第105話/残念王女の消失()
第105話
気のせいかもしれない。
だが少女の顔を仰ぎ見ているとそんな違和感が増してきてならなかった。
例えるならそれは―――虚無。
トピアの無表情とは一線を画す、虚無の表情。
端整な顔立ちを彩るはずの生気が、一切感じられない。
特徴的な目尻の蜘蛛の巣メイク以外は、まさに死人と見紛うほど体中蒼白。
映画で観るゾンビや幽霊よりも甚だ不気味だった。
とはいえだ。
少女が蒼白である理由は、死人だからではない。
俺には……死人よりもっとありえない理由なんじゃないかと思えていた。
「―――風ノ国に帰りたかったの。けどあっちが悪天候で。今迂回中なの」
押し黙っている俺とキキに対し、少女は火ノ国の王都を振り返りつつ呟いた。
まるで独り言のように聞こえて、俺達はまたもや返答できなかった。
少女の青みがかった唇がさらに動く。
「―――それだったら、せっかくだしね。萌ノ国と地ノ国にも立ち寄ってお人形さん売ろうかなって。そんな予定。沢山売れるといいんだけど。厳しいかな」
「…………あ、あなた、行商人なの……?」
キキが腫れ物に触るかのように訊ねた。
すると少女は双眸を細め、
「―――いいえキキ王女。わたしは作家なの」
「「作家……?」」
その告白に俺とキキは顔を見合わせる。キキが王女であると知っていた。
だがそれよりも意外だったのは、彼女が作家と名乗ったことで―――。
「人形作家なの」
少女は背後の荷台に手を伸ばし、
「―――こういうのを作ってるの」
少女の胸元をずんと占拠したのはフェルトで縫われたハーピー人形だった。
ハーピーは腕と下半身がそれぞれ鳥の羽と脚になっている魔物。
羽毛で胴部が隠されているが、きちんと二つの膨らみがあるので性別はメスだ。
その人形自体は売り物として普通なのだが……やはりどうも少女が抱えていると謎の違和感が人形にも振り撒かれているように感じた。
「―――キキ王女。このお人形さん、買わない?」
「え!? あ、あたしは要らないかしら! ええ!」
キキが少女から俺に視線を逸らす。
『あんたはあれ買うの!?』と顔に書いてあった。
「……残念だが。俺は無一文なんだ。買いたくても買えない」
「お近づきの印に、お一つ十五万でいいよ」
「いや高いよ高くないですか!? というか今、金がないって言ったよな!?」
「それじゃあタダでいいよ。特別にプレゼントだ」
「ほほう、タダときたか! だが要りませんッ!!」
腰を九十度折って受け取り拒否する俺!
いやだってこの謎少女とお近づきになりたくないし!
フラグ立たせたくないし! フラグ立たせたら絶対に後悔するだろ!
恐る恐る顔を上げると、少女はハーピー人形を荷台に戻しているところだった。
それから再び少女は手綱を握ると、
「―――まぁ、売り物だからね。タダでは渡したくないのが本音なの」
「そ、そうか。だが余計なお世話だろうが……。十五万で買うヤツがいるのか?」
「いるよ。わたしもこの世界では特別な存在なの」
「……え?」
「この世界で仲間達と上手くやっていけるといいね。それじゃ、またどこかで」
馬車がガラガラガラ……と動き出す。
俺は咄嗟に御者の少女を引き留めようと口を開きかけたが、それよりも先に、
「あっ!? ツキシド! あっちから魔物が迫ってきてるわよ!?」
「……え!? うおおおおおう!?」
キキが指し示した方角に目を向けて驚愕する!
物凄いスピードで俺達の元へ距離を詰めてきていたのは巨大エリマキトカゲだった! パン食い競争のように口を上方にぱっくりと開けた体勢でガニ股走りしていた!
「そうだ! チャンスよツキシド! 勇者の剣を試す絶好の機会だわ! 剣を抜きなさい!」
「え! い、いや、急に言われてもだな!?」
できるわけがない! 人生一度も剣を扱った経験がないのだから!
抜いたところでまともに戦えるはずがない!
というかあんな巨大な魔物とどう戦えばいいのか想像がつかない!
「ああもう、やらないんだったら貸しなさい! あたしが代わりに試してみるわ!」
「! そ、それはダメだ!」
俺は鞘をキキから遠ざけ、
「勇者の剣を仲間に貸して倒させる勇者とかありえない! 主人公失格とまでは言わないが、恥ずかしすぎる!」
「ちっ! メンドくさい勇者ね! ならあたしの爆炎剣で仕留めさせてもらうわよ!?」
「いや! それもダメだ!!」
「はあ!? ちょ、あんた何言ってんの!?」
今しも自身の装飾過多な剣に手をかけていたキキ。
しかし俺は彼女の戦闘行為すら許可しなかった。
(だ、だってそうだろ? 魔物って魔族の親戚みたいなものだろ……? それを斬ったら俺は全ての魔族から大バッシングだ。見られていなければ斬っていいって問題でもない!)
やはり念のため、不必要な戦闘は避けるべきだ。
せめて勇者ルートと魔王ルート、そのどちらにするか決めるまでは……!
「ねぇあんた本気でどういうつもりなのよ!? とっくに逃げられる距離じゃないんだけど!?」
「ああ知ってる! だが戦うのはダメだ! いいか、俺が許可しない限り剣は抜くな!」
「はあああああああああ!?」
巨大エリマキトカゲはすぐそこだった。
進行方向に変化はない。完全に俺達がターゲットだった。
キキの言う通り、足で逃げるのはすでに不可能だろう。
(あーくそっ! いきなりのエンカウントなもんで策がない! これはやっぱりキキの爆炎剣に頼るしかないのか!? 仕方ないよな!?)
やむを得ず俺はキキに抜刀許可を出そうとした、まさにその時だった。
「はいはい。承知したわ、愛しの勇者様。じゃ、後はよろしくね♪」
そう言い終えるとキキは俺の目の前から…………消えた。
「!! き、汚ねええええええええええええええええええええええええ!!」
俺は発狂した! キキ汚ねえッ! 透明人間とかこの世界じゃ反則だ!
お前だけ、ボス戦でも不参加表明できてしまうじゃないか! ズルだ!
そして程なく。
ドゴオオォォ!! と。
一人取り残された孤独な勇者は、為す術なく巨大エリマキトカゲから衝突事故を浴びせられたのだった(完)。
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