第113話/火の中水の中ヌコの中

第113話


 さらっと勇者の剣を盗まれた。


「…………。えっと、」


 俺はアリスとキキを交互に見やる。二人もこの事態を呑み込めていないようで、アニメで登場する名無し役のごとく静止していた。


「とりあえず、ナクコは起きたんだよな? 同一人物、なんだよな?」


 俺は即席ベッドを確認する。

 そこには折り畳まれていない毛布だけが放置されてあった。


「うん。別人なわけないよな。ナクコ本人だったよな。じゃあ俺の前でぶっ倒れたのはであって、勇者の剣を奪うためにわざわざ寝たフリを……?」


 その線が信じられないからこそ、俺は疑問系で呟いた。


 そう、ありえない。あんな気弱そうなドジっ娘ヌコ少女が、まさか『してやったぜぇ!』みたいな顔で俺を罠に嵌めたなんて。

 本当だったならショックがデカすぎるだろ……。


「待ってツっきん。おかしくない?」

「……?」

「ナクコりんはあたし達がここに来るって知らなかったはずじゃん。そんなで咄嗟に椅子から落ちる演技って、無理あるっしょ」

「そ、そうね! あの子自身も『ツキシドさんがこの国に来てるって知らなかった』って言ってたし。―――ええっ!?」


 するとキキがハッとした様子で俺を見、




「ていうか! そもそも何であの子、!?」




「! それは―――!」


 それは恐らく俺も魔王有力候補だから、なんだろうけども……。

 まだその事実をキキに打ち明けるわけにはいかない。


「あ、あれだよあれ。…………この俺が勇者で有名人だからだろ」


 我ながらお粗末な理由だった。

 じゃあどうして勇者に対して『さん付け』なんだと、ノリツッコミ余裕だった。


 だがしかしキキは著者に操られてるからか、

 それとも魔族の腕輪に影響を受けているからか、


「! そうね。不思議と一瞬反論したくなったけど……あんたの言う通りだわ」


 という風に返事してきたのだった。


(くそぅ。ちょっと複雑な気分だ。助かったと言えばそうなんだが、著者のご都合主義に甘やかされてるな……)


 補足しておくと俺はラノベによくあるご都合主義は嫌いじゃない。

 とにかくラノベは面白ければそれでいいのだ。ご都合の有無は二の次三の次。

 そのご都合がラノベで最も大事な面白さを邪魔しない限りは、俺は全然アリだと考えている。


(……とはいえ。著者のご都合に助けれられると、正直モヤモヤするな)


 無論これから毎回のように感じることだろう。なかなか悩ましい。


「これからどうすんの? 地下水道に向かうの? ナクコりんはツっきん一人で来いって言ってたけど。危なくない?」

「ああ。仮にさっきのは罠じゃなかったとしても、そっちは間違いなく罠だろう……」


 常識的には俺単独で地下水道に潜入するべきではない。

 あの地下水道はヌコ族でひしめいているのだろうし、どうせフルボッコにされるに決まっている。


「別に無視していいんじゃないの? 勇者の剣は現魔王のおさがりか偽物なんでしょ? 命を懸けてまで取り返す価値はないでしょ」


 キキが退屈そうに座り直していたが、


「そうだな。だけど俺は行かざるを得ない。だいたい、著者がこのイベントのスルーを許すと思うのか?」

「許すかもしれないじゃない。ってかあんた、著者に抗う気ゼロなの?」

「バカめ。俺を見くびるなよ。勇者の剣を取り返しに行くのにはちゃんとワケがある」

「……何よ?」

「俺は勇者だ。勇者は悪を成敗して当然! まして被害者が勇者の俺自身なら、たとえ火の中水の中ヌコの中でも悪に立ち向かわなければ―――勇者のプライドが傷つくだろ!」

「あそう。じゃああんたの本音は?」

「勇者の剣なんてどうでもいい。ナクコりんのお尻ペンペンしたい」

「あたしが今あんたをペンペンしたいわよ――ッ!!」


 キキが俺を睨みつけ、さらに右手で往復ビンタのモーションを見せつけてくる。

 高速すぎてペンペンの域を逸脱していた……(怖気)。


「も、もちろん冗談だぞ?」


 俺は遠慮がちに咳払いし、


「……俺の本当の目的はな、ヌコ族の宝具なんだよ。宝具ならまだ分からないだろ。実は魔王討伐のかもしれない」


 だから勇者の剣はついでで取り戻す。

 ないよりはマシ、という認識だ。


「―――ヌコ族の宝具、ですか」


 と、酒場の店主が俺達に近づいてきた。


 火ノ国で会った店主と同じ風貌の彼は、脇に抱えていた紙束―――全クエストの書類をどすんとテーブルの上に置くと。


「『魔王有力候補、ヌコ族のナクコから魔族の首輪を手に入れろ』―――こちらですね。SSランクになります」


 親切にもそのクエストの紙を引き抜き、俺に手渡してきた。


「…………、SSランクなのか……」


 ローマ字読みだがきちんと全文を読み取る。

 俺は頭を悩めた。


 ……最初に受注するクエストが、いきなりのSSランクとは。

 つまりそれだけナクコから宝具―――魔族の首輪とやらを入手するのは難しいのか。


「首輪か。確かにあの子、それっぽいの首に着けてたわね」

「マジか。よく見てたな?」

「そりゃあ顔ばっか見てブヒってるあんたじゃ気づけないでしょうよ。……いずれにしても、SSランクに相応しい激ムズのクエストよね。強引に首輪を手に入れるとなったら、あの子の首を斬り落とすしかないんだし」

「わ、笑えないんだが……」


 そんなことはできない。したくない。だが一方で俺は断定できていた。

 このクエストを受注しないわけにはいかないと。

 俺の目的と完全に一致しているからだ。魔王討伐に宝具は必須アイテム―――その事実を、クエストランクの高さも露骨に裏付けている。


 俺はナクコから魔族の首輪を手に入れなければならない運命なのだ。


「ナクコりんから首輪さえゲットできればいいんでしょ? そんなに難しいかなぁー?」

「アリス、何かアイデアがあるなら聞くぞ?」

「んー……。、とか?」

「アイデアとして成立してないでしょそれ。女を落とせるだけの主人公補正が、今のこいつにはかかってないんだし」


 酷い言われようだった。

 俺は補正ありきじゃないと女を落とせないと思われているらしい。


 これは気に食わん! いくら何でも過小評価すぎる(憤慨)!!


「……いいだろう。恋愛詐欺でいくぞ」

「は? あんた正気なの?」

「キキ、お前は俺を怒らせた」


 俺はテーブルにクエストの紙を置くと、


「俺が女を落とせない、だと? はっ、いったいどこから湧いてきたんだその残念思考は。俺を誰だと思っている? このラノベの主人公だぞ!?」

「このラノベの主人公だからこそ、落とせないんじゃないの……?」

「黙れーい! 前の世界じゃトピアを落とせなかった俺だが、彼女はすでに婚約していたから俺への好感度メーター自体が設けられていなかったんだ! ああそうだそうに違いない!」

「えっと……? トピアは元々ヒロインじゃなかったから、好感度もクソもあるか、って話?」

「そうだ! 俺の中では断トツのヒロインだがな!」


 著者のせいでトピアはヒロインではなかった。だからあれだけ長く一緒にいても、彼女は俺に恋愛感情を芽生えさせてくれなかった! だとすれば!


「ナクコりんはヒロインであると信じ、読者にとって『これは好感度上がるだろ』という行為を繰り返せば! もしかしたら落とせるかもしれないだろ!」

「えー。でもそれって結局は著者次第になってない……?」

「なってない! 著者の自粛によってナクコりんを落とせたなら、それは俺にって証拠じゃないかっ!」




「…………ぷぷっ!!」

 と酒場の店主。




「おいこらお前っ、いきなりナニ感嘆符付ける勢いで噴き出してるんだよ!? というかお前も著者なのか! いったい何人いるんだよ!?」

「著者? はあ、何を言っているのかよく分かりませんが……わたしは五つ子ですよ? 全員、各国の王都で酒場を営んでおります」

「完全にオール著者じゃないかっ!」

「ちなみにわたし達は五つ子なのでテレパシーが使えます。あなた様方が勇者一行であることも、わたし達には筒抜けなのですよ」

「筒抜けって言うなよ! まるで俺達が犯罪グループみたいじゃないか!」


 激しく不毛な情報だった。俺の的確な指摘にはキキもアリスも「「うぇ……」」と嫌そうな表情を作る。


「皆様、どうぞ死ぬ気で頑張って下さい。SSランクでクリア済なのは『魔王有力候補、ドラゴン族のツキシドから魔族の腕輪を手に入れろ』のみです。……すでに第三章に突入したにもかかわらず、未だ一つもクエストを受注せず。恥ずかしいと思いませんか?」

「いや知らねーよ! 俺達が悪いみたいな責任の押し付けも止めろよっ! だいたいな、『魔王討伐クエストだけの受注でも問題ない』って言ったのはお前だろ!?」

「いいから早くクエスト消化してください! まだ訳も分からないことグズグズ喚いてるようなら営業妨害で訴えますよっ!?」

「はあ!? まさかこの状況でとぼける気か!? お前こそ追い詰められた途端そうやって逃げるの、恥ずかしくないのかよっ!?」


「…………。き、聞いてるだけで疲れてくるわね……」

「…………。終わるまで聞かなくていいと思うお……」


 俺と著者の口喧嘩に、キキとアリスが両耳を塞いだ。

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