第3章/ナクコとツヨシ
第112話/バラすタイミング
第112話
ヌコ族であり魔王有力候補の少女、ナクコ。
彼女は現在、椅子を繋げただけの即席ベッドですぅすぅと寝息を立てていた。
そのネコにしては大きな体は毛布で覆い隠されている。酒場の店主が提供してくれたものだった。
だからこうして彼女の可憐な寝顔だけを見つめるていると―――。
「……やっぱり、顔立ちは人間の少女だよな」
「そうね」
俺の率直な感想に、向かい側のテーブル席に座っているキキが同意してきた。
「人間らしさのある外見と感情を持っていて、なおかつ人語も上手く話せる。そしてこの……魔物や魔族に寛容な国だったら、彼らとの共生もそう難しくないのかもしれないわ」
「寛容、か」
言い得て妙だ。この萌ノ国の人間族はコスプレが大好き。それも魔物や魔族のコスプレときた。だったら本物の魔物や魔族に少なからず好意があると推察できる。
……できるのだが、
「アリス、実際のところはどうなんだ? この子は……ヌコ族は、人間の生活圏で暮らしている野生動物みたいなもの。それで合ってるのか?」
「うぐうぐ。人間族の身近で暮らしている唯一の魔族、らしいお」
アリスがサブレーを頬張りながら答えてきた。
ちなみにこのサブレーも店主から提供されたものだ。
俺も朝飯代わりに頂いていた。
「けどさぁ? ヌコ族を好きな人がいれば、嫌ってる人もいるよん?
「そうか」
ヌコ族はかなり異例な魔族なのかもしれない。本来ならば魔族というだけで国民が一丸となって駆除すべき存在なのだろうが、やはりこの国この王都の国民性がヌコ族を許容できているのだ。
(それならそれで都合がいい。俺達がヌコ族と戦う必要はないってことだ)
魔王討伐が勇者の仕事なら、必然、魔族を潰していくのも俺の役目だ。
しかしこの王都の半数の都民はヌコ族を気に入っているわけだ。であればこのヌコ少女を仕留めるのは逆にマズい。空気の読めない勇者と非難されかねない。
「でも、昨日あたし達が会ったヌコ族は食い逃げしてたわよ?……魔族が人間族のテリトリーで犯罪してるんだから、嫌ってる人の方が多そうじゃない?」
「ヌコ族を擁護するわけじゃないけどさ。食い逃げなら人間族もやってるじゃん」
「……、まぁそうだけど」
「それにこの王都はヌコ族がいてくれるおかげで観光客の減少を抑止できてるんだよ。だって、コスプレをして盛り上がってるだけの国じゃん?」
なるほどと思った。
萌え要素が取り柄のラノベが、必ずしも人気を維持できるとは限らないように、
「このコスプレ王国は―――飽きられてるのか」
「そそ。もちろん都民もコスプレに飽きてきてるよ。……一年前と比べても、明らかに手を抜いてるレイヤーが増えてきた」
あぁ、と俺は納得する。昨日入国した時点で気づいていた。
ワンポイントアイテムのレイヤーが多いと。お粗末な出来のレイヤーが多いと。
コスプレの本気度が微妙だったのは、レイヤーの彼らが飽きてきているからだったとは。
「えっ。都民も観光客も飽きかけてるのに、朝からこんなに盛況なの?」
「お前の国が究極的に悲惨なんだろ」
「きゅ、究極って。さすがにそこまで悲惨ではなかったでしょうが……」
怒りを通り越して呆れているキキ。
しかしながら俺にはそれぞれの王都……真昼の火ノ国と早朝の萌ノ国で同じくらいの活気に思えた。なのでこの王都の真昼と比べたら究極的に悲惨で間違いない。
話を先に進めるべく、俺はアリスに口を開く。
「じゃあヌコ族目当ての観光客が大勢いるんだな。だから犯罪に手を染めている印象があっても、ヌコ族の排除は都民の総意にはならないと」
「そだね。ヌコ族はこの王都の癒し系なんだよ。特にその子、ナクコりんは人気ナンバーワン。魔王有力候補なのにすごく臆病でさ? その強烈なギャップが萌えに拍車をかけてるっぽいんだよねー」
「そりゃ萌えるよな」
俺は先ほどのナクコの慌てぶりを思い出し、それから魔王の側近、サイクロプスの発言も思い出す。―――彼女は、ツキシド以上に臆病であると。
臆病。病的なまでに臆病。
それが彼女の確たる萌えポイントか。
「とにかく良かったじゃん。この国は勇者のツっきんにヌコ族の排除は要望しないよ。まだどっちにするか悩んでるんでしょ? 真の勇者か新しい魔王で―――」
「!! アリスッッ!!」
俺は声を荒げてテーブルから立ち上がる。
その直後、アリスとキキがきょとんとし、
「ん、何? いきなりどったの?」
「もう! ビックリさせないでよ!」
「す、すまん。…………アリス、ちょっといいか?」
俺は店内の隅に移動しつつアリスを手招きする。
キキが不審な顔つきになっていたが、こればかりは仕方ない。
サブレーを咀嚼しながら付いてきたアリスに、俺は小声で話しかける。
「(キキにはまだバラしてないんだよな? 俺が魔王有力候補でもあることを)」
「(バラしてないけど……何で? バラしちゃダメなの?)」
アリスは俺の思考を読んだらしい。
分かったような口で続けてくる。
「(ツっきんの事情を共有してる仲間は多い方がいいじゃん。それにキキは著者の存在を知ってるんだよ? も少し仲間意識持って信頼してあげてもいいんじゃないの?)」
「(まぁな。お前の意見は正しい。仲間なのに仲間外れにさせてる感覚はある。だから、心の底からキキにバラしたくないわけじゃない)」
ただ問題は―――バラすタイミングだ。
そして結論を言ってしまえば、俺はまだ見ぬ仲間を集め終え、魔王に挑む直前で……皆にバラしたい。
勇者ルートと魔王ルート。どちらを選ぶことにしたのかも同時に伝え、そこで仲間達には意思を決めさせたい。
最後まで俺の仲間として、共に魔王を討伐するのか。
それとも、俺の仲間を辞め、元の生活に戻るのか。
(そうだ。これは完全に俺の都合だ。俺はどちらのルートにするか選べていないから、人間族の仲間も魔族の仲間も欲しいんだ)
敵対する両者を同時に仲間にするのは、魔族の腕輪……俺の言葉を信じ込ませる効果のおかげで可能なんだろうしな。(←無駄に鋭い。by著者)。
(その代わり、仲間達の意思は絶対に尊重する。仲間を辞めるなら引き留めはしない)
たとえば俺が魔王ルートを選んだ場合、人間族のキキは俺に裏切られた感覚になるわけだ。だったら俺に引き留めていい権利などない。
無論、俺の元に残った仲間がゼロだったとしても。俺はそれを受け入れ、一人で魔王を討伐するつもりだ。
伝説の勇者……現魔王がたった一人で当時の魔王を討伐したように。
「(ふぅん。魔族の腕輪って言うんだ? 要するに覚悟はできてるわけだね? そーいうリスクがあるって承知の上でさ?)」
「(そうだ。俺は仲間を集めたい。そのために時にはこの腕輪で騙すことにもなる。苦しいがまだバラすわけにはいかないんだよ)」
「(かもね。勇者と魔王じゃ目指してるところが真逆だし……そんなことを悩んでるツっきんの仲間になりたいって普通は誰も考えないよねぇ)」
いいよー、とアリスが付け加えてくる。
かくして俺の説得が無事成功を収めた、その瞬間だった。
「……えっ!? ちょ、あんた、それはツキシドのよ!?」
キキの焦りを孕んだ声に振り向くと、彼女は店の玄関を見ていた。
そしてその玄関には―――。
「にゃは――ッ! テメエがツキシドだにゃァ!? このお高そうな剣を返して欲しけりゃ後で地下水道に来にゃッ! ただしテメエ一人ぼっちでにゃァ!!」
勇者の剣を抱き抱えている、ナクコの姿があった。
「は……?」
「楽しみに待ってるからにゃ――ァ!!」
ヌコ少女が勇者の剣を持ち逃げしていく。
だが俺は盗まれたにもかかわらず、一歩も動けなかった。
「な、何だ? キャラが全然違ったぞ……?」
病的に臆病であるはずの彼女が、どうして勝ち気な笑みを湛えてこれほど大胆不敵な行動を取ったのか。まずそこから理解が追い付かなかったからだ……(呆然)。
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