第106話/勇者なのにおかしすぎる
第106話
どうやら俺はまた気絶していたようだ。
目を開けると、鼻先すれすれにキキの顔があった。
「っう!? きゃあああああああああ―――!!」
「ぎゃばん!?」
仰向けだった俺の体を、ちゃぶ台をひっくり返す要領で投げ飛ばされた。
俺は木の床に転げ落ち、その拍子に手首を強打した。
「いでででで……。お前、何すん、」
言葉が詰まった。
頬が紅潮しているキキは今、両膝を揃えて長椅子に座っている。他に誰も座っていないというのに、あえて長椅子の端っこにだ。これはつまり―――。
「もしかして……俺に膝枕してくれてたのか?」
「っ! え、ええそうよ? 嬉しいでしょ?」
足を組んだキキは憮然と俺を見下し、
「王女の太腿を枕替わりにさせてあげたのよ。か、感謝することねっ!」
「………………………………」
「な、何よその沈黙は……?」
「いや別に」
相変わらず絶賛ツンデレラモードのキキだった。
そんな彼女の膝枕はお世辞にも心地よかったとは言えず、俺はむっつり顔で立ち上がった。彼女と距離を開けて座る。
「ところでここはどこだ?」
「荷車の中よ。また御者の人が通りがかったからね。お金払って萌ノ国の王都まで乗せてもらうことにしたわ」
……なるほど、どうりでひっきりなしに床ががたがたと揺れていた。
荷車とだけあってこの荷室には物品も数多い。木箱や麻袋には何が入っているのだろうか。まぁ勝手に開けるのはよそう。RPGじゃあるまいし。
「あの巨大トカゲは?」
「走り去っていったわ。どうやら前を見てなかっただけのようね。あんたをがっつり轢いたの気づいていない様子だったわ」
「! な、何だそりゃ……」
つまり俺はトカゲの前方不注意でやられてしまったのか。
じゃあ避けようと思えば避けられたのか(溜息)。
「ああいう……いかにも知能が低いモンスターを、この世界では魔物って呼ぶのか?」
「そうね。人語を話せないモンスターは魔物と呼ぶわ」
「人語を話せるモンスターは?」
「魔族、になるわね」
予想通りだった。
あれだけ体格があっても人語を話せなければ魔物なのだ。
キキが俺から目を背け、気まずそうに髪をくるくると弄り始めた。
「…………ま、その。悪かったわね?」
「は? 何が?」
「決まってんでしょ。
「全くだ。今晩の飯代あたりで許してやらんでもない」
「あんたどんだけ上から目線なのよ!? あんた自身にも責任あるって分かってんの!?」
「はっ! 一国の王女様が責任のお裾分けとか超ウケるぅー!」
俺はアリスの口真似で、
「こんな腹黒王女様いる? いるか? 普通いないよな、むしろ仲間の全責任を引き受けてこその王女様だよなー!」
「うぐ!? あ、あんたのその性格こそ、主人公らしくないんじゃないの……!?」
「はい出た! ネットで大人気、お前だって論法! 王女様が人格攻撃に打って出るとか信じられましぇーん!」
「ううううう! わ、分かったわよ! 晩御飯、奢ればいいんでしょおおおおお!?」
キキが涙目で叫んだ。はい俺の完封勝利。
こういう悔しそうなリアクションの彼女には萌える。
この瞬間だけなら抱ける気がする(ドS)。
(しかし改めて思うんだが女慣れしたよな俺。実は異性に苦手意識なかったり? 非リア充だったからって異性に対して奥手とは限らないわけだよな)
それが事実だとすると人生損してた気分になってくる。
俺も努力次第では女子達からチヤホヤされたのではないだろうか。
(……いや。俺ってば調子こいてるな)
今のやり取りもそうだ。
キキをちょっと弄りすぎたな(反省)。
「なぁ。時間ってどれくらい経ったか分かるか?」
「……。この馬車に乗ってから一時間半くらいじゃないかしら」
キキは不貞腐れたように口角を下げ、
「御者の人は二時間もあれば到着するって言ってたから、もう少しだと思うわ」
「へぇ。萌ノ国って結構近いんだな」
「なに勘違いしてんのよ。馬車だから二時間で行けるのよ。徒歩だったら六時間以上かかってたわよ。体力的に考えて、今日中に王都までは無理だったでしょうね」
「えっ、マジか」
「ってかそうよ。あんた、魔物と戦うつもりないんだったら火の王都を発つ前に言いなさいよ。何でアホらしく徒歩ってんのあたし達? 魔物との逃亡劇を六時間以上、あたしと演じてみたかったの?」
「まさか。……失念してただけだ」
「失念ですって? じゃあ言っておくけど、あんたが失念していなければ最初から馬車で向かうの提案してたわよあたし。お父様にお願いして豪華な客車もすぐに用意できたっての」
「…………。俺も悪かった」
ふざけんじゃないわよ、と鋭利な眼差しで訴えてくるキキ。
そんな彼女の苛立ちは『俺が許可しない限り剣は抜くな』という命令も原因なのかもしれない。
(……あぁ、そうだ。彼女はまだ本題にしていないだけで、納得なんてしていない)
魔王討伐を目標としているにもかかわらず、魔物と戦う気のない勇者に。
たとえ萌ノ国に早く行きたいから、なんて一時凌ぎの言い訳をしたとしても、やはり彼女は俺に納得できないはず。
勇者なのにおかしすぎると。
勇者なら仲間達と共に立ちはだかる魔物は皆斬り殺すべきであり、それによって勇者一行も強くなっていく。
心技体をバランス良く身につけ、結果、魔王や魔族も討ち果たせるわけだ。
言わば魔物との戦闘行為は勇者の義務。なのに勇者の俺はそれを怠った。
これから先もあんな調子だったら、何か隠し事をしているのでは、と疑われかねない。
(キキだけじゃないな。これから増えていく仲間全員が俺を怪しむはずだ。……そうか、だからこそ俺にはこれがあるんだな)
いつの間にか手を添えていたのは魔族の腕輪だった。
宝具とされるこの腕輪を装備していれば、俺は言葉だけで相手を信じ込ませることができる。所詮は著者の都合によるものなので失敗も普通にあるわけだが―――。
(俺が勇者のツキシドでも魔族のツキシドでもいるための腕輪、なんだろ。だとしたら仲間に怪しまれても問題ないんだ。俺が言葉で信じ込ませればいいんだからな。その場合は必ず成功するんだろ)
俺は早速だがキキに試してみることにする。
依然として睨みつけてくる彼女を呆れ笑いで見、
「謝ってんだからそう怒るなよ。知ってるか? 一度怒ると寿命が七秒も縮むんだぞ?」
「テキトーなこと言ってはぐらかそうとしてんじゃないわよ。だいたいね、あんたとあたしは勇者とその仲間でしょーが? 魔物と戦っちゃダメとか、もうホント意味不なんだけど?」
「それは……萌ノ国に早く行きたいから、じゃなくて、」
「じゃなくて?……じゃあ何よ? あんたが魔物と戦わない本当の理由ってのは?」
キキが眉を顰めたのを見計らい、俺は深刻そうに告げた。
「実はその……。魔物と戦ったら俺、この世界への転移からやり直しになってしまうんだ……」
「え!? えええええええええ!? センスないわ違うのにしてくれる?」
「…………」
何だろうな、今のリアクションとダメ出し。
急にビックリしたと思ったら急に真顔になったのだが。
(あと『違うのにして』ってお前何者なんだ? 結局キキちゃん、著者に操られまくってるのか?)
まぁとにかくキキからのダメ出しは気に入らない!
魔族の腕輪によって納得させられると思っていたから余計に腹が立つ!
「―――うおーい? エロコスの嬢ちゃーん? 王都に着いたぞー?」
俺がキキとの会話を取り止めたのと、荷室に御者の男性が顔を覗かせたのはほぼ同時のことだった。
「ご苦労様。おかげで助かったわ。……って、誰がエロコスよッ!?」
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