第111話/ヒロインのミスは主人公のミス
第111話
―――翌日。ろくに昨晩の記憶がない俺を叩き起こしにきたのは、すっかり親しくなった様子の王女コンビだった。
「ツキシド、いつまで眠りこけてんのよ! とっくに朝なのよ!?」
「起きるの遅すぎだから、ツっきんの分の朝ご飯、あたし達で食べちゃったお!」
「…………いいい痛いです。俺を使って綱引きしないでくれませんかね」
ベッドの上の俺は二人から腕を取られていた。
俺の右手首をキキ、左手首をアリスが握り込み、全体重をかけて引っ張ってくる。
「って、ガチで止めてもらえます!? 俺の体が裂けるわ裂けます!」
「じゃあ今すぐ仕度しなさいよ! ヌコ族の有力候補を捜して宝具を手に入れるつもりなんでしょ!」
「ああそーだよ! だがな、この状況でどうやって仕度始められるんだよ!?」
「それもそうね」
キキがあっさりと手を離した。
しかしアリスはまだ全力で俺の手首を引っ張っていたので、
ベッドの上からアリスの上へ。
俺の体は滑落した。
「……にょわっ!?」
アリスの呆気に取られた表情が俺の目と鼻の先にある。
このシーンだけを切り取ったら、俺が彼女を押し倒したように見えることだろう。
「「…………」」
顔を突き合わせ息を呑む俺達。
すると間もなく彼女は……両目を閉じた。
それはまるで、口づけを求める乙女のように。
「……さてと。酒場へ向かうとすっか」
「んえっ!? この素晴らしきお約束展開を流したぁ!?」
「当たり前だろ。俺がお前をフィアンセに選ぶ確率はゼロ未満だ」
俺にとってアリスは恋愛対象ではない。
元いた世界で出会った時からずっとそうだ。
これは永遠に揺らがない自信がある。
「ちぇっ、ツっきんのくせにつまんないの」
「ほう? つまり俺にチューして欲しかったと?」
「いんや。ゼーンゼン」
首を真横に振るアリス。……なら俺はどうすれば良かったのか。
前の世界の時みたいに彼女の頬で遊ぶくらいしか思いつかないが。
「ツっきんってラッキースケベなところあるしさ。嫌でも女たらしに見えちゃってるんだよね。昨日のお風呂場でのハプニングとか、すっごくげんなりしたよ」
「いやいや!? あれはお前がやらかしたことだろ!? 俺は被害者!!」
「ふふん、あたし知ってるんだから! 大抵のラノベ主人公はそうやって『不可抗力だぁ!』って言い訳ばっかりするんでしょ?……ったく、サイテーな人種だよね」
「ああ! その『ヒロインのミスは主人公のミス』みたいな風潮はあるよな! ったく、反吐が出てしょうがないな!」
本物の主人公達もいい加減キレていいと思う。
ヒロインの尻に敷かれっぱなしで悔しくないのか。
「……んで? まだ仕度、しないの? そんなにお風呂場の一件を振り返りたいってんなら、ぜひあたしも参加させてもらうけど?」
「さあ急いで酒場へ向かおう! 勇者の鎧がなければとてもじゃないが魔王の攻撃を耐えられん!」
キキの射るような視線に慄き、俺は慌てて立ち上がる。
棚の上にあった勇者の剣を手に取り、半ば一人、逃げ出すように寝室を後にした。
とはいえ俺は王城の内部に詳しくない。
なので結局はアリスの誘導で城内を歩くこととなった。
その間、兵士や使用人とすれ違い、彼らは俺に深々と会釈してきた。
どうやら彼らは俺が勇者であると知らされているようだ。
そんな中で、ふと思う。
「……なあ、王女のお前らって俺の扱いが雑すぎやしないか? 一応俺は勇者なんだぞ? 俺の
「は? バカなの? あんたに勇者の品格がないから、気を利かせてあげないのよ」
「だってツっきん、まだ勇者らしいこと何もしてないんでしょ? なのにねだるのが先ってどうなの? 変じゃない?」
……はい、ダブルで完全論破されました。
「昨日も言ったでしょーが? 欲しいものがあったら自分で稼いで買いなさいって。世の中はね、あんたが思ってるほど甘くないのよ」
「お前だけには言われたくないわッ!!」
ギャンブルで一攫千金狙ってたくせに!
百万溶かして俺にマジギレしたくせに!
よくもまぁそんな偉そうに……否、残念そうにお説教を垂れやがる!
俺達は城門を潜り抜け、それから萌ノ国の王都へと歩を進めた。
暖かい日差しと微風が心地よく、まだ朝なのに多くのレイヤーや観光客が街中を賑わせていた。
先頭を歩くアリスが突然「んー!」と大きく伸びをする。
「酒場までちょっと距離あるし、ここはまったり行こっか!」
「「……、は?」」
「ジュワッ!」
俺とキキが眉根を寄せた直後だった。
―――アリスがウルト〇マンのように片手を突き上げて宙に飛び立ったのは。
辺り一帯の建物よりも高い位置に浮かんだ彼女は、俺達から縞パンが丸見えなことなど気にも留めず、そのまま鳥になったように空を泳いでいく。
「……ねぇツキシド。あんな堂々と空飛んでるけど、大丈夫なの……?」
「俺に訊くなよ……」
キキの質問に溜息する俺。
だが案の定というか何というか……大勢の通行人がアリスを見上げては口をあんぐりとさせていた。
「まぁ……どうだろうな。この世界に魔法とか異能力とかが存在するなら、そこまで大きな騒ぎにはならないはずだが。というかあいつの性格からすると、たぶんこの一年で相当飛びまくってるだろ。すでに手遅れだ」
「……なら。今飛ぶこと自体は大丈夫そうね」
いや。大丈夫ではないだろう。
大きな騒ぎにはなっていないが、小さな騒ぎにはなっている。
「パパ~? あのヒト飛んでるよ~?」
「はは、何でだろうな? 魔法かなぁ?」
「ママ~? あのヒト下着見せちゃってるよ~?」
「ええ、絶対に真似しちゃダメよ。……生き辛くなるからね」
うぐっ。
子供の世間体を案じるお母さんに申し訳なくなってきた。
こんな駄女神でどうもすみません……(汗)。
「もう、アリスったら。この国の王女なのに悪いお手本になっちゃって。……残念すぎるでしょ」
うん、お前はお前で今総ツッコミ食らってるからな?
全ての読者からだぞ?
(……はぁ。前回は巻き込まれ系主人公だったが。今回はやれやれ系主人公を強制させられそうだなぁ……)
俺はアリスを追いかけながら肩を竦める。
やれやれ系はあまり好きじゃない。上から目線っぽいし、斜に構えてる雰囲気もあったりするし。そんな主人公になりたくないのも本音だ。
(……しかしだ。コイツら難アリ王女コンビに、いったいどこの誰がやれやれしないでいられるのか。冗談抜きで激ムズだ)
たぶん聖人君子でも何とかできないレベル。
「ツっきーん! あそこが酒場だよー! あそこのあそこのあそこのこー!」
「ああ分かった、分かったから黙っててくれるか!?」
アリスが大声で話しかけてくるせいで、俺にも数多の注目が集まってきてしまう。
「パパ~? あのヒト醜いよ~?」
「はは、何でだろうな? 奴隷のコスプレかなぁ?」
「ママ~? あのヒト腐敗臭出しちゃってるよ~?」
「ええ、絶対にああなっちゃダメよ。……死にたくなるからね」
お願いもう止めて! 主人公のライフはもうゼロだ!
というかそれはディスりすぎだ!
「……あんたってさ。実は子供に嫌われやすい子供嫌いだったりしない……?」
キキが同情と軽蔑を孕んだような目で俺に訊ねてくる。
だがまさにその通りだったので俺は無視した。
そのままアリスが教えてくれた酒場へと、ノンストップで突き進んでいく。
「―――いらっしゃいませ」
ドアベルを鳴らして入店すると、この酒場の店主らしき中年紳士が社交的な微笑で俺達を出迎えた。
「……って、え???」
俺は思わず体を硬直させた。
カウンター越しに立っていたその店主は、火ノ国の酒場の店主と瓜二つだった。
だがしかし、俺が本当に驚いたのは店主のクリソツぶりにではない。
彼の真正面の席に座っていた者。
その者にはふとましいほど立派な尻尾が生えていて―――。
「うぅぅ……ツキシドさん今どこにいるのかなあぁぁ……。会いたいけど……会わなきゃいけないけど……こ、怖いよぉぉぉぉぉぉ……!」
―――などと大号泣中の、一匹のヌコ族がいたからだ。
「? ちょっとあんた、何いきなり固まって……ええっ!?」
続いてキキも俺の背後からヌコ族を視認し、その途端、素っ頓狂な声を上げた。
「ぬ、ヌコ族ですって!? まさか魔族がこんなところにもいたりすんの……!?」
「……ふぇ……?」
キキの露骨な発言に、いよいよヌコ族がこちらに振り返ってくる。
またそこで俺は新たな衝撃を受けた。
(なっ!? 人間の……少女の顔だと!?)
昨日はヌコ族の顔を拝めなかった。
だがまさに今、確かに俺の視線の先にはヌコ族の少女の顔があった。
人間らしい、肌色の顔肌。
人間の少女らしい、泣き腫らした表情。
後ろ姿は黒ネコそのものなのに、よく見れば少女には人間と同じように髪があり、手足も五指ずつあった。
そう。つまりヌコ族は人間とネコの
「!? つ、ツキシドさん!?」
腹掛けエプロンのヌコ少女が、特徴的なオッドアイ―――金目銀目をカッと見開く。
「ど、どうしよぉぉぉぉぉ!? まだわたし、ツキシドさんがこの国に来てるって知らなかったよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
金切り声を上げて慌てふためくヌコ少女。
ネコよりは大きな体をぐわんぐわんと激しく揺らし、トンガリ耳と黒い頭髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。
と、そこで不意に。
ヌコ少女のバランスが極端に崩れ―――。
「……ふんにゃ!?」
ドガン! と。
ヌコ少女はカウンター席からずり落ち、酒場の床へ豪快に沈んでいった……。
「うにゃあぁぁぁぁぁ……?」
頭を強く打ってしまったのか、酔い潰れたかのように朦朧とした意識だった。
そんなヌコ少女を見下ろし、俺はぽつりと呟く。
「よし。この子は俺が引き取る。妹にする」
「はあ!? あんたってば、魅了されてるんじゃないわよっ!!」
キキからツッコまれる。いやしかしそのくらい可愛かったのだ。
ヌコ少女の見た目もそうだが、彼女のちょっとドジっぽいところに。
すごい愛でたくなる! 萌えー!
「ったく! この勇者、か弱い女子だからってヌコ族を気に入ってんじゃないわよ! ねぇ、アリスも何か言ってやってよ!」
丁度その時遅れて入店してきたアリスに、キキは苛立ち気味に声をかけた。
だがさすがにアリスはまだ状況をよく分かっていないのだろう、
「……うんにゅ? どったの? キキが怒ってる理由を教えてちょーだい」
「ツキシドってばね、女子に対する見境がなさすぎなのよ! そこに倒れてるヌコ族いるでしょ? あの子を妹にするってほざいたのよ!!」
「へぇー? ツっきんヌコ族の妹が欲しかったの?……って、んんー?」
「何? どうしたの?」
「もしかしてその子……ヌコ族の魔王有力候補、ナクコりんじゃない?」
「「……、魔王有力候補……?」」
アリスの指摘に俺とキキは同時に顔を見合わせる。そして程なく「うにゃあぁぁぁ……」と未だ床に潰れたままのヌコ少女に向けて、声をさらに重ねた。
「「この、超気弱そうなのが……???」」
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