~ん」

「…………。え?」


 鳴き声がヒツマブシと似ているメスオーク―――!? そんな風に捻くれた思考になるほど、今の俺には余裕がなかった。

 それだけに、本物のヒツマブシが現れて拍子抜けした。


「お前……。もしかして俺を助けに……?」

「ぴゅ~ん」

「どうして俺の捕まってる場所が?」

「ぴゅ~ん」

「お前も捕まってたのか?」

「ぴゅ~ん」

「そ、そうか……」


 なるほど分からない。魔物だから人語は使えないのだろうが、とても不便だ。


「ぴゅ~ん」


 ヒツマブシがのっそりと歩き出し、鋼鉄の扉に近寄った。

 それから、ガリガリガリ、と。

 扉の前の地面を、勢いよく掘り始めた。


「そうか! お前が掘った穴を通って脱出すればいいんだな!?」


 しかしだ。ヒツマブシが掘り進めてできる穴はかなり小さい。俺自身が穴を抜けるためには俺も協力して掘る必要がありそうだ。

 だがいける。この牢部屋から脱出できる―――!


「…………。というか俺、魔物よりも知能低かったんだな……」


 掘ることなら一人でもできるわけで。

 脱出は無理だと結論づけた自分が恥ずかしすぎた……(屈辱)。

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