第149話/無慈悲

第149話


 キキを送り出した後、俺は昨晩のように食材を探してみた。

 だがついに見つからず、気づけば朝の荒野となっていた。


「あれ? キキは?」

「罰を受けてもらっている」


 起床したアリスとナクコに事情を伝える。彼女達はお菓子や乾物をしれっと食べながら俺の話を聞いていた。


「ふぅん。キキが了承したならいいけど」

「少し可哀想な気はしますけど……でも、偵察の必要性は理解できます」

「だろ?」


 昨日ナクコはグール族と戦っている。決して弱い相手ではなかったため、俺とナクコの意見は一致していた。グール族には終始警戒しておくべきだ。


「他国にも現れるくらいだしな。グール族の活動地域はこの周辺も含まれていると考えた方がいい」

「怖いですね……」

「そうだな。まぁもっとも、グリーヴァほどじゃないんだろ?」


 気さくに質問した俺に、ナクコは一瞬きょとんとしたが、


「! あぁ、そうでした。ツキシドさん記憶喪失なんでしたよね。……グリーヴァさんのことを忘れているなんて、逆に羨ましいです」

「……、そんなに怖いのか?」


 確か魔王の側近は『頭がイっている』とか言っていた。とすると、グール族の中でもトップクラスのイカレ具合なのだろうか……(汗)。


「はっきり言って関わらない方がいいです! いえ、関わってはダメですっ!!」

「マジか。だが、俺達と同じ魔王有力候補である以上、そいつと関わらない流れは作れないんじゃないか?」


 勇者サイドのキキがこの場にいたらできない質問だった。


「はい……そうですね」


 魔王有力候補ではあるものの、魔王になるつもりのないナクコが頷く。


「彼も次の魔王の座を狙っているはずですし。きっとわたし達にはどうすることもできないでしょう。うにゃあ……」

「そだね。いずれあっちが来る運命だよねん。もう魔王の座を巡る争いは避けられないっしょ」

「……。だよなぁ」


 地ノ国をスルーしてしまう安全ルートもあったが、まぁアリスの言う通りだった。

 いずれ向こうから勝手にやって来る。魔王討伐の必須アイテムかもしれない、俺とナクコの宝具を奪うために。


「ツっきん、どーすんの?」

「どうするって、グリーヴァのことか?」

「それしかないっしょ。戦いたくないんでしょ」

「まぁな。正確には戦えないわけだが」


 勇者の剣はヌコ族の本拠地でゴミに埋もれてしまった。そんなで武器も無しに戦いたいとは思わない。俺はド健全なSだしな(意味不)。


「じゃあグール族と戦闘になったらさ? 前に出るのはキキとナクコりんなの?」

「うにゃあ!?」


 ナクコの顔が急速に青ざめていく。臆病な性格がありありと分かる反応だった。


「それは……状況を見てやむを得ない場合は頼むつもりだ」

「ツキシドさん!? い、イヤですよわたし!」

「じゃあツヨシに暴れてもらうか。泣くくらいならお前、いつでもできるだろ?」

「……、よくあることなんですけど。ツヨシ君、ちょっとでもわたしに不満があったりすると意思疎通に応じてくれないんですよね……」

「やっぱりまだツヨシを説得できてないのか」


 ツヨシは戦力外。

 うーん、元々期待はしていなかったが厳しいな。


「ど、どうします? 何でしたら、地ノ国を素通りして風ノ国に行ってみますか?」

「風ノ国か……。だがそこにも魔族とその有力候補がいるんだろ?」

「ハーピー族。そしてイツモワールさんですね」


 ……確か、サボり魔のイツモワールだったか。

 名前からして危険な香りがハンパないな(常悪)。


「いいや。ハーピー族自体は超気になるが、止めておこう。キキを地ノ国に先行させているしな。キキからの報告を受けてからでも遅くないはずだ」

「そだねー。いったん保留でいいじゃーん」

「わ、分かりました。それでは、そろそろ地ノ国に向かいましょうか……」


 泣く泣く立ち上がった風情のナクコに続いて、俺とアリスも立ち上がった。

 と、その時だった。


「ぴゅ~ん!」

「? ヒツマブシ?」


 どこか穏やかではない鳴き声だった。しかもヒツマブシはアリクイの威嚇ポーズ―――仁王立ちになっていた。

 これが全然怖くない威嚇ポーズで、むしろ可愛いすぎるくらいだった。俺もアリスもナクコも、その癒し系のポーズに意識を集中してしまう。ヒツマブシとは真逆で、警戒心が大きく削がれていたのだ。




「おう?……おうおうおう!? ナンじゃあこの無慈悲ッな集いはァ!?」




 俺達は同時に見た。この洞穴のような窪みの底から、すぐ外を。

 そこには、一人の青年が狂喜に浸った強面で佇んでいた。



「ヤベえ。ヤッべえよこれェェェ!? こんッッな無慈悲ッに出会っちまったオレサマナニサマぁぁ!? あっぴゃア―――!?」



 青年が奇声を上げながら体を仰け反らせる。……その上半身はヘドロのように汚らしく腐りきっていた。本人に確認するまでもない。この青年はグール族だ。



「……くはッ。無慈悲ッ。無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲無慈悲ッ、ムジッ、ヒイイイィィィィ――――!!」

「マズいですツキシドさん! は、はははは早く、グリーヴァさんを止めないと――!!」


 ナクコから青年の正体を知った、その直後。

 バギギギギギギ!! と。天井の巨岩に多数の亀裂が走り。




 バギンバギンバキンバキンバキンバキンバギンバキンバキンバキンバキンバギンバキンバキンバキンバキンバギンバキンバキンバキンバキン!!




 大小様々に砕けた巨岩の一つ一つが、瞬く間に音を上げてグール族の容姿に切り替わった。

 大量のグール族が雨のように降り注いでくる。ほとんど無防備な俺達へ、丁度覆い被さるように―――(絶望)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る